タラズ
◯とある証人から得た録音記録
「え、サチ、タラズに告白されたって、マジ?ウケる。なんで?ワンちゃんあるとか思ってんのかな。サチが可哀想。普通に話しかけられるだけでも無理なのにね。あー、やだやだ。早くクチナシになってほしいよね。あ、そういえば聞いた?あっちのクラスのタラズ……なんだっけ?ハヤセ?はクチナシになったらしいよ。ざまーみろ。まじ、すれ違うときもキョドっててキモかったし。せいせいするだろうな、羨ましい。うちのタラズのツカモトも早くクチナシにならないかなぁ。
あねえ、てか、なんでタラズのことタラズって言ったり、そのあとのことクチナシって言ったりするか知ってる?私、ちょっと調べたんだよね。なんか色々元ネタ?みたいなのあるらしいよ。考察とかいろいろ調べてもよくわかんなかったけど、生贄らしいよ。ぴったりじゃん。私たちのために早く死んでくれないかな。」
◯村長への取材
ムコウサマですか。どこで調べたのか知らないですけど、よくもはるばるまあお越しくださいました。取材はもちろん、先の連絡通りお請けさせていただきますけど、何もないですよ。ムコウサマは基本、いるだけなので。
まあ早速本題に入ります。深夜、この村を歩いてると、たまに、体の一部が欠けた、人のような何かに見られることがあります。手とか足とか、わりと大きな欠損があることもあれば、よく見ると唇がなかったり、指が1本なかったりと、全然気付けないほどの欠損なこともある。そいつらが、じっと貴方を見つめるんです。じーーっと。別に視線を切っても追いかけてこないですし、見られたからと言って何かある訳じゃないですけど。
要はこの村に伝わる怪異です。向こう側から来た存在で、ムコウサマ。まんまでしょ?
え?いや、もしムコウサマにあったらって。どうもないですよ。いつも通り貴方の日常を過ごしてください。言った通り、ホントにムコウサマは貴方を見つめるだけなんですよ。貴方にやましいことがないなら、それで終わりです。やましいことがあればって。あるんですか?ないけど、一応取材だから?
うーん。近づきすぎても、私の責任ではないですからね。わかりました。少しだけ続きをお話しします。
やましいことがある人。一定以上、向こうに近づいている人は、ムコウサマになります。
順番に説明します。向こう、というのはもちろん、ムコウサマの世界を指します。泥黎とか隠り世とか。そっち側です。ムコウサマになるというのは、まあ大雑把に言うと、死ぬと捉えていただいて構いません。いえ、正確に言うと、全員行方不明で、生きてるか死んでいるのか分からないんですけどね。なんでムコウサマの呪いで死ぬことをムコウサマになるっていうのかは私も知りません。単に向こう側の住人になるからっていうだけかもしれないですし。
とにかく。悪いことをした人。向こう側について知った人。後は向こう側に物理的に近づいた人。そういう人はムコウサマになると言い伝えられてます。
私が取材でお答えできるのは、ここまでです。
いえいえ、こちらこそ、ありがとうございました。
それと、悪いことは言わないですから、これ以上は関わらない方がいいと思います。
◯クラスメイトへの取材
ああ。俺が松田であってるよ。話は聞いたよ。ああ、そうだよな、おっさんの言う通りだと思う。今にして思えば、酷いあだ名なんだよな。「タラズ」って。差別用語としては十分すぎるし。今なら……いや、当時でも十分普通に問題になりそうな言葉だ。人と比べて何かが足りない。コミュニケーション能力が足りない。清潔さが足りない。頭が足りない。足りないから、「タラズ」。
でも、一応こんな言葉が生まれたのにも理由があって。っていうのが、この村に伝わる、都市伝説っていうのか?噂ってやつでよ。あの村には「タラズは村の生け贄にされ、村は安泰を保っている」という噂があるんだよ。その噂が多感で無邪気な学生たちに都合よく広まって、虐めの免罪符となってしまったのは、いつからなのだろうかね。とにかく、そういうことだ。もちろん、俺だってそりゃ、申し訳ないことしたとは思ってる。
とはいえ、噂は噂だ。別にタラズとして虐められていた人が実際に生け贄になったなんて話、当たり前だが聞いたことはない。
というか、俺が知ってる限り、逆、なんだよな。そう、逆。あの村では、たまに人が不審死をする。そして、不審死した人は、現在、或いは過去に、「タラズ」を虐め、死に追いやったことのある人物なんだ。
ほら、伊藤樹咲さんと、古川紗智さん。俺のところまでわざわざ取材しに来たってことは、調べはついてるんだろ?そう、クラスメイトだったんだ、あいつら。別に俺だって、ちゃんと不気味だし怖いと思ってるよ。例の失踪だろ。あの二人も、塚本学をタラズとして虐め、自殺させてるんだよ。これは呪いだと思うね。
◯雑誌「悪魔は見た!」掲載予定文章
編集者:池田敦也
これは、俺が調査した、九州のとある村の都市伝説についての資料だ。都市伝説の内容を簡単に説明すると、
「その村では昔、向こう側の神様に生け贄を捧げることで、繁栄を守ってきた。しかし、やたらめったら適当な人を生け贄にするわけにはいかない。そこで、身体的、あるいは精神的な欠損のある人、所謂障害者を生け贄に捧げることを取り決め行ってきた。そして、今でも足らない者は定期的に生贄にされるため、行方不明となる」という物。
そしてもう一つ、
「生け贄文化の都市伝説というのは荒唐無稽で、むしろ、生け贄にそういった罪のない人物を選ぶものこそ生け贄足りうる人物であり、向こう側の神様に喰われてしまう。」というものだ。
そう、この村では相違う2つの都市伝説が存在していた。では何故、似て非なる2つの都市伝説が存在するのか。
こいつらには、とあるルーツがあるのだ。この都市伝説たちには、元となる、都市伝説とも言えない、だが不気味な、とある唄がある。
「足リヌモノ、泥犂隠リニ、捧グレバ、詛ヒ代ワリテ、クチナシノ花」
この唄こそが、2つの都市伝説の元となる唄だと私は調べた。
この唄と、この村で起こる不審死、そして、確実にこちら側の世界のモノでない怪異。この三つの存在が、人を疑心暗鬼にさせ、都市伝説に縋りつきたくなるような状況をつくっているのだと思う。
この唄について、考察していこう。
まず、「足リヌモノ」。これの考察は、足りない者。これは解釈こそ違えど、翻訳としてはどちらの都市伝説も一緒だろう。足りない者。前者の都市伝説では心身の欠損を。後者の都市伝説では、倫理や道徳の欠損を。足らない者として扱っているのだろう。
足りぬもの。実際これが解釈を混乱させてる一つの難解点だと思う。何が足りないのか。これの考察をするためにも続く歌を翻訳していく必要がある。
次に「泥犂隠リニ捧グレバ」の部分。これは考察というよりかは知識的な問題だ。読者諸君も検索エンジンで検索を書ければ、、、そうでなくとも、私の雑誌の読者であるならば、もしかすると知っているかもしれないな。泥犂とは、仏教用語で「地獄」「奈落」を意味する言葉だ。隠リは恐らくここで泥犂と同列に扱われていることから、隠リ世、つまり幽世、死者の行く世界、あの世、黄泉の国を指す言葉だと考えられる。そういった場所に、捧げると言っているのだ。ここは生贄のことを指しているに違いない。ともすると、都市伝説としては前者の足らない者を生贄に、が正しい解釈のように思えてくる。要は、ここまでの分では、足らない者を、あの世に捧げることで何かをしよう、何かが起こる、そういった繋ぎに見えてくるのだ。
ではなぜ、都市伝説がもう一つ浮上してきてしまうのか。それは、この先の唄を読むと見えてくる。
唄はその後、「詛ヒ代ワリテ」と続く。これも半ば知識的な話になるが、この詛うというのは、人を呪うという意味の言葉だ。ここで大事になってくるのが、誰が、誰を呪っているのかということだ。先ほどまでの唄になぞらえれば、足らない者が、生贄に捧げられているのだ。当然生贄になったものの無念は計り知れず、人を呪いたくもなるだろう。ここにきてようやく、都市伝説として後者の発足が見えてきた。つまり、生贄に捧げられたものが、人への呪いと変わっているのではないかという解釈だ。
一方で、これは何も、前者の都市伝説の否定材料にはならない。なぜなら、こうも解釈できるからだ。生贄は呪いにより成立したのだ。泥犂隠リの者がそれを喜び、あるいは契約として、足らない者を呪うことで、契約は成立した。そういう唄だとも解釈できることになる。ともすると、相違う二つの都市伝説が生まれるわけである。ならばあとは、最後の唄で決めたいところであるが、残念ながら最後の唄は決め手にはならない。
最後の唄はこう締めくくられている。「クチナシノ花」。思うに、これは単なる比喩表現に過ぎないのだと思う。死人に口なし。つまり、死人を指している。となると、前者でも後者でも、対象が変わるだけで解釈としては何も問題ない。
ここで都市伝説の真偽の論争は暗礁に乗り上げることになった。
なんて終わらせることはもちろんできない。だから、ここからが本当の考察だ。
まず、この都市伝説の実態について私は調査した。調査にあたり、とあるいじめによる生徒の自殺、そしていじめていた生徒の主犯格の失踪について、私は極秘ルートよりいくつか情報を得た。今回はこの事例を中心に考察を展開していこうと思う。まず、いじめられて生徒をT君、失踪した生徒をIさんとFさんとする。
T君は家庭の都合で満足な衛生環境も得られず、また、コミュニケーション能力や学力等も相まって、学年ではかなり、よくない意味で有名な人物だった。中学生であればまだ心は発展途上。ともすれば、そんな周りより少し浮いているところが目立つT君は、そんな未発達の心の持ち主にとっていじめの格好の獲物。そして、そのいじめを扇動し、最も積極的にいじめを行っていたのが
ーM君だ。そう、IさんもFさんもいじめの主犯格ではあったものの、私が取材した限り、皆口をそろえて、主犯はM君だと語る。しかし、呪いの被害者はIさんとFさんで、M君は今も元気にしているところを私が実際に取材している。そして他の事例も調べてみたが、どうもこの不審死、実際は何も、「心身の欠損」のある人物だけではないことが分かった。要するに、都市伝説はどちらも正しく唄を解釈できていないようなのだ。
では一体、何が何を呪うというのか。
私の考察としてはこうだ。この村には、都市伝説とは別に、こんな怪異が伝わる。ムコウ様。身体のどこかしらが欠けている人型の存在。曰く、現世ではなく、向こう側、泥犂隠リの存在。私はこの話にも誤りがあるのではないかと考える。ムコウ様と呼ばれるこいつらは、向こう側ですらない、狭間にいる存在なのではないだろうか。そして、唄は、こいつらのことを、タリヌモノと唄っているのではないだろうか。足らない者。身体に欠損がある。この世に留まることも、あの世に行くことも足らない。そういった存在。こいつらをタリヌモノとしよう。すると次の唄、「泥犂隠リニ捧グレバ」はそんなタリヌモノを捧げることを指すのか。こうは考えられないだろうか。タリヌモノ「を」捧げるのではなく、タリヌモノ「が」捧げるのだと。そう考えると、その先の解釈もまた変わってくる。 「詛ヒ代ワリテ」は呪いに転じて、と解釈されてきた。しかし、呪いにより、入れ代わるだとしたらどうか。つまり、その怪異は、あの世にもこの世にもいない存在。そこで、人の魂をあの世に捧げることで、空っぽになった人の皮に呪いにより成り代わっているのではないだろうか。
では、捧げられるものはどう選定されるのか。入れ替わったムコウサマは、どこで何をしているのか。
次号はこの秘密に迫る。
〇
私は少し思い違いをしていたかもしれない。だとすると、私は早急に出版社に電話をしなければ。執筆を終えた私は少し、自分の考察に有頂天になっていた。悪くない考察だと思ったからだ。しかし、考えると、まだ謎は残る。結局、全然違う都市伝説が二つ発足した理由としては弱い気がするし、選定理由は唄に書かれていないとするなら何になるんだろうかと。考えて、私はようやく、取り返しのつかないことをしてしまったことに気付いた。例えばこの唄はだれがどんな目的で作ったのか。生贄のことを隠したかったならそもそもこんな唄は作らない。悪い子を躾けたかった?ならこんなに回りくどくする必要があるのか。例えば、私の考察が当たってたとして、その忠告だった。それならば、それこそ呪われる条件やその回避方法を唄ってくれたっていいように思う。ならば、あの唄の目的とは、もしかし
◯記事
池田敦也氏が失踪したとし、今日、警察に捜索願が出されました。
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