50歳、銀河で青春やり直します!~クエストも寄り道も、全部アリ!~
影守 玄
第1話:STARHAVEN(スターヘイヴン)
◇◇◇
夜の高速道路は、いつだって宇宙に似ている。
ヘッドライトが切り裂く闇の向こうは見えず、
ただ白い線だけが延びていく。
桐生恒一は、ハンドルを握ったまま大きく息を吐いた。
「あと何年、これを続けられるか・・・はぁ~」
今年で五十歳。長距離トラックドライバー。
若い頃は一晩くらい寝なくても平気だったのに、最近は違う。肩は重いし、腰もずしっとくる。
長時間同じ姿勢で座ってるだけで、体が「勘弁してくれ」って言い出す。
「いやぁ、さすがにきっついなぁ……」
桐生は独り言を言って、笑ってごまかした。
暗い気持ちになるのは性に合わない。
無線から同僚の笑い声が聞こえていたが、ふっと途切れて、代わりに低い声が混ざる。
「……また事故だってよ」
「あぁ? マジかよ……」
「こえぇな、ほんと」
桐生は「そうかぁ」とだけ返して、視線を前に戻した。
怖い話は、夜の道に余計に貼り付く。
貼り付いたら、振り払うのに時間がかかる。
フロントガラスの上には、星がぽつぽつと瞬いていた。
「……綺麗だな」
たったそれだけで、胸の奥が少し軽くなる。
仕事は嫌いじゃない。
荷物を届ければ誰かの生活が回る。
自分の運転で、それが繋がる。
だけど、最近は“好き”だけじゃ持たない日も増えてきた。
体がついてこない。
気合いでどうにかしていたものが、
気合いだけじゃどうにもならなくなってきた。
「よし。休憩、休憩っと」
桐生は休憩のためにサービスエリアに入った。
このサービスエリアは、いつも利用するところだ。
トイレの位置も、缶コーヒーがどこに並んでるかも、レジの混み方までだいたい分かる。
車を停めて、肩を回しながら歩く。
「いったた……年だなぁ……」
そう言いながらも、どこか楽しそうな声になってしまうのが桐生だった。
コンビニの入り口にあるデジタル看板の広告が切り替わる。
光がぱっと変わって、宇宙が広がった。
――STARHAVEN(スターヘイヴン)
――フルダイブで、
銀河は“あなたの居場所”になる。
桐生は足を止めた。
「……え、これ、まだやってんの?」
前から気になっていたフルダイブ型のVRゲームだ。
高いし、贅沢だし、どうせなら落ち着いてから……なんて思っていたのに、広告を見るたびに胸がくすぐられる。
そして、桐生はふと思った。
五十歳独身の桐生の楽しみは、ゲームだけだった。
仕事から帰って、飯を食って、少し遊んで、寝る。それが唯一の“自分の時間”。
「……うーん。自分へのご褒美に買っちゃおっか!」
心の中で言った瞬間、もう半分決まっていた。
桐生は自分で自分にツッコミを入れる。
「おいおい、俺。財布の紐、ゆるっ」
でも、そのツッコミが妙に嬉しい。
久しぶりに“ワクワク”が勝っている。
缶コーヒーを買って、一口。苦い。目が覚める。
「よし……決めた。買う!」
桐生は、思わず小さくガッツポーズをした。
売り場には、黒く艶のある箱が積まれていた。
手に取ると、思ったより軽い。
だけど値札は、しっかり重い。
「これ本体とフルセットで……二十万、かぁ……」
桐生は唇を尖らせて、わざと大げさに悩む顔をしてみせる。
誰も見ていないのに。
「でもなぁ……俺、がんばってるしなぁ」
そうやって自分を説得していくのが、結局いちばん楽しい。
レジに行くと、店員が段ボール箱をカウンターに置いた。
「本体とフルセットで、二十万円になります」
桐生はカードを出しながら、笑って言った。
「……はい。未来への投資ってやつで!」
店員が小さく笑ったのを見て、桐生もつられて笑う。
胸の奥が、ふっと明るくなった。
「さあ!ゲームを買ったし今日も、無事故で早く仕事終わらせよっと」
声にすると、ますます現実が軽くなる。
翌朝。
桐生はいつものようにハンドルを握り、高速へ乗った。
空は澄んでいて、路面は乾ききっている。ワイパーを動かす理由もない。
電光掲示板に並ぶ文字は、珍しく優しかった。
《渋滞なし》
《事故なし》
《通行止めなし》
「……よし。今日は当たりの日だな」
思わず独り言が漏れる。
(いや、当たりって何だ。 仕事に当たり外れをつけるな、オレ)
流れは一定で、合流もきれいに決まる。
追い越し車線も無駄に詰まらず、トラックの隊列もおとなしい。
速度計の針は揺れず、エンジン音だけが穏やかに続いた。
サービスエリアの休憩も、いつもより短くて済んだ。
荷下ろし先では待ち時間がほとんどなく、書類も一発で通る。
倉庫の人間も機嫌がよく、フォークリフトがてきぱき動く。
「……なんだこれ。怖いくらい順調」
口にした瞬間、自分でまたツッコむ。
(怖いって言うな。順調は喜べ)
そのまま予定より早く最後の納品を終え、日が傾く前に帰路へ乗れた。
身体はきついはずなのに、今日はなぜかハンドルが軽い。
そして、ようやく仕事が終わり、トラックから降りる。
「はぁ……やっと仕事が終わった。コンビによって飯買って、早くゲームしよう」
家に着くまでが、妙に長く感じた。
トラックじゃない自分の車で走る帰り道なのに、心はもう宇宙に半分置いてきている。
家に着き玄関を開けて、靴を脱ぐのもそこそこに、桐生は独り言をこぼした。
「飯食う前に早くゲームしようって、オレ子供か」
相変わらず自分でツッコミを入れる。
コンビニ飯をテーブルに置き、箱を開けた。
中から出てきたヘッドセットは、黒くて、静かに“高級品”の顔をしている。
表面には、小さく刻印が光っていた。
ASTRA LIFELINE.
「アストラ……ライフライン? 会社名? なんかカッコいいな」
桐生は特に気にせず、説明書より先に装着した。
だって待てない。今すぐ、銀河に行きたい。
次の瞬間、視界が暗転した。
耳の奥で“さざ波”みたいな音が立って、体の重さがすっと遠ざかっていく。
腰の痛みも、肩の凝りも、
まるで自分のものじゃなくなる。
「うわ……なにこれ。すげぇ……」
――ようこそ、
女の声だった。柔らかいのに、妙に澄んでいる。
「初期設定を開始します。あなたの名を入力してください」
桐生は笑った。
「五十歳で、名前からやり直しかぁ。……悪くないな」
「シグ……アークライト」
――確認しました。シグ・アークライト。次に外見設定です。
虚空に光の輪が浮かび、体格や肌の色、髪型がスライダーで並ぶ。
桐生は少し悩んだ末、筋肉質を選んだ。
現実の自分が失いかけているものを、ここに置くみたいに。
「白人にして……髪は茶色、短髪。年齢は……二十歳っと」
思わず声が弾む。
「若っ! いやぁ、いいねぇ。これだよ、これ」
――職業を選択してください。
あなたの適性に基づいておすすめを表示しています。
並んだ職業の中で、桐生の視線が止まった。
――運び屋(
「トラックと同じじゃん」
桐生は吹き出してしまった。
「でも宇宙で運び屋って、めっちゃロマンあるな……よし、これ!」
――運び屋を選択。
初期スキル
スキル所持重量ランク2。
スキル船積載量ランク2。
スキルパイロット適正2。
――レベルは1から100まで。
スキルは段階制(1〜6)です。
あなたの選択が、あなたを形作ります。
「おぉ、ちゃんとゲームだ。燃えるなぁ」
桐生は手を擦り合わせた。
――最後に、相棒AIを設定します。
あなたの航海を支えます。
「相棒! いいね!」
桐生は迷わず女性タイプを選ぶ。
髪は淡いプラチナ。肩までのストレート。
目はブルー。落ち着いた青。
宇宙の深いところみたいな色。
「……ミラ。よろしく頼むぜ」
桐生は、照れくさくて笑った。
――ミラ。登録しました。
ミラの声が、ほんの少しだけ“近く”なる。
「それでは、シグ。あなたの銀河を始めましょう」
虚空が裏返り、星の海が広がった。
息を呑むほど自由な暗闇。
桐生は、思わず子どもみたいに笑っていた。
その視界の隅で、小さな文字が一瞬だけ点滅した。
――
もちろん、桐生は気づかない。
今の彼にとって大事なのは、ただひとつ。
「行くぞ、ミラ。銀河だ!」
※視界の端に出る 「Neural Log : ACTIVE」 は、いわば“記録ランプ”だ。
プレイヤーが何を見て、どう感じ、どんな選択をしたか――その足跡が、どこかに蓄積されていく。
本人はまだ、それに気づいていない。
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いつもありがとうございます、影守 玄です。
このたび新連載『50歳、銀河で青春やり直します!』がスタートしました!
そして第1話を読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。
これからシグ(桐生恒一)と仲間たちが、笑って悩んで、時々ヒヤッとしながらも、自由な銀河を駆け回っていきますので、どうぞ最後までお付き合いください。
あわせて、別作品の宣伝も少しだけ。
現在連載中の長編ダークファンタジー『人間を捨てた日、異界の扉が開いた』も更新しています。
こちらは雰囲気が一転してシリアス寄りですが、感情の闇や人間の醜さを深く描く物語になっています。
もしお好みに合いそうでしたら、ぜひ覗いていただけたら嬉しいです。
今後も『50歳、銀河で青春やり直します!』、そして影守 玄の作品世界をよろしくお願いします!
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