第8話 閃光の防衛戦と、言質の魔道具

「おい、聞いてんのか! ここは商業ギルド第4支部の管轄だぞ!」


 怒号が飛び交い、先ほどまでの優雅なショッピングムードは一変していた。  店内に押し入ったのは三人の男たち。革鎧を着込み、腰には剣や棍棒をぶら下げている。ギルド職員というよりは、雇われたゴロツキだ。


 客たちが悲鳴を上げて壁際に下がる。  エリスが青ざめた顔で震えていた。  彼女にとってギルドは、実家を没落させ、商品を買い叩き、自分を追い詰めたトラウマの象徴なのだろう。


「ちょ、調査官様……。当商会は、正規の商業ライセンスを持っており……」 「うるせえ! ライセンスの更新料が未払いなんだよ! 違約金として、ここの売り上げと商品は全部没収だ!」


 男の一人が、棚に並べられた『雪精塩』の小瓶を乱暴に鷲掴みにする。  明らかに因縁(言いがかり)だ。だが、この世界では力が正義。抵抗すれば「公務執行妨害」で店ごと潰される。


(……典型的な地上げ屋の手口だな)


 俺は冷静に男たちを観察した。  背後には間違いなく、ギルドの重鎮ベルンハルトがいる。俺たちの商売が目障りになったか、あるいは利益の匂いを嗅ぎつけて横取りしに来たか。


 俺はカウンターの中から、ゆっくりと歩み出た。  手には、黒いスティック状の物体を握りしめている。


「お客様。商品の陳列を乱すのはご遠慮いただけますか」 「ああん? 誰だテメェは。見たことねえ顔だな」


 リーダー格の大男が、ドスの利いた声で俺を睨みつける。  俺は営業スマイルを崩さず、しかし目は笑わずに答えた。


「私はローゼンバーグ商会の顧問、スドウと申します。更新料の未払いとのことですが、請求書はお持ちですか? あるいは、督促の記録は?」 「はあ? そんなもん、口頭で十分だ!」 「口頭、ですか。それは困りますね。ビジネスにおいてエビデンス(証拠)のない請求は無効ですよ」


 俺は手にしたスティック――『ICレコーダー』の録音ボタンを、親指で密かに押した。


「てめえ、なめてんのか!」


 男が棍棒を振り上げる。  エリスが「ケンイチ!」と叫ぶ。  暴力に訴えてきたか。野蛮だが、想定内だ。


「……交渉決裂ですね」


 俺は溜息をつくと、もう片方の手に隠し持っていた「もう一つのスティック」を構えた。  ホームセンターのアウトドアコーナーで買った、二千ルーメンの『タクティカルライト(軍用規格懐中電灯)』だ。  ただの懐中電灯ではない。護身用のストロボ機能が付いている。


「喰らえッ!」


 男が棍棒を振り下ろそうとした、その瞬間。


 カチッ。


 俺はライトのスイッチを全開にし、ストロボモードで男の顔面を直撃させた。


「――グアアアアッ!?」


 至近距離で炸裂した、直視不能な爆光。  高速で点滅する強力な光のパルスが、男の視神経を焼き、三半規管を狂わせる。  この世界には存在しない、人工的な「光の暴力」だ。


「目が! 目があああッ!?」 「な、なんだ!? 雷魔法か!?」


 リーダーが目を押さえてのたうち回り、後ろの二人がパニックになる。  俺はすかさず、ICレコーダーを再生モードにして、ボリュームを最大にした。


『――違約金として、ここの売り上げと商品は全部没収だ!』 『――そんなもん、口頭で十分だ!』


 男たちの罵声が、クリアな音質で再生される。  店内に響く自分たちの声に、男たちは亡霊でも見たかのように凍りついた。


「こ、俺たちの声……? 魂を抜かれたのか!?」 「この『記録の魔道具』には、あなた方の脅迫の言葉がすべて保存されました」


 俺は冷徹な声で告げた。


「このまま衛兵詰め所に行きましょうか? それとも王都の監査局へ? ローゼンバーグ家は腐っても貴族。この証拠があれば、あなた方の上司であるベルンハルト氏も、ただでは済まないでしょうね」


 視界を奪われ、魂(声)を抜かれ、上司の名前を出された男たちに、もはや戦意はなかった。


「お、覚えとけよ! ただじゃおかねえぞ!」


 リーダーは足をもつれさせながら、捨て台詞を吐いて逃げ出した。  典型的な三流悪党の退場劇だ。


 店内に、しばしの静寂が流れた。  やがて、客たちから「おお……」というどよめきが起きる。


「見ろよ、あの男。光の魔法を使ったぞ」 「声を箱に閉じ込めるなんて、どんな高等魔術だ?」


 どうやら俺の株が勝手に上がったらしい。  俺は苦笑しながら、へたり込んでいるエリスに手を差し伸べた。


「大丈夫か、エリス」 「ケ、ケンイチ……あなた……」


 エリスは俺の手を掴み、立ち上がると、潤んだ瞳で俺を見上げた。


「凄いわ……。あんな無法者たちを、剣も抜かずに追い払うなんて……。あの光る杖と、喋る箱はなんなの?」 「俺の故郷の道具だよ。まあ、ハッタリみたいなものさ」 「いいえ、ハッタリじゃない。あなたは私を守ってくれた」


 彼女は俺の手を、両手で強く握りしめた。その手はまだ少し震えていたが、そこには確かな信頼の熱があった。


「ありがとう。……私、強くなるわ。あなたに守られてばかりじゃ、パートナー失格だもの」


 その言葉に、俺は少し驚いた。  ただ守られるだけのヒロインではない。彼女もまた、商売人としての誇りを取り戻そうとしている。


「頼りにしてるよ、社長。……さて」


 俺は散らかった店内を見渡した。  客たちは興奮冷めやらぬ様子で、逆に購買意欲が高まっているようだ。「強い店」は人気が出る。


「商売再開だ。今日は『迷惑料』代わりのセールといこうか」


 ***


 その夜。  城塞都市の区画でもひときわ大きな屋敷の一室。  豪華な革張りの椅子に深く腰掛けた男が、ワイングラスを傾けていた。


 商業ギルド・アークレイア支部長、ベルンハルト。  豊かな口髭を蓄えた、油断ならない目つきの男だ。  彼の前には、先ほど逃げ帰ってきた三人のゴロツキが土下座をしている。


「……ほう。光を放つ杖と、声を奪う箱、か」


 ベルンハルトは興味深そうに呟いた。


「ローゼンバーグの小娘が、どこぞの流浪の魔導師を拾ったか。……面白い」 「も、申し訳ありません! 次こそは必ず……!」 「よい。暴力で解決するのは下策だ。相手が『珍しい品』で攻めてくるなら、こちらも『商人の流儀』で潰すまで」


 ベルンハルトは引き出しから羊皮紙を取り出した。  そこには、王都から届いたばかりの『布告』が記されていた。


「ちょうどいい。来月、王都で『建国記念大博覧会』が開かれる。そこで恥をかかせてやれば、あの小娘も二度と商売などできなくなるだろう」


 男の口元が、三日月のように歪んだ。   「呼び出せ。ローゼンバーグ商会に『招待状』を送ってやれ」


 俺たちの知らぬところで、次なる戦いの舞台が用意されようとしていた。

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