第5話:青い嵐を抜けろ!――運び屋は揺らさない



◇◇◇


 ホシマルが電離嵐の境界へ近づくにつれて、宇宙の色が変わっていった。


 黒い海に、薄青い靄が滲む。

 きらきら綺麗で、写真に撮ったら絶対バズるやつ


――でも、近づくほど「これはヤバい」が分かるやつ。


「うわぁ……綺麗……」


 シグは素直に感心して、すぐ自分にツッコんだ。


「じゃない! 俺、今、医療物資運んでる! 観光じゃない!」


 ミラの声が落ち着いて響く。


「電離嵐に突入します。センサー誤差が増大します。船体の微振動を制御してください」


「微振動って……言い方がもう難しい!」


 エミーが背後から即突っ込む。


「要するに“揺らすな”ってこと。積み荷が泣く」


「積み荷、今日めっちゃ泣かされそうなんだけど!」


 ホシマルが境界線を越えた瞬間、景色が一気にざらついた。


 星の光が歪み、ノイズみたいな筋が視界を走る。


 計器が一斉に警告を出し、ブリッジの空気が少しだけ張る。


――警告:電離嵐


――推進負荷:上昇


――センサー誤差:増大


「うおっ、急にゲームが“本気”出してきた!」


「船長、叫んでる暇あったら手を動かせ」


「はい先生!」


シグは操縦桿を握り直した。


 現実でトラックを運転していたとき、強風で車体が煽られる瞬間がある。

 

 あの感じに似ている。


 でも、今は宇宙だ。道路も標識もない

 頼りは、自分の手と、相棒たち。


 ミラが淡々と航路を上書きする。


「安定帯を検出。右へ0.7度修正」


「0.7度って細かい!」


「細かいほど生きます」


「かっこいいこと言うな!」


 ホシマルは青い靄の中を滑るように進む。


 それでも、時々ドン、と見えない壁にぶつかったみたいな衝撃がくる。


 船体が小さく震えるたび、シグの心臓も一緒に跳ねる。


「おいおいおい、俺の青春が振動で終わらないよな……?」


 エミーが貨物室から通信を入れてきた。


『船長、固定は完璧。でも衝撃が続くと割れ物が“心配”になる』


「割れ物に心があるみたいに言うな!」


『辺境じゃ物も泣く。あと、私も酔う』


「えっ!?」


『酔う。だから揺らすな。以上』


「先生が弱ってる!? これはヤバい!」


 シグは必死に操縦を安定させようとするが、嵐は容赦がない。

 

 そのとき、ミラが少しだけ声を強めた。


「船長。後方に熱源反応。接近中」


「この嵐の中で追いかけてくる奴いるの!?」


「います。辺境です」


「辺境、便利な言葉だな!」


 ノイズ混じりの通信が割り込んだ。


『輸送船。いい荷を運んでる匂いがする。置いてけ』


「うわ、また来た! 辺境、学習教材豊富すぎ!」


 エミーが通信で笑い混じりに言う。


『嵐の中で強盗とか、頭が悪いか手慣れてるかのどっちかだね』


「どっちも嫌だよ!」


ミラが冷静に提案する。


「戦闘回避が推奨です。嵐の安定帯へ誘導し、置き去りにできます」


「置き去り! それだ!」

 

 シグはニヤッと笑った。


「よし、運び屋の必殺技――“逃げ足”!」


「船長、それ誇る技じゃない」


『誇っていい。生き延びるのが仕事』

 

 エミーの声が妙に優しかった。


「先生、たまにいいこと言うよね」


『先生言うな』


 ミラが航路を投影する。

 青い靄の中に、かすかな“抜け道”が見えた。


 嵐の流れが一瞬だけ途切れている。

 そこだけ静かで、危険なほど静かで、逆に不気味だ。


「ミラ、あそこ行く!」


「了解。船体姿勢、維持してください。いまから――跳ねます」


「跳ねるって言い方が怖い!」


 ホシマルは一気に加速し、静かな帯へ滑り込む。


 次の瞬間、後ろの追跡艇が突っ込んできたが、タイミングがズレた。


 嵐の流れに飲まれ、船体がぐらりと揺れて、コントロールを失っていく。


『うわっ――!』


 通信が途切れ、ノイズだけが残る。


「よしっ……!」


 シグは拳を握った。


「見たか、嵐! 俺は成り上がる男だ!」

 

 そしてすぐ自分にツッコむ。


「違う、嵐は味方じゃない! 調子乗るな!」


 エミーの声が、少しだけ笑っていた。


『今のは上手い。貨物室、無事。割れ物も泣いてない』


「泣いてない判定、ありがとう!」


 ミラが淡々と告げる。


「嵐の中核を抜けます。前方、視界回復」


 青い靄が薄まり、星が輪郭を取り戻す。


 そして、遠くに小さな人工光が見えた。


 前哨基地スパー・アウトポスト


 まるで宇宙に刺さった釘みたいに、小さく、でも確かな灯り。


「見えたぁ……!」


 シグはほっと息を吐いた。


「よし、間に合う! 間に合うぞ俺たち!」


 基地のドックは、思った以上に簡素だった。

 古い誘導灯、薄い装甲、整備員の数も少ない。


 でも、こちらを見つけた瞬間の反応は早かった。

 誘導信号が点滅し、着艦ベイが開く。


 着艦するとすぐに、白衣の女性が走ってきた。

 目の下に疲れがある。でも、目は強い。


「医療物資!? 来たのね!」


「はい! ラストリムからです! 運び屋シグ・アークライト!」


 シグは胸を張って、すぐ照れて笑う。


「……今日デビューの初心者ですけど!」


 白衣の女性――医療主任らしい人が、思わず笑った。


「初心者でも、よくここまで来てくれたわ。嵐のせいで、もう半分諦めてた」


 その声には、本当に救われた人の重みがあった。


 シグは急に真面目になって、頷いた。


「間に合ってよかったです」


 エミーが後ろから降りてきて、軽く手を上げる。


「貨物は無破損。固定、完璧。積載設計は私がやった」


「出た、先生のドヤ!」


「先生言うな。……でも、褒めていい」


 医療主任が深々と頭を下げる。


「ありがとう。これで助かる人がいる」


 その言葉が、シグの胸の奥にすっと入った。

 ゲームのはずなのに、胸が熱くなる。


(……あれ? 俺、今ちょっとカッコよくない?)


 すぐ自分にツッコむ。


(調子乗るな。二〇歳。中身五十歳)


 端末が鳴った。


――クエスト達成:医療物資輸送


――報酬:300,000クレジット


――追加ボーナス:100,000クレジット

         (嵐突破 )


――スキル進行:

   積載最適化 Lv1 → 熟練度上昇


「うわ、ボーナスでかっ!」


 シグは思わず声が出た。


「嵐、やっぱり授業だった!」


 エミーが肩をすくめる。


「命がけの授業ね」


 ミラが静かに通知を追加する。


「新規イベント条件を検出しました。基地内で相談があります」


「相談?」


 医療主任が、少し言いにくそうに口を開いた。


「……実は、もう一つお願いがあるの」


「出た! NPCの追加クエスト!」


 シグは反射で言ってしまい、慌てて咳払いする。


「じゃなくて、えっと……何でしょう?」


 医療主任が端末を見せる。

 そこには、周辺宙域のマップと赤い警告マーク。


「この近くの補給線が、何者かに襲われてる。海賊にしては手口が変なの」


 エミーが眉を上げた。


「変?」


「積み荷だけ抜かない。船体を壊す。……それも、わざと“救難信号が出せない”壊し方」


 シグは背筋が少しだけ冷えた。

 でも、怖さより先に、好奇心が動く。


(うわ、絶対メインクエストの匂いする…)


 すぐ自分にツッコむ。


(だから言い方! 現実っぽく言え!)


「それで、お願いって?」


 医療主任はまっすぐ見た。


「次の補給便を護衛してほしい。あなたたちなら、嵐を越えられる。――きっと、ここも守れる」


 ミラが静かに言う。


「選択はあなたです。シグ」


 シグは操縦席を思い出した。

 青い嵐。追跡艇。仲間の声。

 そして“助かる人がいる”という言葉。


「……よし」


 シグはニヤッと笑った。


「俺、辺境から成り上がる男なんで。困ってる人、放っとけないんですよね」


 エミーが小さく笑う。


「それ、善人の言い訳」


「いいんだよ! 善人で成り上がって王になるんだよ!」


 そのとき、視界の隅で、また小さな文字が一瞬だけ点滅した。


――Neural Log : ACTIVEニューラルログアクティブ


 当然、シグは気づかない。

 気づいているのは、ただ胸の中の熱だけだった。


「ミラ。エミー。次のクエスト、受けよう」


「了解しました」


「船長、覚悟しな。辺境は優しくないよ」


「大丈夫。俺、優しくないのに優しくするの得意だから!」


 ホシマルの外では、基地の灯りが小さく瞬いていた。

 

 その灯りを守るみたいに、次の冒険が――もう始まりかけていた。





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 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 物語は、まだ続きます。


 次話、「第6話:護衛クエスト開始!――善人、ついに巻き込まれる」です。


 現在連載中の長編ダークファンタジー

『人間を捨てた日、異界の扉が開いた』も更新しています。

 よろしければ、お読みください。


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