第6話:護衛クエスト開始!――善人、ついに巻き込まれる
◇◇◇
壁は薄い金属板みたいで、機械油の匂いがする。
机の端には古いマグカップ、椅子はガタつく。
でも、そこに集まっている人の目は、どれも真剣だった。
医療主任――名札には
《ドクター・リーナ》とある
――が端末を机に投影する。
赤い警告マークが、航路上に点々と並んだ。
「襲撃は、ここ一週間で三件。補給線が切れたら、この基地は持たない」
「三件って…普通に多いよね?」
シグは軽く言いかけて、すぐ口を閉じた。
(いや、これ下手に軽くすると怒られるやつだ)
「…すみません。結構ヤバいですね」
リーナが頷く。
「そう。だからお願い。次の補給便を護衛してほしい」
投影図が切り替わり、輸送船の情報が出る。
――
――積載:医薬品/食料/予備部品
――出発:2時間後
――目的地:スパー・アウトポスト
「二時間後! 急だな!」
エミーが腕を組む。
「辺境はいつも急。明日生きてる保証がないからね」
「先生、言い方が容赦ない!」
「先生言うな」
ミラが補足する。
「襲撃地点は三件とも、救難信号が途絶した直後に記録が途切れています」
リーナが苦い顔で言う。
「そう…助けを呼べない壊し方をされてる」
「救難信号が出せない壊し方って、具体的にどうやるの?」
シグが聞くと、エミーが指を二本立てる。
「通信ユニットを焼く。次に電源系統を落とす。最後に推進を殺す。これで終わり」
「…怖っ」
「海賊なら積み荷を抜く。でも今回は“抜かない”。壊すだけ」
エミーの目が細くなる。
「つまり目的が別。嫌がらせか、実験か、見せしめ」
シグは背中が少し冷えた。
でも同時に、胸の奥で“冒険の匂い”が濃くなる。
(これ、絶対メイン……)
(違う違う。今は現実っぽく考えろ俺)
「護衛って言ってもさ、俺の船、輸送船なんだけど」
シグが言うと、リーナがすぐ答えた。
「武装は必要ない。大事なのは“逃げられること”と“目撃すること”。相手の正体を掴みたい」
ミラが静かに言う。
「追跡・記録任務です」
「記録任務…なんか探偵っぽい」
エミーが肘でシグの脇をつついた。
「船長。輸送船でもできる。うちの船、揺れないし」
「揺れないは正義!」
「その代わり、無茶すると私が吐く」
「それは絶対避けたい!」
護衛の条件が提示される。
・
・不審船を確認したら“追わずに記録”
・戦闘回避優先
・積み荷の損失ゼロが理想
シグは端末の受諾ボタンを見つめ、深呼吸した。
「よし。受ける」
エミーが小さく笑う。
「善人だね」
「善人で成り上がって王になるんだよ!」
「その理屈、好き」
――クエスト受諾:補給線護衛
(スパー・アウトポスト)
――推奨:回避/記録/生還
二時間後。
ドックベイが開き、
船体は古い。塗装も剥げて、補修跡だらけ。
でも、積み荷を守る気迫がある。
「…うわ、頑張ってる船だな」
シグが呟くと、グリット号の船長が通信を入れてきた。
『護衛か。助かる。俺はガル。…派手なことはやめてくれよ』
「派手なことは…多分しないです! 多分!」
『多分って何だ』
「いや、人生って多分じゃないですか!」
『よく分からんが、頼む』
エミーが小声で言う。
「船長、軽口はほどほどに。相手は本気で命かけてる」
「…はい」
シグはすぐ真面目に言い直した。
「ガル船長。必ず届けます。無事に」
『それでいい』
ホシマルはグリット号の横へつき、一定距離を保つ。
ミラが航路を表示し、センサー情報を整理する。
エミーは貨物室と機関室の間を往復して、最終チェック。
「こういうの、なんか…部活動の遠征みたいだな」
シグが呟くと、ミラが即返す。
「部活動の定義は不明です」
「いいんだよ雰囲気だよ!」
しばらくは何も起きなかった。
星々が流れ、遠くの星雲が淡く光る。
穏やかだ。穏やかすぎる。
「…逆に怖いんだけど」
エミーが頷く。
「こういうときは来る」
その瞬間、ミラの声が硬くなる。
「船長。前方、微弱反応。ステルス痕跡」
「出た…!」
シグの背筋が伸びる。
「どこ!?」
ミラが航路の横に、薄い光点を示す。
「この宙域。速度、こちらに同期しています」
エミーが低く言った。
「護衛対象じゃなくて…私たちを見てる」
次の瞬間、空間が“歪んだ”。
目に見えないはずのものが、見える形になる。
青白い輪郭が浮かび上がり、細長い船体が現れた。
「なにあれ…戦闘艇じゃない。ドローン…?」
シグが呟いた。
それは人が乗っている船というより、機械の塊みたいだった。
武装はある。でも威圧よりも“作業”のための形をしている。
そして――通信が入ってこない。
「無通信?」
ミラが答える。
「はい。こちらの呼びかけに応答なし」
エミーが舌打ちする。
「人間じゃない可能性あるね。自動機。厄介」
ドローンが、いきなり動いた。
その軌道が“迷い”がない。
「止める!?」
シグが言いかける。
「いや…戦闘回避優先。追わずに記録…!」
リーナの言葉が頭をよぎる。
「ミラ、記録!」
「録画・ログ保存開始」
エミーが叫ぶ。
「船長、グリット号の前に入れ! 体当たりでも進路をズラす!」
「体当たり!? 俺の船、今日デビューだよ!?」
「デビューとか言ってる場合じゃない!」
シグは歯を食いしばり、ホシマルを前へ出した。
輸送船の船体が、ドローンとグリット号の間に割り込む。
その瞬間――
ホシマルの計器が一斉に“落ちた”。
――警告:電源低下
――通信断
――推進制御:不安定
「えっ!? 何これ!?」
エミーが叫ぶ。
「電磁パルスだ! 通信と電源を焼きに来てる!」
ミラの声が一瞬だけ、妙に低い。
「…回収プロトコルに類似」
「え?」
シグが聞き返す前に、ミラはいつもの調子に戻る。
「訂正。妨害パターンが高度です」
ドローンがホシマルの横をすり抜け、補給船へ手を伸ばすように接近する。
グリット号の船長ガルの声が叫ぶ。
『くそっ! 通信が――!』
途切れる。
「やばい、救難信号が出せない壊し方ってこれか!」
シグは汗をかきながら操縦桿を必死に押さえた。
「エミー! どうする!?」
「電源を生かせ! 冷却ポンプ、回せ! フィルターは!?」
「回してる! 多分!」
「多分じゃなくて回せ!」
ミラが短く言う。
「船長。跳躍準備が可能です。短距離なら」
「跳躍!? ここで?」
「逃げる。記録は取った。今は生きる」
エミーが叫ぶ。
「グリット号は!?」
シグの胸が痛む。
「見捨てるの!?」
そのとき、グリット号の船体がぐらりと傾いた。
電源が落ちたのだ。
船は漂い、抵抗できない。
シグは喉が乾いた。
でも――目の前にいるのは“人を助けたい”自分だ。
五十年生きて、仕事で何度も見た。
間に合わなかった後悔を。
「……俺、善人で成り上がるんだろ」
シグは笑って、震える声を押し込んだ。
「じゃあ、ここで見捨てたら、俺…一生ダサい」
エミーが一瞬黙り、そして言った。
「船長。あんた、ほんと善人だね」
「うるさい! 褒めんな! 今集中してんだ!」
シグはホシマルをグリット号の側へ寄せた。
「ミラ! 跳躍じゃなくて…牽引! つなげられる!?」
「可能。ですが危険です」
「危険はちょっとだけ楽しいんだよ!」
「今それ言うな!」
エミーが貨物室へ走る。
「係留ケーブル出す! 船長、位置合わせ!」
シグは必死に操縦し、揺れを抑える。
船体を寄せ、磁気フックが噛み合う。
ガン、と衝撃。
繋がった。
『お、おい…!?』
ガルの声がノイズ混じりに復活した。
『お前…何してる!?』
「助ける! 運び屋は荷物も人も運ぶんだよ!」
『意味分からんが…助かる!』
ドローンがこちらへ向き直る。
無言。無表情。
ただ“作業”みたいに近づいてくる。
ミラが静かに告げる。
「船長。次の妨害が来ます」
エミーが叫ぶ。
「引っ張れ! 加速しろ! 嵐の外へ!」
「よし!!」
ホシマルはグリット号を牽引しながら、推進を最大へ。
エンジンが悲鳴を上げる。
冷却ポンプが唸る。
耐電離フィルターが光る。
「ホシマル! 頑張れ! 俺たちの青春が詰まってるんだぞ!」
(いや青春は俺の心だ!)
(でも今は言ってる場合じゃない!)
そのとき、視界の隅に小さな文字が一瞬だけ点滅した。
――
シグは気づかない。
気づけない。
今は、目の前の命を運ぶことで手いっぱいだった。
「逃げ切るぞ!!」
ドローンの影が、青い宇宙の中で静かに迫っていた。
------------------------------------------
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
物語は、まだ続きます。
次話、「第7話:逃げ切れない追跡者――ドローンの“仕事”」です。
現在連載中の長編ダークファンタジー
『人間を捨てた日、異界の扉が開いた』も更新しています。
よろしければ、お読みください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます