第7話:逃げ切れない追跡者――ドローンの“仕事”
◇◇◇
ホシマルのエンジンが唸り続けている。
牽引ケーブルの向こうでは、
それでも必死にぶら下がってきていた。
「よし……引けてる! いける! ……いけるよな!?」
シグは叫びながら、すぐ自分にツッコむ。
「いやツッコんでる場合じゃない! 手ぇ動かせ俺!」
ミラが淡々と、しかしいつもより速いテンポで言う。
「推進負荷、上昇。冷却ポンプ、稼働率92%」
エミーの声が通信に割り込む。
『船長、冷却、ギリ! これ以上は焼ける!』
「ギリって言うなギリって! 怖い!」
背後のセンサー画面に、無音の影が映っている。
さっきのドローン――あれが、距離を詰めてきていた。
揺れも迷いもない。まっすぐ。
まるで“こちらが逃げる”のも計算済みみたいに。
「なんなんだよあいつ……しつこい! 海賊ならもっと喋れよ!」
ミラが短く答える。
「海賊ではありません。目的が違います」
エミーが舌打ちする。
『“壊す”のが目的だね。しかも…丁寧に』
「丁寧に壊すって、やだなぁ!」
《グリット号》のガル船長がノイズ混じりに叫ぶ。
『おい! 牽引してるのは助かるが…お前の船、大丈夫か!?』
「大丈夫に決まってんだろ! 俺は成り上がる男だぞ!」
言った直後、シグは心の中で反省した。
(根拠ゼロ! 今の根拠ゼロ!)
「……いや、根拠は、仲間がいること!」
エミーの声が少しだけ柔らかくなる。
『いいね、それ。じゃあ根拠作ろう。 船長、推進を一段落として“姿勢制御”で逃げて』
「推進落としたら追いつかれる!」
『追いつかれる前に、相手の狙いを外すの。 直線で逃げると“照準”が合う』
ミラが追撃する。
「同意。相手は予測射撃に長けています。 ジグザグ回避を推奨」
「宇宙でジグザグ!? 道路じゃないんだけど!?」
『道路じゃないからできる!』
「先生、強い!」
シグは深呼吸し、操縦桿を軽く倒した。
ホシマルが大きく弧を描く。
牽引されるグリット号が遅れて揺れ――シグの背筋が凍る。
「やっべ! 積み荷じゃなくて船が泣く!」
エミーが即怒鳴る。
『だから“軽く”って言ったでしょ!? 優しく! 優しく曲がれ!』
「優しく!? 今これ優しさが勝つ場面!?」
『勝つ! 勝たせろ!』
「はいっ!」
ホシマルの動きが、少しずつ滑らかになる。
トラックのときもそうだった。
急ハンドルは荷が暴れる。
“丁寧に運ぶ”のは、結局いちばん速い。
ミラが言う。
「回避成功。相手のロックオン精度が低下」
「よしっ!」
――だが、次の瞬間。
ドローンが、静かに“腕”を伸ばした。
船体の腹から細い光が走り、空間に糸のような線が描かれる。
「……なにそれ」
エミーが息を呑む。
『……牽引妨害ワイヤだ。やばい』
ミラが低い声で断言する。
「係留ケーブルを切断されます」
「切られたらグリット号、終わる!」
シグの喉がカラカラになった。
「ミラ、何かないの!? ジャミングとか!」
「この宙域では有効性が低い。推奨:回避」
「回避しか言わないじゃん!」
『船長、回避ってのは“選択肢が多い”ってことだよ!』
エミーの声が熱い。
『ほら、右下!
前方に、壊れた衛星みたいな破片が漂う帯が見えた。
鉄片、パネル、構造材
――ぶつかったら終わり。でも、使える。
「瓦礫帯!? 避ける場所じゃなくて入る場所!?」
シグは笑ってしまった。
「辺境、授業がハードすぎるだろ!」
ミラが即座に軌道を計算する。
「瓦礫帯侵入コースを提示。 衝突確率:高」
「高って言うな!」
「ただし、成功すれば追跡線を断ち切れます」
「よし、成功する方に賭ける!」
シグは操縦桿を握りしめた。
「ホシマル、頼むぞ。 俺の青春……いや、俺たちの命、ここに全部乗ってる!」
ガル船長が叫ぶ。
『おい! 何する気だ!?』
「生きるためのジグザグ!」
『意味が分からん!!』
ホシマルは瓦礫帯へ突入した。
視界いっぱいに破片が流れ込む。
シグは瞬きすら惜しんで、細い隙間を縫う。
「左!右!いや、そこデカい!ミラ、次!」
ミラの指示が矢継ぎ早に飛ぶ。
「上へ0.3、次に左へ1.1、姿勢維持」
エミーが叫ぶ。
『船長、揺らすな! 牽引は“揺らすと死ぬ”!』
「揺らさない! 揺らさないけど、宇宙が揺らしに来る!」
そのとき、背後で“ビィン”と嫌な音がした。
ドローンのワイヤが、瓦礫に触れたのだ。
火花が散り、糸が一瞬弾けた。
「切れた!?」
ミラが言う。
「追跡ワイヤ、断線を確認」
エミーが息を吐く。
『よし……! 船長、今のは上出来!』
「先生に褒められた! 今、俺、宇宙で一番幸せ!」
だが、次の瞬間――
ドローンは、ワイヤを諦めなかった。
静かに距離を詰め、今度は別の“装置”を展開する。
「……まだあるのかよ」
エミーが歯噛みする。
『あいつ、ほんと“仕事”してる……』
ミラが言う。
「エネルギー集中反応。次は――船体電源を狙います」
「また電源落とし!?」
「はい。先程と同型の妨害です」
シグは歯を食いしばった。
「……分かった。じゃあこっちも“仕事”だ」
自分でも驚くほど、声が落ち着いていた。
「ミラ、電源守れる手段は?」
「推奨:遮蔽物の背後へ」
「遮蔽物……」
シグは瓦礫帯の奥を見た。
そこに、ひときわ大きい残骸が漂っている。
まるで壊れた宇宙ステーションの一部。
影になる。
「よし、あの残骸の裏に入る!」
エミーが即賛同する。
『いい! 影に入れば照射が途切れる!』
ガル船長が叫ぶ。
『おいおい、俺の船、もう限界だぞ!』
「大丈夫! ここ抜けたら一息つける!」
(ほんとに?)
(ほんとに! って言え!)
「言う! 大丈夫だ!!」
ホシマルは大きな残骸の影へ滑り込む。
直後、背後の空間が白く閃いた。
ドローンの照射が、残骸にぶつかって散った。
「よしっ!」
シグは叫んだ。
しかし――ミラの声が硬い。
「船長。相手は迂回してきます。 残骸の“裏側”も計算されています」
「え、頭良すぎない?」
エミーが冷たく言う。
『自動機は疲れない。感情もない。だから厄介』
「じゃあどうする!?」
ミラが静かに答えた。
「こちらも“計算外”を作ります」
「計算外?」
エミーがふっと笑った。
『船長、聞いて。あんたの得意技、何?』
「得意技……えっと……」
シグは一瞬考え、ニヤッとした。
「……勢い」
『違う。運び屋の得意技は――“運ぶ”こと』
「運ぶ…」
『牽引したまま、短距離跳躍できる?』
ミラが即答する。
「可能。ただし危険。 座標誤差が増加します」
エミーが言う。
『危険はちょっとだけ楽しいんでしょ?』
「今それ言うな!」
でも、シグは笑ってしまった。
「……やる。短距離跳躍で、計算外に出る!」
ミラが警告する。
「短距離跳躍には、精密な同期が必要です。 牽引中は失敗時の損害が大きい」
「分かってる。だから――丁寧にやる」
シグは深呼吸した。
「エミー、牽引ケーブルのテンション管理、頼む」
『任せて。船長、揺らすなよ』
「揺らさない!」
ガル船長が叫ぶ。
『跳躍!? 牽引したまま!? 正気か!?』
「正気だよ! 正気でやる!」
(多分)
(多分じゃない!)
「やる!」
ミラがカウントを始める。
「座標固定。同期開始。三、二――」
その瞬間、視界の隅で小さな文字が一瞬だけ点滅した。
――
シグは気づかない。
今の彼の目には、ただ“次の一手”しか映っていなかった。
「―― 一!」
ホシマルは、牽引したまま光へ飛び込んだ。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
物語は、まだ続きます。
次話、「第8話:牽引跳躍――成功?失敗?(とりあえず生きてる!)」です。
現在連載中の長編ダークファンタジー
『人間を捨てた日、異界の扉が開いた』も更新しています。
よろしければ、お読みください。
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