五感

一。味覚。化学物質を受容し、味として感じる器官。


 食べました?まだ?是非食べてください。とっておきなんですから。うちの枇杷。遠慮はいりません。え、まさかとは思いますが、一応弁明しておくと毒なんか入っていませんよ。なんなら私が先に食べますよ。あ、さすがに疑ってないですか。よかった。いや、この村に人がくるなんて久しぶりだったので嬉しくなっちゃって。いや、不謹慎でしたね。遭難、でしたっけ。それはホントに、お疲れ様です。無事でよかった。ホントに、遠慮しないで召し上がってください。あ、やっと食べてくれましたね。よかった。あ、食べながらでいいので、雑談を一つ聞いてください。ほんとに外の人と話すのなんていつぶりなんですかね。あそうそう。味覚。味覚の話をしようと思ったんでした。その前に一つ訪ねたいんですけど、塩基性洗剤って食べたことあります?あるわけない?それはそうです。じゃあ水酸化ナトリウムは?あるわけない?そうですよね。私もです。高校でもしかしたらやったかもしれないですね。塩基性のものは苦味があるって。あれってなんだか言葉に違和感を感じるんですよね。少なくとも水酸化ナトリウムとかを食べ物として認識しようと思わないじゃないですか。私からしたら、塩基性のものに苦味があるんじゃなくて、苦味を感じたら塩基性のものの可能性がある、が正しいんですよ。ええ、確かにおっしゃる通り、卵が先か鶏が先か見たいな話なんですけど。じゃあ、腐ったものを食べてしまったことあります?傷んだ果物とか。あ、これはあります?実は私もです。安心してください、そこの枇杷は、先ほど庭から採ってきたもので、熟れてて艶やかな物しか選んでないですから。傷んだ果物って酸っぱくありません。ですよね。酸味を感じますよね。そう。私たちの味覚が発達しているのは、余計なものを口に含まないようにしているんですよね。例えば毒。塩基なんてタンパク質を溶かす天才ですから、毒ですよね。人体からしたら、身体に入れてほしくないもの。同じく腐ったものも身体に入れたくはないですよね。そういうものを弾くために、それらを口にすると苦味、酸味という、不快感のある刺激を感じるようになってるんです。逆に、エネルギー限になる糖とかは、甘く感じます。よりたくさん食べたいと脳が欲する味覚刺激なんですよね。まあ、人間って頭がよくてそれでいて食に貪欲だったので、今となっては苦味酸味もただの嗜好的な味覚になっていなくもないですけど。まあ本来、味覚は身体に入れたくないものを弾く優秀なセンサーという話です。ところで、今食べてる枇杷、甘くないですか?甘いですよね!よかった。言ったでしょ、とっておきなんですよ。なんで枇杷…もとい、果物って甘いか知ってますか。ええ、ええ。今の話を踏まえると、糖をたくさん含んでいるからです。じゃあ、なんで糖をたくさん蓄えていると思います?成長のため?すごいですね、正解です。でもこの場ではもう一個の理由も説明させてください。いや、ほんとは説明せず味で感じてもらうのが一番なんですけど、感じてもらうには説明してからの方がいいんですよね。まあ聞き流してください。大切なのは味わうことですから。で、果物が甘い理由ですね。これ、実は食べてほしいから、なんです。食べてもらい、種子を運んでもらう。こうすることで、自身の勢力を繁栄させるんです。じゃあ、枇杷の種、食べたことあります?ない。杏は?桃は?ない?ないですか。たまーにいるんですよね。いたらこれからする面白い話がさらに面白くなるのに。食べてみます?お、勇気ありますね。是非食べてみてください。苦いでしょう。はい。今挙げた果物の種って苦いんですよ。なんでかは――もうわかりますね。毒を含んでいるんです。アミグダリンって言っても伝わらないですよね。青酸配糖体ならどうですか。よく知らなくても毒っぽそうですよね。だって青酸、ですから。青酸カリとかの青酸ですもん。あ、待って、怒らないで下さい。一粒じゃそんな、身体に害とかありませんから。本当ですよ?ちゃんと調べても一粒程度の誤飲は人体に支障をきたさないって出てきますし。なにより私はこうしてピンピンしてますから。まあでも、しばらく苦い思いは残るかもしれないですね。意地悪したかったんじゃないですよ。要は、想像してほしかったんです。今、苦い食べ物を食べましたよね。それが、毒の味だっていうことを。



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二。嗅覚。化学物質を受容し、臭いとして感じる器官。


 嗅覚って案外無くてもなんとかなるって思ってません?そんなこと無いんですよ。いや、無くてもなんとかなる場面が多いのは事実ですけどね。哺乳類の嗅覚がなぜ発達しているのか知ってますか?まあこれは嗅覚に限らずなんですけど。必要だから発達しているんですよ。発達していると生存に有利だから、発達した個体だけが残るんです。いけない、理系出身なんですよ私。それで、こういう話になると饒舌になってしまうんですよね、すみません。よく叱られているのに、またやってしまいました。知ってほしいのは、嗅覚は必要だから発達しているという事実です。例えば、人が臭いと感じ忌避するもの。これは大体有毒です。視覚からだとわからない、有毒という情報を鼻から脳に伝えてくれているんですね。あとは、人間だと少ないケースになりますが、動物などは臭いで獲物を判別することも少なくありません。さて、梔子の花という花をご存知ですか。知らない。そうなんですね。そういえば、出身はどちらで?北海道!それは遠路はるばるお疲れ様です。どうりで。先程からの訛りは北海道のものなんですね。余り方言に明るくなくて。そう。少し話がそれましたけど。北海道。それなら知らないかもしれないですね。関東より東、北には咲いてないですから。梔子の花はこっちの方にしか咲かないんですよね。語源は、果実が熟しても開かないことから、口が開かない、口なしというところから来ているようです。ところで、クチナシの花は縁起が悪いと言われています。クチナシ。貴方も言葉にして発音してみてください。クチナシ。なんか気味が悪いでしょう。日本には古くから「死人に口なし」って諺がありますから。それを連想させるんですよね。まああんまりここでなにを見聞きしても、意味はないんですけど。後でどうせ色々な知識をまた見たり聞いたりすると思うので、今はとりあえず、香りについてだけお話します。この花はとても甘い香りを放つことで、沈丁花や金木犀と並んで、三大香木として知られてます。なぜこの花はこんなに強い香りを放つのでしょうか。それは、虫を誘き寄せるためと言われています。植物は、梔子を含め、花粉の運搬を虫に依存する種が一定数存在します。つまり、虫に花粉を運んでもらわないと、種が繁栄しない、そんな種なんですね、この子達は。そこで強い香りを放ち、虫を集める花たちが生存競争を有利に進めたというわけです。つまり、危険を回避するために匂いを感じることに進化した種もいれば、それを知り、逆に利用するために匂いを放つことに進化した種もあるということです。一つ、嗅いでみて下さい。いかがですか。クチナシの花の匂いは。結構しっかり残りませんか?しばらく鼻が甘ったるい匂いに満たされる。甘すぎて、逆に毒のように感じる。そんな感覚がありませんか。それが、貴方の嗅覚が感じた、クチナシの花の匂いです。



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三。触覚。皮膚への刺激を感じとり、認識する器官。


 どうぞ、そこに。あ、出来れば正座でお願いしてもいいですか?いや説教じゃないですよ。今後のために、とでも言うんでしょうか。説明が難しいんですけど。すみません、わざわざ。ご協力ありがとうございます。では本題に。もう味覚と嗅覚の話は聞きましたか。そうですか。それはなにより。え、なんですか?毒を食べさせられた?あー。やりすぎちゃうんですよね、あの人。本物の毒でなくても、味覚から想像することが大事なので、別に苦いだけの普通の食べ物でいいっていってるんですけど。後でこちらからまた言っておきます。で、今度は触覚です。さくさく行きましょう。なにせ、触覚が一番難しいですから。逆にこれが終われば、あとはすぐなんですけどね。まあ最初に結論から言うと、触覚が感じとるのは、世界という存在の中で生きている、貴方自身の存在。貴方が立っていられるのは。貴方がものを掴めるのは。貴方が危険を感じるのは。全て、触覚のお陰です。逆に、触覚が感じたものは、貴方の身に起こっていることです。目を瞑っても、サッカーボールに触れれば丸いと感じますし、耳を塞いでも、外に出れば風を感じます。味がしなくても熱湯は熱いですし、臭いがしなくても包丁で刺されたら痛いです。それが貴方の存在証明となるわけです。まあ、言わずもがな、見たいな感じ、ありますけどね。じゃあ、触覚がないと人間はどうなるのか。死にます。いや、死にますっていうと語弊がありますね。死んでいます、とか生きていないですって言うのが正しい。自分の存在を、自分が認知できないんですから、死んでるも同然じゃないですか?まあ、そんな生まれつき触覚がない人間なんて会ったことないですけど。そうだなぁ。なんの話をしましょうか。え、触覚の話はもう終わりですよ。貴方の触覚が機能している限り、貴方はこの世界に存在している。それだけです。あ、でもまだ話は終わりじゃないですよ。ここでいろいろ話さなければいけないんですから。少し、昔話をお話ししてもいいですか。有名なものです。耳なし芳一ってご存知ですか。ご存知。まあ簡単に説明すると、写経をし忘れた耳だけ悪霊に持っていかれた、みたいな話ですよね。あとはー、そうですねぇ。口裂け女……はさすがにご存知ですよね。でもこういう有名な都市伝説も、今の子供たちの代では廃れてきていると思うと少し悲しいものがありますよね。どうしました?足が痺れてきた。早いですね。いや、責めるつもりはありませんよ。そもそも正座を強要したのは私たちですし。普段あんまり正座されませんか。そうですか。ところで、足が痺れると、上手く立てなくないですか?あれは、触覚が麻痺しているからなんです。そう、一時的に、触覚がなくなっているんです。その瞬間だけ、その世界に存在していると自分で自分を認識できなくなるんです。では、もしその麻痺がずっと続いたら?その人は生きているんですかね。



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四。聴覚。振動により、音を感じる器官。


 夏の始まり。貴方は蝉時雨を一身に受ける。そんな中、ここまで歩いてきたんじゃないですか?あー。痺れてるんでしたっけ。体が。まあなんでもいいですけど。昨年は暑すぎてかあまり鳴いていなかった気がしますけど、その反動と言わんばかりに今は蛙鳴蝉噪と喚いています。それを感じ取っているのが聴覚です。なんでこんな話をしてるのかって。これも関係あるんですから、最後まで聞いてください。聞くことが大切なんです。いいですか。聞くんです。それは、蝉の鳴き声のようでもあります。それは、壊れた機械の電子音のようでもあります。それは、何かのようでもあります。そして、なんでもないようでもあります。でも、決して空耳でなくて、確かに聞こえているのです。それは、呪詛のようでもあります。そしてそれは、蝉の鳴き声のようでもあります。別に怖がらせたいわけじゃないですよ。だから最後まで聞いてくださいって。これはまだ過程なんですから。例えばの話をしましょう。ジーーーーージジジジジジ。ミーンミンミンミン。え、そんな目で見ないで下さいよ。だから例えばの話なんですって。急に私の頭がおかしくなったわけじゃないですよ。例えば、私が急に蝉の鳴き声の真似をしたとします。今みたいに。貴方はそれを私が叫んでいるようにしかとれないわけです。次は、目を瞑ってください。今度は蝉の鳴き声の音源を流します。行きますよ。ミーンミンミンミン。ジーー。ジジッ。ジーーー。あ、騙されませんでしたね。今のも私の叫び声です。そう、聴覚って優秀なんですよ。貴方が視覚の次に情報を得るのに頼っているのが聴覚です。私がいくら蝉の鳴き声の真似をしようが、人の聴覚は騙されません。そんな貴方の優秀な耳が聞き取ったものは全て真実なんですよ。ところで、蝉がなんでこんなに喧しいか知っていますか。まあ想像は着くと思います。そんな、難しい理由じゃないんですからね。少し理系の知識があれば、いや、無くても、少し考えたら理由はすぐわかると思います。あー。わからなそうですね。ジジジジジジ。まあ大丈夫です。理由を知らなくたっても、蝉の声が聞こえていることが大切ですから。え、また蝉の鳴き声の真似をした?別にしてないですよ。まあ、、。そうですね。さっきも言ったと思いますが、人の耳は優秀です。貴方が蝉の鳴き声が聞こえたというのなら、それは蝉の鳴き声なんです。実際、今のは人の声というより、結構蝉の鳴き声に聞こえたんじゃないですか。なら、そういうことです。で、どこまで話したんでしたっけ。そう。蝉がなく理由についてですね。ミンミンミンミン。ジジジ。ジーーーーーー。気になります?ほんとに対した理由じゃないですよ。あれは、オスがメスを射止めるために泣いているんです。メスに、ここに優秀なオスがいるぞとアピールしているんですね。だから煩ければ煩いほど、蝉としてはいいわけです。人間も、もし声が大きい人がモテるなら、みんな叫びながら歩くんじゃないですか?なんてまあどうでもいいんですけどね。雑談です。え、冗談ですよ。そんな納得したような顔しないで下さい。あ、そういえば、「蟪蛄けいこ春秋を識しらず、伊虫あに朱陽の節を知しらんや」って言葉を知ってますか。これは説明しておきたいな。ジーー。ミーンミーンミーン。シュワシュワシュワシュワ。いや、今の時代、Go○gleで検索かければ一発だと思うんですけど。でも今って聴覚の話をしているじゃないですか。だから、実際に実物を見せたり、あるいはそうやって、検索して出てきた言葉を見てもらっても、あんまり意味がないんですよ。大事なのは、私の説明が、どう聞こえるかなんです。蟪蛄って言うのは蝉のことです。蝉って、夏にだけ一瞬出てきて、短い生を全うして死んでいくじゃないですか。だから、蝉が自分の生きている瞬間を夏だと実感することはないんですよね。なんでって、春秋冬をしらないんですから。逆に我々は春も夏も秋も冬も等しく平等に知っているからこそ、蝉が夏を生きているって言えるわけです。まあ難しいことを言っていますが、蟪蛄春秋を識らずだけを切り取って、単純に命というものが儚く短命であることを指す言葉としても使われたりします。ジジッ。ミーンミーンミン。シネシネシネシネシネ。まああんまり知られていない……どうしたんですか、先程からたまに不快そうな顔をして。もしかして、シネシネシネシネシネシネジーーー。なんですかね。やっぱり。私の声がミーンミンミンミンミンミン。それはジーーー。ジジッ。シネシネシネシネシネ。ジー。ジーーー。シネシネシネシネシネ。ジジッ。ジーーー。ミーンミンミンミン。シネシネシネシネシネ。ジジジジジジ。ミンミンミンミーン。ジジジジジジ。シネシネシネシネシネ。


ジジッ。



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五。視覚。光により、形や色を感じる器官。


 貴方は感じとることが出来ます。目から様々な情報を。色を。光を。形を。例えば、この文章とか。もうお話をしても、私の声は蝉の声にしか聞こえないと思うので、文章で伝えますね。大丈夫です。人間は、情報の8割を視覚で得ているといいますから。だから視覚が最後なんです。口の中がずっと苦くても、鼻が常に甘く燻られていても、周りの音が全て蝉の声、或いは呪詛でも、ここまでたどり着けたでしょう?触覚がないのは少し苦労したかもしれないですね。そして、視覚。これで最後です。でももう、どうせ逃げられないのでせっかくなら最後まで読んでください。ところで、読書はお好きですか。私は好きです。よく色んな本を読みます。新聞は読みますか。テレビは見ますか。景色を眺めることはありますか。貴方は目に入ってきた情報を、その世界として捉えます。そして、見えないものに恐怖するのです。たと ば、幽霊。ポルターガイスト。誰もいないのに音の鳴るイ ターホン。そして例えば、心。本心。呪い。見えないものを、私たちは、貴方は、勝手に脳で保管します。きっとこう。どうせこう。   う。そして、見えないものに、恐怖するのです。気づきましたか?この村に来てから、鏡を一回も見ていないことに。貴方は自身の姿を見ることが出来ますか。この文章を見て、貴方は慌てて自分の手や  を見ているかもしれません。見えました?まだ見えたかもしれないし、人によってはもう見   かもしれ  で ね。でも、少な とも想像はしたんじゃ いで か?そ  大事     。見えないなら、        。      貴方は       。あー。私にとっ  、既に見え                 在。

もう           。


貴方は        。食べ物を食べる度に。

       でしょう。匂いを嗅ぐ度に。

     する    。物に触れる度に。

   想像      。何か聞こえる度に。

そして、貴方は読んでくれました。この文章を。

     。         。

                。

ありがとう。

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