第三話 『墳墓の守護者』
「まじか……」
流石に目の前の出来事が信じられなくて、私はヘルメットの中で唾を呑んだ。
恐る恐る覗き込んでみると、階段はかなり深い所までつながっているように見える。先に何があるのかはよく見えない。
この先に進む。リスクのある選択ではあるが……。
『警告。酸素、残り残量1割。直ちにカートリッジを交換するか、一定量の酸素がある空間に移動してください』
どうやら、この階段を降りていく他に道は無いようだった。
スケルトン達は私の指示も待たず、階段を下へと下っていく。酸素残量の警告に背を押されるようにして、私はその背中を追った。
背後で、物音。
振り返った先で、扉が勝手に閉ざされた。周囲が暗闇に満たされる。
「……ええい、ままよ」
今更躊躇ってもしょうがない。私は宇宙服の探査用ライトをオンにすると、ひたすら階段を下って行った。
ひたすら。
ただ、ひたすら。
それから。どれぐらいたったのだろう。
10分? 20分? 30分はないだろう、流石にそんなに酸素は持たない。
『酸素残量、危険領域です。危険、危険、危険』
「うっさいよ……」
警報を黙らせるのも今は口惜しい。無言で階段を降りていく。酸素が足りないせいか、眩暈もするし、息が苦しい。大丈夫、まだ息が出来るうちは大丈夫。
人間の体って割とアホな所があって、突然低酸素状態に晒されると何故か「酸素が足りなくなっちゃう! そうだ、血液の酸素を一斉に放出して埋め合わせしよう!」とかやりだして一瞬で酸欠死に陥るとかいうポカミスをやるようにできている。
息苦しい程度ならまだ大丈夫……あれ、でもこれって急に低酸素に陥った場合であって、徐々に酸素が減っていったらどうなるん、だっ、け ?
あ、やべ。階段 踏み 外し
目の 前。
昏
白 骨 。
『外気に一定濃度の酸素を確認しました。緊急事態の為、自動的に大気の吸入、調整を行います。調整不足が考えられますので体調不良に気を付けてください』
しゅおおおお、とヘルメットの奥から音がする。
それと同時に、虚ろになっていた意識が急速に明瞭さを取り戻す。吸い込んだ空気は、なんだか妙に爽やかに感じられた。
「……えほっ! げほげほっ! し、死ぬかと思った……」
『ヂュ、ヂュゥ~』
誰かに抱きかかえられたまま、げほげほと咳き込む。ヘルメットの中で、相棒が心配そうに声を上げている。
やがて少したって落ち着いてきて、ようやく私は階段から転げ落ちそうになった事、そこをスケルトンに支えられていた事に気が付いた。
剥き出しの頭蓋骨。表情筋など存在しないのに、虚ろな眼窩が私を心配そうに見つめている、と思うのは、勝手な考えだろうか?
「あ、ありがとう。おかげで助かった。君は命の恩人だな……」
『…………』
私の言葉に応える事なく、スケルトンは抱きかかえた私を支えたまま、ゆっくりと階段から床に降りた。
どうやら、いつのまにか終点に辿り着いていたらしい。周囲を見渡すと、他のスケルトン達は壁際に集まって、なにやら作業らしき行動をとっていた。
指輪、あるいは身に着けた何かしらのアクセサリを彼らが壁にかざすと、壁が光って走査線のようなものを走らせる。すると壁に端末が浮かび上がってきて、それを彼らが操作する。
どこからかフォオオオオオ、という低い音が聞こえてきて、ヘルメットのバイザーにいくつかの表示が追加で浮かび上がった。
どうやら、私が間一髪で助かったのは彼らがこうして施設の設備を操作し、酸素を供給してくれたかららしい。大急ぎで酸素を補充した後、今度は窒素や二酸化炭素を放出して、生物の生息可能な環境に調整しているようだ。まあ、酸素濃度が高すぎると危ないもんね……。
スケルトンがゆっくりと私を階段の陰に抱え降ろしてくれる。自力で立つ気力もない私はありがたくその気遣いに甘んじ、背中を壁に預けて深呼吸をした。
「ああ……。助かった……」
何を気にする事もなく呼吸するという贅沢を噛みしめる私。だがやがて落ち着いてくると、疑問が次から次に噴き出してくる。
「……それで、ここはどこだ? 何だ? 君達は、一体……?」
今私が居るのは、恐らく何かしらの設備だ。それも、かなり大掛かりな。階段の周辺には大きな通路らしきものが広がっていて、それは向かう先で幾つもの道に分かれているのが見て取れる。要塞のような、迷路のような、とにかくかなりの規模の建物だ。こんな見捨てられた廃星に、こんな大それた設備があるはずがない。おまけに様子から見るに、まだ動力が生きている。
『■■。■■■』
『■■■』
それに、スケルトン達。勝手知ったる我が家のように機材をコントロールしているが、あんなペンダントみたいな認証装置、人類社会であまり見るものではない。空気が満ちてきた事で彼らの声も聞こえるようになったが、聞いた事のない言葉だ。間違いなく、船乗りの使う共通語ではない。
あり得ない施設。それをよく見知った様子のあり得ない人々。
なんだこの星は。
私はいつから、不思議の宇宙のアドベンチャーに迷い込んだ?
「いや……それを言い出すと、ネクロマンシーなんか使える私が、一番不思議の国の住人か……」
『ヂュヂュヂューウ』
おあつらえ向きな事に、不思議で可愛いマスコットもいるしな。
まあいい。今は、酸素の補充が最優先だ。
幸い、スケルトン達は生者に恨みがある様子でもなく、むしろ私に対してとても好意的な様子。落ち着いたら、彼らからじっくり話を聞きだせばいい。何せ、時間はまだいくらでもある……。
そう思った端から、私は何か穏やかならざる予兆を聞き咎めて、壁から背を離した。
「……なんだ?」
気のせいではない。
空気が供給される音に重なって、妙な異音が響いている。
何か硬い物が擦れるような音。鉄と石が擦れるような、シャーシャーという異音が、リズムと音程を変えながら、少しずつ近づいてきている。
これまでの経験が、私に警鐘を発する。これは……よくない物の気配だ。
見れば、スケルトン達も周囲に視線を彷徨わせている。彼らもこの音の主を警戒しているのだ。
「どこだ……? どこから来る……?」
身を起こして、異音に耳を澄ませる。
不意に。
音が途絶えた。
「……そこかっ!」
咄嗟に振り返った先。分厚い廊下の壁が、突如として“抜けた”。
例えでも何でもない。鋭利な刃物でくり抜かれたように、何の前触れもなく突如壁に円形の穴が空く。その穴から、通路に飛び込んでくる太くて大きな何か。
ヘルメットの中で相棒がすくみ上って私の首筋に逃げ込んでいく。
「鉄の……コブラ!?」
『ヂュゥウウッ!?』
現れたのは金属製のボディを持つ、戦闘用らしきロボットだった。複数の節が接続され、のたうつように地面を這いまわる動体の先に、扁平状の上半身が繋がっている。上半身の先には、一つ目のカメラアイのようなものが闇の中で真っ赤に光り、こちらをじっと見つめている。
うねる下半身が床に擦れる度、あの特徴的な音がする。さっきまでの音は、こいつが通路を這いまわる音だったのだ。
いや、しかし。
「なんだコイツ!?」
迫りくるロボットは明らかに友好的な様子ではない。むしろこのまま私を巨体で磨り潰そうとしているかのように、まっすぐこっちに向かってくる。
恐怖に身を引く私の横を、ガチャガチャと走り抜ける影。
『■■!』
『■■■!』
スケルトン達。
私が指示するよりも早く駆け出した彼らは、手に石を持ってロボットの進路に立ちふさがった。私を守る、あるいはロボットを敵として破壊しようという動き。彼らが警戒していたのはこのロボットに違いない。
だが……。
『■!?』
『■、■■!!』
ロボットが身じろぎするだけで、簡単に蹴散らされて壁に叩きつけられるスケルトン達。
なんてパワーだ。
私の力でよみがえったスケルトン達は、アンデッドとしてパワーを与えられている。自律判断が出来るぐらいの思念があれば、そこらのパワードスーツ並みの力が出ているはずなのに。
一通りスケルトンを蹴散らしたロボットが、首を巡らせて私を見つめる。赤い光が一層凶悪に輝き、ロボットはこれまでとはくらべものにならない勢いでこちらに向かって突進してきた。
このまま私を押しつぶすつもりだ。
咄嗟に逃げるが、ロボットの動きの方が早い。
不味い……っ!
間に合わないとわかりつつ、それでも私は足を動かした。
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