雫様

 雫様って覚えてるよね。私達の地元の小さい田舎の、小学校で死ぬほど流行った都市伝説みたいなやつ。雨の中に、かわいい顔と手足の生えた、神様が混じっているという話。雫様を掬い上げることができれば、何でも一つ、願い事が叶うみたいな。雨の多い田舎に、こういうありがちな都市伝説が広まるのなんて、想像に容易い。

 だから子供の頃の私たちは、雨の日に雫様を探して歩いたよね。それはもう、必死に。中には、傘も差さずに大雨の中、手をお椀の形にしてびしょびしょで登下校する人、逆に傘を風でひっくり返ったような、パラボラアンテナのような形にして雨を集めている人だっていた。面白かったのは、バケツを持って登校して、学校の中ですっ転んで、廊下に水溜まりを作っちゃってた子もいたな。雨の日は滑りやすいもんね。ありがちな作り話だったよねって?あー、まあ、雫様こういう話は確かにありがちな話だと思う。でも実は、私は知っているんだよ。絶対に、雫様はいるって。

 

 中学生に入ってすぐの話。その頃はもう、私たちはなんとなく、それが都市伝説…つまり伝説、そんなものはないと認識し始めていたと思う。その中で、純粋に一途に、雫様を探していた私の初めての親友が、Kちゃんだったの。よく言えばピュア、悪く言えばアホなKちゃんは、雨の日はちゃんと毎日、傘を差さずにずぶ濡れで登校していた。流石にバケツを持って登校してしてるのは見たことないけどね。それで、そう。そういうちょっと人とずれてる、純粋で大人しい子って虐められやすいでしょ?わからないなんて言わせないよ。貴方はそういう子を見つけて虐めるのが得意でしょ。そうじゃなきゃ、Mちゃんにあんなひどいことするなんて思い付かないもんね。話がそれちゃった。それでね、Kちゃんは虐められてたの。それはもう、面白いくらい。貴方はMちゃんにどこまでやったことある?シカトは皆でしてたもんね。バケツの水を頭から被せたことは?物を隠したり盗ったりは?痣を作らせたことは?これがどんなに苦痛かなんて、やられたことがある人しかわからないんだろうね。

 いけない、すぐ頭に血が昇るのは、私のよくないところ。まあ、そう、つまりは、Kちゃんがそういう目にあってたってんだろうなって話。え、そもそもMちゃんの虐めの主犯は貴方じゃないって?ダメダメ。私、知ってるんだから。誰から聞いたかは、後で教えてあげるよ。そんなことより話を戻すけど、そんな虐めがあって、それでもKちゃんは、雨の日はずぶ濡れで登校してきた。もしかしたら、それだけが、Kちゃんの心の支えだったのかもね。雫様を探し出すことだけが。私?私だって出来るなら、心の支えになってあげたかったよ。そりゃ、親友だから。別に抱腹が怖くて黙認してたとかじゃないよ。貴方の今のお友達じゃあるまいし。Kちゃんは、私には相談しなかった。私はクラスが違ったし、痣は服で隠れてたし、虐めに気づいてあげることすらできなかった。それはそれはもう、悔しかったよ。本当にごめんね。そう今でもまだ少し思ってる。虐めている子達も、気づいてあげれない自分も憎かった。でも、もういいの。転機がきたのは、中学一年の終わる直前の、全校集会の前のことだった。その日は、いつもにまして雨が強かったよね。記録的な豪雨で、貴方も覚えてるはず。その日もKちゃんは傘を差してなかったね。Kちゃんはその日、珍しく私の教室にきた。それで、一緒に全校集会をバックレないかって。Kちゃんは普段から真面目でおしとやかだったわけじゃん。その日に至るまで虐めの中、毎日学校にいくくらい。だから、急にサボらない?なんて提案、虐めの事実すら知らない私からしたらよっぽどビックリな提案だった。目が飛び出すくらいね。それでも二つ返事で私がオッケーを出したのは、なんでだったっけな。覚えてないから、美しい友情ってことにしといて。それで、こっそり学校の外の、広い空き地に出た。もっと遠くの公園とかじゃなくていいの?って聞いたら、ここがいいって言うから。私たちは傘も差さず、弾丸のような雨に撃たれながら、学校を眺めていた。私からどうしたのとは聞かなかった。服がびしょびしょで、重荷として感じるくらい水を吸った頃、ポツポツとKちゃんは喋りはじめてくれた。自分が虐められていたこと。今日まで耐えてきたこと。そこで、相談しなくてごめんって泣いてくれたな。私こそ気づいてあげられなくてごめんって、私も泣いて。ひとしきり泣いたあと、Kちゃんが言った。私ね、見つけたのって。なにを、って聞く前に、学校の方から大きな轟音と、土煙があがった。それを見てKちゃんはやったやったってはしゃいでた。恍惚っていうのかな。Kちゃんのそういう表情、初めて見た。そこで気づいたけど、土煙の上がってる位置は、ちょうどKちゃんの教室の辺りだったんだよね。時間的にはちょうど、全校集会が終わったか終わってないかの時間。でも。でも。たぶんきっと。全校集会は終わってるんだろうなって。Kちゃんのクラスメイトは生き埋めなんだろうなって。わかった。結局何を見つけたのか、Kちゃんは教えてくれなかったけどね。


 私の友達ってなんだろ、虐めやすいのかな。そんな風な言い方したらよくないんだろうけど。Mちゃんに関しては、何が貴方の逆鱗に触れたのかわからないんだよね。実は同族嫌悪だったりする?Mちゃんはね、高校に入って最初に仲良くしたこだった。Kちゃんも同じ高校だったけど、その頃はもう、あんまり親友!って感じではなかった。Kちゃんは変わっちゃったよね。雫様にあってから。まず、すごく前向きになった。もとからそこまで後ろ向きだったわけでもないけど、もう、ぜんぜん比にならないくらいね。それで、明るくなった。自分の意見もたくさんいうようになったね。あと、これは気のせいか気のせいじゃないか迷うところだけど、少し可愛くなった気がする。実際、Kちゃん昔と比べて可愛くなってない?そんなことないか。これだけだったらきっといい変化なんだろうけど、ここからがよくない変化で。不真面目になったね。人の悪口も言うようになった。とりまきなんか作っちゃって。攻撃的になったっていうのかな。それに、雨の日に傘を差すようになった!まあ、よくない変化なんて誰が決めるのかっていう問題で、他人の変化をよくないなんていうのは、特に最後のに関してとかなおさら、私のエゴなのかもしれないけれど。でもまあ、これは世間一般には、よくない変化なんじゃないかな。最期の以外。それで、私は、二つ仮説をたてたの。一つは、雫様の力は、一つじゃなくて何個でも叶えられるという仮説。もう一つは、Kちゃんは雫様を未だにどうにか保管してるっていう説。神様に対して保管なんて言葉遣うのは失礼な気がするけど、他に言葉が思い付かないのだからしょうがない。まあ、どっちでもよかったけどね。私はそんなKちゃんとは徐々に距離をおいていった。Kちゃんも、私をもう釣り合わないと思ったのか、それとも私が変わったKちゃんを好きになれていないと勘づいてくれたのか、そこまで私に拘らなかったから。そうそれで、Mちゃんの話だ。あのこも人と少し変わってたし、大人しかったし、真面目だった。唯一Kちゃんと違って、心はそんなに強くなかったみたい。貴方もだから、ビックリしたんじゃない?自殺したって聞いたとき。私もほんとにビックリした。なんで私は、また、気づいてあげることができなかったんだろうって。なんで神様は、Kちゃんは救って、Mちゃんは救わなかったのだろうって。もし、Mちゃんが生きてて、雫様を見つけていたら、どうなっていたんだろうね。Kちゃんみたいになったのかな。私は、ならないんじゃないかなって思うけどね。Mちゃんは性格悪くなさそうだし。


 長々となんの話をしてるのかって?罪を告発するばかりで、肝心の目的がなんなのかわからないって?それはまあ、そうでしょうね。私はただ長々と、私の気持ちの表明?みたいなことをしたいだけだし。この話が終わったら、貴方には死んでもらって構わないからさ。もうちょっと付き合ってよ。

 ところでさ、雫様ってこの世界に何人いると思う?液体の神様の数え方なんてわからないけど、まあ何人って数え方でいいでしょ。ああそれで、正解を言うと一人。一滴?それと、雨粒に手と足が生えて顔があるからといって、その雨粒が本体ではないみたい。雫様は、雨の中の適当な雨粒に、宿ってるだけ、みたいな。感覚的には、暇潰しらしいよ。詳しいねって?なんでだと思う?また、噂ってやつ?図書館で文献を読み漁ったから?神社の神主様に聞いたから?残念全部外れ。ねぇ貴方きっと、今真剣に自分の保管していた水の中から手と足と顔探しているんじゃない?余裕があったからここまで悠長に読み進めたのにね。雫様に言わせれば、それこそそれも、暇潰しの一つだって。ほんとに、小学生のときから自分の信じているものを盲信するところだけはなにも変わっていないんだから。あと、アホなところとか。冷静に考えて?私たちは何回も、くそ暑い夏を越えてるの。そうでなくても、蒸発しないわけなくない?しかも貴方、自分の部屋で桶に水張って保管って笑。あ、そうそう答えね。わかってるんじゃない?雫様に聞いたの。雫様、こんなにお喋りな神様だと思わなかったよ。それに、性格が悪いのね。貴方が性格が悪くなっちゃった理由も少しわかるかも。ね、Kちゃん。


 まあもうこれで、貴方の強くなった理由…貴方の身を守る神様は私の手の中にいるわけだけれど、どうせ死ぬのだし、諦めて最後まで私の話に付き合ってね。もしかしたら最後には、救いの大どんでん返しがあるかもよ。それにしても、逆にこんなにお喋りなのによく雫様のことを大して知りもしなかったのね。雫様、一回も聞かれなかったって言ってたよ。当時の貴方にとって、雫様は私を除いた唯一の話し相手とかじゃなかったわけ?それともやっぱり貴方にとって雫様は願いを叶えてくれるだけで、友達は私だけだったってこと?嬉しいね。そう言ってくれるとしたら不思議と悪い気持ちはしないかも。ああ、すぐ意地悪なことを言いたくなっちゃうのは、ダメね。あでも今なら話の流れで、雫様のせいにできちゃうかも。うそうそ、冗談。だんだん話がなくなってきたね。私が雫様を見つけたときの話する?ついこの間なんだよね。Mちゃんの三回忌だったんだけど。貴方にもし少しでも善良な心が残っていて、Mちゃんの死んだ日を覚えていたのなら、珍しく晴れ続きだった私たちの地元で、三回忌の日は私の悲しい気持ちを助長させるかのように、いつも通りのベタついた雨だったってことがわかるはず。どうやって雫様を見つけたのだと思う?涙を堪えて上を向いて歩いていたら、なんて、そうだったら良かったのかもしれないけど、私の涙なんてもうとっくに枯れてて、しかも傘もさしてた。ただ、ただ、道路を睨んでた。俯いて、道路を睨みながら歩いていたら、水溜まりを跳ねる雨粒の中に、明らかに違和感のある雨粒がいた。だって。だってその雨粒、手と足が生えてて、可愛い顔があるんだもん。すぐわかったよね。雫様って。一瞬脳がフリーズする感覚、わかる?貴方ならわかってくれるんじゃないかなぁ。突然だからビックリするんだよね。それから、え、うそ、あ、え、って。で、駆け寄ったの。ほら、来たよ。伏線回収ってやつ。貴方が主犯だと教えた犯人は、貴方の身近にいた人だったね。違うか神か。最初のお願いは、これ。Mちゃんの自殺の真相。あとは私の親友が、虐めに荷担してないか。それ以外は、神様にしばらくいてもらうようにお願いして、これに関係のあったりなかったりなお喋りをしながら、今日の準備を着実としたの。


 なんでこんなに恨みつらみを語るのかって?Mちゃんの仇?まあゼロじゃないけどね。最初に言ったけど、Mちゃんは高校で出来た最初の友達だし。でも逆に、それ以上でもないの。ならなおさらなんでって?本当にわからないの?それならなおさら、貴方は死んで償うべきかもね。ところで、Kちゃん。ねぇ、貴方覚えてる?貴方が恐らく雫様に頼んで、貴方のクラスを文字通り半壊させたあの事件を。あの事件の事後を。あの事件は、建物の老朽化ということで話が終わったね。当たり前か、神様パワーで、逆に事件性なんていうものが出てくるはずないもんね。それでね、私思うんだけど、貴方の家も老朽化してるんじゃないかなって。ほら、耳を澄まして?建物の軋む音が聞こえない?え、私のせいじゃないよ。言いがかり。建物がたまたま老朽化してて、貴方を巻き込んで半壊するだけ。なんで教えるのかって?貴方が家から出れないように雫様にお願いしたの。ほら、外を見てみて。きっと私が見えるはず。あの時と同じように、私は特等席で、貴方の家が崩れるのを見るの。大丈夫、安心して。貴方の家族も、近隣の住民も、巻き込まないように、今日は外出してるの。これも雫様にお願いした。私は誰かを巻き込むのは嫌なの。貴方と違って。まあ、しょうがないと思うよ。あの時は貴方も小学生だったし。それにきっと、建物を崩壊させてなんてお願いじゃなく、私のクラスを崩壊させてみたいな、そういうお願いだったんでしょ。だから、雫様が言葉通りの崩壊を起こして、私の友達が、貴方の虐めに関与していないどころか、貴方の虐めのために戦ってきた私のもう一人の親友Yちゃんが、あの崩壊に巻き込まれて帰らぬ人となったことの全てを貴方のせいにするつもりはないよ。せめて、せめて貴方のお願い事が、「貴方を虐めていた人が不幸になるように」っていうお願いのしかただったらと思わなくもないけど。私が怒っているのは、貴方は私に初めて相談してくれたとき、クラスの皆が、貴方のことを虐めたって言ったよね。私、ずっと心に引っ掛かってたの。Yちゃんが、虐めなんかに荷担するかなって。だから、雫様を見つけたとき、ようやく真相を聞けると思ったの。なに?「親友が虐めに荷担してないか」って質問、貴方のことだと思ったの?この期に及んで、貴方は最後までピュアでアホね。Yちゃんのことを聞いたの。案の状、Yちゃんは貴方のことを最後まで心配して、守ろうとしていた。貴方はそれを見て見ぬふりした。わかるよ。今まで虐げられて来た人生で、突然手を伸ばされたって、手の取り方がわからないんだよね。それも仕方ないと思うよ。でも、貴方は、私がYちゃんも仲いいのを知っていた。知っていた上で、貴方はクラスの皆を巻き込むお願いの仕方をした。貴方はクラスの皆が私を虐めていたと言った。最後まで、私にYちゃんを悪者だと、そう言った。貴方の態度は、当時の貴方のクラスメイトは皆、死んで当然という態度だった。貴方は私の前で、Yちゃんを、死んで当然として扱ったの。私はそれを、赦せない。


 最後にこれは、全然貴方の救いになるわけじゃない、ほんとにちょっとした、事後報告というか、プチどんでん返しなんだけど、雫様って、神様じゃなくて、悪魔の類いらしいよ。お願いをしたらしただけ、寿命がなくなる。貴方、いくつお願い事した?知らないけど、これはだから、必然というか。貴方の借金の返済みたいな感じ。そして、私もきっと貴方に負けず劣らずお願い事してるのよね。色々聞いちゃったし。だから、私、こんな絶景なスポットで貴方の最期を看取るけど、絶対に巻き込まれるんだよね。自信ある。だから、これは仲直りの心中なの。一緒に死んで、仲直りしたら。来世こそは、仲良く、全うに生きよう?そのときは、Mちゃんも、Yちゃんも誘って、四人で、次の、人生を…

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