第9話 王都からの挑戦状と、公園の秘密会議
翌朝、ローゼンバーグ商会に一通の封書が届いた。 蝋封(シーリングワックス)には、商業ギルド本部の紋章。 受け取ったエリスの手が、カタカタと震えていた。
「……来たわ。呼び出し状よ」 「内容は?」 「来月、王都で開催される『建国記念大博覧会』への出展要請。……いいえ、これは事実上の『命令』だわ」
エリスは蒼白な顔で手紙を読み上げた。 要約すればこうだ。 『貴商会が扱う新規商品は興味深い。つきましては、国王陛下も臨席される博覧会にて、その価値を証明せよ。もし粗悪品であれば、商会のライセンスを剥奪し、詐欺罪として処罰する』
「……完全に罠だな」
俺は手紙をテーブルに放り投げた。 ベルンハルトの差し金だ。公の場で俺たちを潰す気だ。 博覧会には国中の大商会が集まる。そこで俺たちの商品が「まがい物」や「危険物」だと断定されれば、一発で終わりだ。
「どうしよう、ケンイチ。王都の目の肥えた貴族たちを黙らせるなんて……塩やコショウだけじゃ、インパクトが足りないかも……」 「ああ。調味料はあくまで消耗品だ。『国の威信』をかけた博覧会には地味すぎる」
俺は腕組みをして考えた。 必要なのは、見た瞬間に誰もがひれ伏すような、圧倒的な「美」と「技術」の結晶。 中世レベルのこの世界で、最もステータスとなるもの。 それは――「衣(ころも)」だ。
「エリス、招待状は受けて立つぞ。俺に考えがある」 「えっ? 勝算があるの?」 「勝算しかない。……ちょっと故郷に戻って、とびきりの『布』を仕入れてくる」
俺はエリスの肩をポンと叩き、再びゲートのある蔵へと向かった。
***
日本に戻った俺は、まずスマホを確認した。 娘の結衣から、緊急を知らせるスタンプが届いていた。 俺はすぐに指定された場所――結衣が通う小学校の近くにある、木々が生い茂った公園へ向かった。
夕暮れの公園。ベンチに座って文庫本を読んでいる少女がいた。 ランドセルを背負い、利発そうな瞳をした、俺の自慢の娘・結衣だ。
「……結衣」 「パパ!」
俺の声に、結衣は弾かれたように顔を上げた。 駆け寄って抱きつこうとして、周囲に人がいないか確認してから、そっと俺の袖を掴んだ。 その慎重さが、今の置かれた状況を物語っていて胸が痛む。
「久しぶりだな。元気だったか?」 「うん。パパこそ……なんか、雰囲気変わった? ちょっと若返ったみたい」 「いいことがあってな。仕事も順調だ」
俺は結衣の隣に座り、コンビニで買ってきた温かいココアを渡した。 結衣はそれを一口飲むと、大人びた表情で切り出した。
「パパ、気をつけて。黒川のおじさん、本気でパパのこと探ってる」 「……具体的に、何があった?」 「昨日、ママのところに来たの。『須藤のやつ、最近羽振りがいいらしいが、何か聞いてないか』って。ママは『知らないわよ、どうせヤバイ橋でも渡ってるんでしょ』って笑ってたけど……」
結衣は悔しそうに唇を噛んだ。
「私、黒川のおじさんがトイレに行ってる間に、スマホの画面見たの。パパの実家の登記簿とか、周辺の防犯カメラの位置とか、調べてた」 「……そこまでか」
黒川剛。俺を嵌めた元同僚。 あいつは慎重な男だ。俺がただ金を稼いでいるだけでなく、何か「あり得ない手段」を使っていると勘付いているのかもしれない。 もしゲートの存在がバレれば、俺だけでなく、結衣にも危険が及ぶ。
「結衣。パパは今、海外……みたいな遠い場所と貿易をしてるんだ。違法なことはしてないが、バレると面倒な独自ルートを持ってる」 「うん、なんとなく分かってた。パパの目、死んでないもん」
結衣は俺の目をまっすぐに見つめた。
「パパ、私にできることある? ママのスマホならいつでも覗けるし、黒川のおじさんが来たら会話を録音することもできるよ」 「……無理はするな。お前が危ない目に遭うのが一番怖い」 「平気だよ。私、パパの子だもん。やられたらやり返すよ」
小学五年生とは思えない頼もしさに、俺は苦笑して、彼女の頭を撫でた。 この子の未来のためにも、負けられない。
「ありがとう。でも、探偵ごっこはほどほどにな。……これ、とっておきのお土産だ」
俺はポケットから、アークレイアで手に入れた小ぶりの『魔石』を取り出した。 小指の先ほどの大きさだが、薄いピンク色に発光しており、温かい。 こちらの世界ではただの綺麗な石だが、持っているだけで血行が良くなる効果がある。
「わあ……綺麗。ホッカイロみたいに温かい」 「お守りだ。寂しくなったらそれを握ってくれ。パパは必ず、お前を迎えに行くから」
結衣は石を宝物のようにハンカチに包み、ランドセルの奥底にしまった。
「うん。待ってる。……黒川のおじさんのことは、私が監視しとくから。パパは自分の戦いをしてきて」
別れ際、結衣は一度だけ強く俺の手を握り、振り返らずに走っていった。 その背中を見送りながら、俺の中でどす黒い怒りと、燃えるような闘志が交錯した。
(黒川……結衣に近づいたことを後悔させてやる)
だが、まずは王都だ。 あちらでの地盤を固めなければ、こちらでの反撃もままならない。
俺はその足で、大型手芸専門店へと向かった。 狙うは「布」。 産業革命以前の異世界では、衣服は権力の象徴だ。 平民は麻や羊毛のごわごわした服。貴族でさえ、虫食いのない絹(シルク)を手に入れるのは困難。染色技術も低く、色はくすんでいる。
ならば、現代化学の結晶を見せつけてやろう。
俺が手に取ったのは、一メートル五百円程度の『ポリエステル・サテン』。 そして、滑らかな手触りの『マイクロファイバー・フランネル』。
特にサテン生地だ。 石油から作られた合成繊維だが、その光沢は最高級のシルクをも凌駕する。 虫に食われず、カビが生えず、そして何より――目が覚めるような鮮烈な「ロイヤルブルー」や「クリムゾンレッド」の発色は、天然染料では絶対に再現できない。
「メートル五百円の化学繊維が、向こうでは『天女の羽衣』になる……」
俺は反物(たんもの)を数本、肩に担いだ。 これを使って、エリスを博覧会の「主役」にする。 王都の貴族たちの度肝を抜く、ファッションショーの開幕だ。
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