前書き-死人が詩人になる日
死について考えたことがあるだろうか。あるとすれば、それはいつだろうか。俺たちのようなイタい詩人は、そんな機会幾度となくあるだろう。散歩をしているとき。お風呂に入っているとき。本を読み終わった後。単に、ボーッとしているとき。そうでなくとも、周りの人が死んだとき。自分が死にかけたとき。死ぬことが決まったとき。或いは、死にたいと思ったとき。そういう瞬間で、人はきっと少なからず死について考えるのではないだろうか。
俺がもっとも死について考えたときのことを話そう。俺には一人の友人がいた。名前だとか容姿だとかは――そうだな、この小説では言及しないことにする。理由をあえて言うなら、これがフィクションとノンフィクションの狭間にあるからとでも言っておくか。さて、この友人は俺の大学一年からの友人だ。だから当時は18歳?ということになるな。こいつは俺と友人になるくらいには変わり者で、この当時から「私は、27歳になったら死ぬ。死にたい。」と明言していた。別になにか、ロマンチックな理由があったりだとか、ドラマチックな理由があったりだとか、そんなことは一切ない。大切な人の命日に後を追うだとか、大病を患っているだとか、そんなものは、ホントに一切ない。ただ、ホントに漠然と死にたいのだそうだ。強いて言うなら、生きているのがめんどくさいとか、そういった類いの話。友人は中学の時からずっとそう吹聴しているようで、この話は俺だけが知っている特別な秘密ではなく、誰もが知っている共通の認識に近かった。そのかわり、と言っていいのかはわからないが、こいつは「そのかわり、生きている間は全力で人生を楽しむ」というモットーも同時に掲げていて、実際、毎日が楽しそうだった。毎日を自堕落に生き、早めにいつか死のうと考えているだけの薄っぺらな俺とは真逆のタイプの人間だった。だからこそ、俺はこの友人のことを、結構好きだった。この友人は芯も通っていた。有言は実行していたし、してもいいことはする、したくないことはしないとわりとキッパリ言うタイプの人間だった。そこも好きたる要因のひとつだった。だから、こいつの27で死にたいと言う話を「生きていてほしい」なんて安直な言葉で否定したことはないし、むしろどうやって死ぬかとかそういう話で盛り上がったし、死んだ後のインタビューでなんて答えるかとかも冗談交じりに話した。27になる直前にこいつともう一回くらい酒を飲んで、27を過ぎて気付いたらこいつが死んで、そのときに君とした話を実行するのだろう。そう思っていた。
さて、読者諸君はこの話がなんの話だったか覚えているだろうか。そう、死について考えたときの話だ。ここまで読んでくれた人の多くは、この友人が27で死んだとき、俺が彼女のために、死について考えたのであろうと予想してくれているのではないか。そうだとしたら、それは叙述トリック的な、ブラフだ。或いは俺ですら、そうなるのであろうと思っていた。俺も騙された被害者の一人なのだから。俺は、この友人が、27で死ななかったせいで、死について考えたのだ。
26。約束通り、この友人と酒を酌み交わした。久しくあってなかった友人は、未だ元気そうで、あと一年もまたずにこの友人が死ぬなんて、きっと誰も想像できないだろうと俺は思った。友人は会社の愚痴とか、直近の楽しかったことを、ずっと楽しそうに語った。初めてあった頃から変わらない話し方だった。しばらく飲んだ後、飲み足りないという話になり、そのままその友人の家にお邪魔させてもらった。俺はこの友人と飲む時間が心地よかった。しばらくして、俺はゆっくり口を開く。酔いの影響か。いや、そうでなくとも、聞く予定ではあった。ただ、アルコールが俺の感性を昂らせていたのは事実だ。そして、俺は聞いた。
「君は、あと一年もしないうちに死ぬんだね。」
友人は、長い睫毛を一度羽ばたかせて、お酒をまた一口と口に持っていった。妖艶な仕草だった。
「死ぬよ。」
一言、そう言ってくれれば、俺は満足だった。それが俺の好きな友人がするはずの発言だった。
「それねぇ。どうしようかな。」
友人は俺の目を見ながら、そう言った。言葉の意味がわからなくて、俺は固まる。
「思いの外、最近人生楽しいんだよね。」
何を言っているんだ、こいつは。俺はお酒を飲む。酔いが急速に冷めるのを感じたくなかったからだ。
「そう、なんだ。」
言葉を絞り出すのが精一杯だったのを覚えている。それからどんな会話をしたのかをここに書かないのは、酔っ払っていて覚えてないからでも、動揺して覚えてないからでも、この小説に重要でないからでも、好きに解釈してほしい。俺はそれからしばらく、考えた。考えて、考えるのをやめた。きっと、今たまたまそう思っているだけで、すぐ考え直すだろう。そう思うことにした。俺はまだこの友人を好きでいたかった。
27。日付が変われば、彼女は28になる。俺は葬式にも行っていないし、雑誌記者ともあっていない。だというのに、死ぬはずの友人と酒を酌み交わしている。最後の希望だった。前と同じように酒を飲んで、二件目に友人宅にお邪魔した。もう見ることがないと思っていた家の内装は、前回より少し可愛くなっていた。
「やっぱり死なないことにするの?」
「うん。もうしばらくいいかな。」
俺は時計を見る。あと10分もすれば、日付が変わってしまう。それは、不本意だった。仕方なく、俺は彼女のグラスにお酒を継ぎに席を立つ。
「はい。お酒。」
俺はグラスを彼女に渡した。これが、俺が好きな友人と交わした、最後のお酒となった。
どうだ。二重の叙述トリックに騙されてくれた人も少なくないのではないだろうか。俺が一番好きな小説である膵臓の小説を読んでくれたことがある人なら、なおさら。俺は友人が死んだから死について考えたのではなく、友人が生きていたから、死について考えたのだ。
そして、考えた結果、俺は悪人になることを決めた。死にたいと言うやつの背中を押すことができる。死ぬほど人を愛すより、よっぽど大変で、難しく、悪行で、かつ、愛の証明になる。殺すほど人を愛することにした。
俺は空になった小さいプラスチックの瓶を取る。使う機会はないと思っていた。ただ、万が一に備えて、数年前、大学生の時代から備えていただけだったはずの容器。人の物語を、自分の手で終わらせるなんて不本意だ。だから、俺は詩人になる。救いのない人間が、間違っても救いなんかを夢に見ないよう、更に絶望に叩き落とす。それが俺に出来る、愛情表現だと信じている。
短編集「詩書きの犯行」 篠原いえで @zense_ha_neko
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