第2話:辺境の町で、イベントの匂い
◇◇◇
星の海が、目の前いっぱいに広がっていた。
黒い宇宙に無数の光が散っていて、
遠くの星雲がゆっくりと色を変える。
「……うわぁ。すっげぇ……」
シグ――いや、桐生恒一は、
思わず口を開けたまま呟いた。
五十歳、独身、長距離ドライバー。
現実では腰が痛いとか眠いとか言ってたのに、今は体が軽い。軽すぎて笑える。
「ミラ、これさ……やっぱ現実より現実じゃない?」
「感覚情報の同期精度は、最新規格です。慣れるまで少し時間がかかるかもしれません」
ミラは落ち着いた声で答える。
淡いプラチナの髪がふわりと揺れ、青い瞳が宇宙の光を映した。
「時間かかるどころか、もう帰りたくなくなりそうだわ……いや、ダメだ俺。今日はまだ初日だから。落ち着け」
シグは自分で言って、自分で笑った。
視界の端に、チュートリアル用の案内ウィンドウが浮かぶ。
――ようこそ、シグ・アークライト。
――初期所持金:10,000,000クレジット
――最初の宇宙船を選択してください。
「い、いっせんまん……!?」
シグは両手を広げて宇宙を見回した。
「え、なにこれ。俺、急に成り上がった? いやまだ成り上がってない。スタート地点で金持ち。ありがてぇ……!」
ミラが淡々と続ける。
「初期資金は、ゲーム体験の自由度を確保するために配布されています。宇宙船はあなたの脚です。慎重に選択してください」
「慎重にって言うけどさ、選択肢がもう楽しいんだよ!」
目の前に三つの船が、ホログラムで並んだ。
それぞれに値札と性能表示が付いている。
① 小型戦闘艇:8,000,000クレジット
② 小型輸送船:5,000,000クレジット
③ 改造中古船:3,000,000クレジット
「戦闘艇……かっけぇ……」
シグは思わず唾を飲んだ。
尖ったシルエット。
武装スロットが初期から多い。
速い。強い。
いかにも主人公っぽい。
「でもお前さ、運び屋だろ? 職業、運び屋だろ?」
自分に言い聞かせるように、指で画面を突つく。
小型輸送船は、無骨で堅実な形をしていた。
貨物モジュールがしっかりしていて、積める。燃費もいい。航続距離も長い。
改造中古船は、逆にロマンの塊だった。見た目からして寄せ集め。
性能は尖ってるが、癖が強い。
故障率とかいう不穏な文字まである。
「中古船は……面白そうだけど……絶対トラブル起きるやつじゃん。俺、現実でトラックの整備トラブルとかもう十分味わってきたんだよ!」
シグは笑いながら首を振る。
「いや、でも……こういうのって“ネタ枠”としては最高なんだよな。……だめだ、俺が選ぶと絶対苦労を買う。五十年生きて学んだ。俺は苦労を買うタイプだ」
ミラが小さく補足する。
「運び屋の初期スキルは貨物適性が高いです。小型輸送船は職業との相性が良好です」
「だよなぁ。うん。分かってる。分かってるんだけどさ」
シグは戦闘艇を見つめて、最後に一言。
「……男の子の心が
言ったあとで、自分でツッコミを入れる。
「おい、二十歳の体で何言ってんだ俺。中身五十だぞ!」
しばらく悩んだ末、シグは選択肢②に指を置いた。
「よし! 小型輸送船! 堅実! 地に足つけて成り上がる! ……いや宇宙だけど」
「購入を確定しますか?」
「確定!」
光が弾け、ホログラムが実体を帯びる。
小型輸送船は、想像以上に“いい音”で目の前に現れた。
金属の質感。リベット。エンジンの低い唸り。
船体側面に、新しい登録コードが走り、白い塗装が艶を返した。
――小型輸送船:購入完了
(5,000,000クレジット)
――残高:5,000,000クレジット
「半分消えた! 一瞬で!」
シグは胸を押さえた。
「……いや、船買ったんだから当たり前なんだけどさ。数字が減るの、心臓に悪いな」
ミラが微笑むように言う。
「ですが、あなたは今、宇宙船のオーナーです」
「……オーナー……」
その言葉だけで、ニヤけてしまう。
「うん。俺、今日から船長な。よし!」
続けて次の案内が浮かんだ。
出発する最初の星系を選んでください。
(文明圏/辺境/混沌地帯)
「文明圏は……安全そう。混沌地帯は……絶対ヤバい」
シグは顎に手を当てた。
「辺境……って、ちょうどいい匂いするな。こう、“何かが始まりそう”な匂い」
「危険度は文明圏より高く、混沌地帯より低いです。初心者には推奨されます」
ミラが説明する。
「推奨って言われたら逆に文明圏行きたくなくなるんだけど」
「……矛盾しています」
「分かってるよ! でも分かるだろ、ミラ。男ってそういうとこあるだろ」
「私はAIです」
「そうだった!」
シグは笑って、辺境を選んだ。
「辺境で! よし! 銀河の端っこから成り上がって、最終的に王になる! ……いや、王ってなんだよ。誰が決めるんだよ。俺が決めるのか」
自分で言って、自分で笑う。
「よし、俺が決める。王になる」
選択が確定した瞬間、視界が船内へ切り替わった。
ブリッジはコンパクトだが、必要なものは全部揃っている。
操縦席、航法、通信、貨物管理。
座った瞬間、椅子が体に馴染む。
「うわ、いい……。これ、家より落ち着く……」
ミラが横に立ち、青い瞳を細める。
「発進準備を開始します。船名を登録しますか?」
「船名……!」
シグは一瞬固まった。
「え、いきなり名前付けんの? 船に? いや、付けるけど! 付けたいけど! 悩むんだけど!」
ミラは淡々と待つ姿勢を崩さない。待つのが仕事なのだろう。
「……とりあえず仮でいいか。仮で」
シグは目を泳がせ、勢いで入力した。
「“ホシマル”……! 星、丸いし!」
「登録しました。船名:ホシマル」
「……今、俺めちゃくちゃ適当に決めたけど大丈夫?」
「変更はいつでも可能です」
「よし!」
外の景色が動き、辺境星系の宙港へ入る。
文明圏のような巨大な都市リングではない。
錆びた骨組みが残る中継港、古いドック、雑多な船。
その“雑多”が、逆に胸を熱くした。
「いいねぇ……。こういうとこ、絶対イベントあるやつじゃん」
「“イベント”という言葉の定義が不明です」
「いや、ゲームのイベントだよ。分かるだろ」
「……理解しました。あなたの期待値が上昇しています」
「言い方が機械すぎる!」
ドックに降り立つと、風の匂いすら感じた。
油の匂い、鉄の匂い、遠くで焼けた何かの匂い。
行き交う人々は様々だ。
人間もいれば、人間じゃない種族もいる。
背の高い者、肌の色が違う者、触角を揺らす者。
みんな当たり前の顔をして歩いている。
「うわ、もう好き……」
シグは両手を広げた。
「これだよ。これこれ。俺が求めてた宇宙。ごちゃごちゃしてて、自由で、何でもありで」
ミラが一歩遅れてついてくる。
「現在地:辺境星系・
「ラストリム……端っこ感すごいな。いいね。端っこから成り上がるには、端っこが似合う」
シグは鼻歌でも歌いそうな足取りで、町へ歩き出した。
市場通りにはジャンク屋が並び、武器店らしき看板も見える。カフェ、酒場、掲示板。
掲示板には依頼が貼られている。
“運び屋歓迎”“護衛募集”“採掘手伝い”。
全部、クエストの匂いがする。
「はぁ~……これ全部やりたい……」
シグは自分の腕を叩いた。
「いやいや、俺。体は二十歳でも頭は五十。 計画的に行け。……とか言って、絶対寄り道するんだろうな俺」
「寄り道は自由です」
ミラが言う。
その言葉が、妙に嬉しい。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
物語は、まだ続きます。
次話、「第3話:辺境の積み方講座(そして仲間が増える)」です。
現在連載中の長編ダークファンタジー
『人間を捨てた日、異界の扉が開いた』も更新しています。
よろしければ、お読みください。
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