ペット禁止

うちのアパートって結構壁薄いんだよね。いやまあ、うちのっていうか、大学近くの、安い学生向けのアパートなんてどこもそんなもんかもしれないけど。だから、騒げばもちろんクレームはいるんだけど、音量とか気を付けないと、下手するとテレビとかYouTubeとかの音もお隣さんに聞こえるわけ。

で、この前隣に人が引っ越してきたんだけど、その人が引っ越してから、たまに隣からチャポンって音がするわけ。うちのアパート、ペット禁止だけど魚は禁止されてないから、壁際に水槽でもおいてんのかなって。最初は特に気にしてなかったんだけど。どこかのタイミングで、蛙も飼い始めたみたいなんだよね。最初に言ったけど、壁、薄いから、夜中にゲコゲコとめっちゃ煩いわけ。蛙はアパートのルール的にもアウトだから、一回文句を言いに行ったの。

インターホンならしたら、中からやけに背の高いオジサンがピョコピョコ歩きながら出てきて。

「毎夜、蛙の鳴き声で煩いんですけど。ここ、ペット禁止ですよね。」

って私が威勢よく言ったら、オジサン、なんて言ったと思う?

「それは蛙の鳴き声に聞こえますか。」

って。すごく満面の笑みでにったり笑って、そう返すの。不気味で不気味で。とにかく返事もしたくなくて、一刻も早くその場から立ち去りたかったから、

「とにかく、この事は大家さんに相談させてもらいます。」

とだけ言って、その場をあとにしたんだけど。

もちろん大家さんに相談したんだけど、そしたら後日大家さん、あそこはペットは何も飼ってなかったって言うんだよ。それに、私以外から蛙の鳴き声の話しすら聞かないって。嘘だって思わず叫んじゃった。だってじゃあ、私が夜な夜な聞かされるあのゲコゲコって鳴き声はじゃあ、なんの音なのって。でも、大家さんと話をした日辺りから、蛙の鳴き声は止んだ。その代わり、ズズズズって、何か大きいものを引き摺るような音が聞こえ始めた。その音がなんの音なのか、考えたくもなくて無視してたんだけど、そしたら私がその音の変化に気付いてから3日くらいたったあとに、今度はポストに紙が入ってたの。

「それは蛇の鳴き声に聞こえますか。」

私はすぐにビリビリに破いて、それをゴミ箱に捨てた。捨ててから、大家さんに相談したら良かった、と後悔した。私はもう、引き摺るような音が、蛇の移動する音にしか聞こえなくなった。

その音も、ある日を境にまた変わるんだよ。カァーと喧しく鳴いているそれは、確実に、烏の鳴き声に聞こえた。その日の内に、私のポストには「それは烏の鳴き声に聞こえますか。」と書かれた紙が入っていた。大家さんに相談したけど、お隣さんの悪戯という証拠がないからと、対応が難しいといわれた。私は音が聞こえないようヘッドフォンを着けた。ヘッドフォンをしてても、何故か変わらず烏の鳴き声は私の耳に届いた。

一週間くらいして、それは「ニャー」という音に変わった。扉の目の前には一面に「それは猫の鳴き声に聞こえますか。」という張り紙が一杯に貼られていて、大家さんはようやく、ちゃんと対応してくれる気になったようだった。でも既に私の心は限界だった。引っ越し先は既に探し始めていた。

思わぬところで転機が訪れたと思った。いつのまにか、猫の鳴き声が無くなっていた。

今では、隣からはたまに女の人の談笑が聞こえるくらいで、動物の音はなにもしない。だから、大家さんが言ってくれたのか、はたまた引っ越したのか、とにかく、拍子抜けするくらい呆気なく、動物の声が聞こえなくなった。だから、油断した。油断してしまった。

今朝、お隣さんとあった。お隣さんは、あの時のオジサンだった。あの時のオジサンが、あの時のすごく満面の笑みで、あの時みたくにったり笑って、言った。

「それはヒトの鳴き声に聞こえますか。」

私は次の日にはその部屋を解約して、しばらく姉の家に寝泊まりし、その後別のアパートに引っ越した。

結局隣の家に何が住んでて、何の音を立てているのかはわからないけど。隣人に挨拶するとき、私の顔は今でもひきつってる。

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