第7話 店舗改装と、光の魔術

「……改めて見ると、酷いな」


 『銀の匙亭』との契約を終え、店に戻った俺は、腕組みをして店内を見渡した。  ローゼンバーグ商会の店舗兼自宅。  立地は悪くない。大通りから少し入った隠れ家的な場所だ。  だが、問題は「店作り」そのものにあった。


 窓は煤(すす)と埃で曇り、店内は昼間でも薄暗い。  商品は木箱の中に無造作に放り込まれ、客はいちいち「これは何か」と店主に尋ねなければならない。  これがアークレイアの、いや、この世界の標準的な商店のスタイルだ。防犯上、商品を客の手に届かない場所に置くのが常識だからだ。


「そうかしら? これでも掃除はしたのよ」


 エリスが不思議そうに首を傾げる。


「エリス、商売の基本を教えよう。人は『理屈』で物を買うが、その前に『感情』で欲しくなるんだ」 「感情?」 「そう。ワクワク感、高級感、清潔感。今のこの店には、それが欠けている」


 俺は『次元倉庫』から、日本で仕入れておいた「秘密兵器」の入ったダンボールを取り出した。  ホームセンターと百均、そしてIKEAで買い揃えた改装セットだ。


「改装(リノベーション)を始めるぞ。目指すは『王都で一番、入りたくなる店』だ」


 ***


 作業は、徹底的な「清掃」から始まった。  日本の強力な住宅用洗剤とガラスクリーナー。これらは魔法薬(ポーション)顔負けの洗浄力を発揮する。


「うわっ、すごい匂い! 鼻がスースーする!」 「換気を良くしてくれ。こいつは汚れをごっそり落とすぞ」


 俺がスプレーを吹きかけ、マイクロファイバークロスで窓を拭き上げると、曇りガラスのようだった窓が、存在を忘れるほどの透明度を取り戻した。  外の光がクリアに射し込み、それだけで店内の空気が変わる。


 次に、壁。  薄汚れた茶色の壁に、『剥がせる壁紙(レンガ調のホワイト)』を貼っていく。  さらに、陳列棚には『純白のテーブルクロス』を敷く。  暗い色調だった店内が、白を基調とした明るい空間へと生まれ変わった。


「信じられない……。壁と机が白くなるだけで、こんなに広く感じるなんて」 「ここからが本番だ。エリス、商品の『塩』と『コショウ』を、この小瓶に詰め替えてくれ」


 俺が渡したのは、百均で大量購入した『コルク栓付きのガラス小瓶』だ。  無骨な袋や箱から出す。中身を見せる。  透明なガラスの中で、雪のような塩と、黒い宝石のようなコショウが映える。


 そして、仕上げだ。  俺は棚の上部や足元に、ある装置を取り付けた。  日本から持ち込んだ『充電式LEDテープライト』と『クリップ式スポットライト』だ。電源はモバイルバッテリー。この世界に電気はないが、数日は持つ。切れたら日本で充電すればいい。


「いいか、エリス。点灯(スイッチ・オン)だ」


 カチッ。


 その瞬間、店内に「魔法」がかかった。


「――――あっ!」


 エリスが息を呑む。  スポットライトの強い光を浴びたガラス小瓶が、キラキラと乱反射し、まるでダイヤモンドのケースのように輝き出したのだ。  間接照明が白い壁を柔らかく照らし、店全体が幻想的な空気に包まれる。  薄暗いランプの明かりしか知らないこの世界の人間にとって、この「純白の光」は神の御業に等しい。


「きれい……。これが、私の店……?」 「商品は『光』で化粧をするんだ。これで、ただの調味料が『宝物』に見えるだろう?」


 俺は満足げに頷いた。  VMD(ビジュアル・マーチャンダイジング)。視覚的演出効果。  日本の商業施設なら当たり前の技術だが、ここでは革命的だ。


 ***


 翌日。  ローゼンバーグ商会、リニューアルオープンの日。  宣伝は一切していない。看板も出していない。  だが、店を開けて一時間もしないうちに、異変は起きた。


「おい、なんだあの店は?」 「中から凄い光が漏れてるぞ。魔法使いの店か?」 「見ろよ、窓ガラスがないみたいに透き通ってる!」


 通りがかる人々が、足を止め、窓にへばりつくようにして中を覗き込む。  その視線の先にあるのは、スポットライトを浴びて神々しく輝く、小瓶に入った塩とコショウ。


 やがて、好奇心に負けた一人の貴族風の婦人が、恐る恐るドアを開けた。


「い、いらっしゃいませ!」


 エリスが緊張した声で迎える。  婦人は店内の明るさと清潔さ、そして漂う「いい香り(お香を焚いておいた)」に圧倒されながら、棚へと近づいた。


「これ……宝石の粉末かしら?」 「い、いいえ奥様。これは『雪精塩(スノー・ソルト)』と『黒魔胡椒(ブラック・ペッパー)』です。東方の秘術で精製された、最高級の調味料でございます」


 俺が教え込んだ通りのセールストーク。  婦人は小瓶を手に取り、その美しさに溜息を漏らした。


「綺麗……。お値段は?」 「小瓶ひとつで、銀貨一枚(千円相当)になります」


 高い。現地の相場の十倍近い。  だが、婦人は迷わなかった。


「いただくわ。……五つずつ頂戴」 「えっ?」 「来週のお茶会で、友人たちへの手土産にするわ。こんな綺麗な瓶に入った調味料、見たことがないもの」


 これだ。  彼女は「塩」を買ったのではない。「美しくて珍しい、自慢できる体験」を買ったのだ。


 その婦人が店を出ると、外で様子を伺っていた人々が、堰(せき)を切ったように雪崩れ込んできた。


「おい、俺にもくれ!」 「その光っている道具は何だ!?」 「ただの塩に見えないぞ、くれ!」


 狭い店内は一瞬でごった返した。  エリスが嬉しい悲鳴を上げながら、接客に追われる。  俺はカウンターの奥で、レジ代わりの木箱に次々と銀貨が放り込まれる音を聞きながら、静かにほくそ笑んだ。


 勝った。  日本の「百均の小瓶」と「LEDライト」と「スーパーの調味料」。  原価数百円のセットが、ここでは飛ぶように売れる高級ギフトになる。


 だが、この熱狂は、当然ながら「招かれざる客」の耳にも届くことになる。


 人混みをかき分けるようにして、強面(こわもて)の男たちが店に入ってきた。  胸には『商業ギルド』の紋章。


「おい、ここは誰の許可で商売をしてやがる」


 男たちの背後には、あのベルンハルトの影が見え隠れしていた。  俺はスッとエリスの前に出た。


「いらっしゃいませ。お客様、順番にお並びいただけますか?」


 商売敵(ライバル)のお出ましだ。  だが、今の俺には「資金」も「実績」もある。そして何より、守るべきパートナーがいる。  元商社マンの交渉術、見せてやろうじゃないか。

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