第5話 殺し屋をしているから幸いだった。
ハードボイルド・セブン
エピソード2. 大洗
第5話
「車にはあまり興味がないのか?」
「はい?」
赤見が助手席に座りながらシートベルトを締める際に投げかけた質問に、日光は首を傾げた。
「住環境の割に車のレベルが低いみたいからさ。」
ああ、日光はようやく理解したように、すり減ったハンドルの上に置いた指の先を動かしながらくすくす笑った。
「じゃあ、ベンツでも乗せてくれると思いました?」
「渋谷の都心でその程度の高級マンションを借りられるくらいの財力なら、それくらいは余裕だろう。」
日光の車は、国内の中小企業が特に冒険心や野心もなく、適当に発売したモデルだった。市場でも、安い価格にしてはまあまあの評価が支配的である。購入時も、あえて使用感を出すために知り合いの情報屋を通じて中古で購入した。車体のカラーは一般的な白。日光の好みではなかった。
「高価な車に乗って注目を浴びても何の得ない職業ですから。平凡に見えるのが一番ですよ。そんな高級住宅の駐車場にこんな古い車が停まっていたら変に思われるから、面倒でもこんな遠くの公共駐車場まで使ってます。」
赤見は答えず、興味なさそうな顔で窓の外を眺めていた。丁寧にスモークフィルムを貼った窓は、そうではなかったとしても、外がはっきり見えないほど厚い埃が積もっていた。
駐車場を出る間、赤見は一言も言わなかった。気の利いた日光としては、その横顔を盗み見るだけで、赤見の気分が底辺まで落ちていることが簡単に分かった。
「あのね、少しは楽しそうなふりでもしてくれないか?」
あ、失敗。
意図していたより硬い言葉が飛び出してしまい、日光は口を開いたことをすぐに後悔した。しかし赤見は依然として黙ったまま、日光を見ようともしなかったため、日光は心の中に浮かぶ言葉を次々と投げかけることにした。今だけはどんな反応でも構わないから返事を欲しいという、未熟な小学生の男の子のような幼稚な欲張りが、赤見に嫌われるかもしれないという恐れを打ち勝った。
「もしかして、車がダサくってがっかりしたんですか?もちろん、そんな笑えない理由じゃないでしょうね。俺が職業について話すたびに固まるのを見て、やっぱりそれが問題なのか?俺ははっきり言いました。先輩が望めば、そんなのは今すぐやめるって。でも、もうそんな必要もなくなったじゃないですか。俺はこの催眠が解ける前に自殺するから。先輩を、傷つけたくないから。」
交差点の赤信号の前でしばらく車を止めながら言葉を途切れさせた日光は、ハンドルに
ハンドルに額を押し当て、倒れるようにうつ伏せになった。
「その前にたった一日だけき合ってほしいと言ったのが、そんなに嫌ですか……?」
もちろん嫌だろう。バカげた質問だ。先輩は俺に対して少しの好意も、いや、興味すら持っていない。日光はその事実を良く知っていた。先輩が自分を見る目からは、疲労感以外は何も感じられなかった。苦しい。
「信号変わったぞ。」
思いやりのない無関心な手つきで日光の額を強く押しのけた赤見は、今度は日光の指の上にハンドルを重ねて握り、半回転させた。踏め。赤見が言った。日光は黙ってその言葉に従った。蒼白な肌の下の骨の突起が浮き出た赤見の手は、日光の手より小さくて細く、乾燥していてぬるかった。車は滑らかに左折し、より広い道路へ入った。赤見はハンドルから手を離し、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。
「別れの旅だと言っていたか。私としては初めて聞く言葉だけど。」
唐突な言葉だったが、日光は先輩がせっかく試みた会話が途切れる前に急いで答えた。
「最近、カップルが別れる前にやります。一種の最後の思い出作りみたいなものですよ。」
「私の言いたいのはまさにそれだ。なぜカップルがやるようなことを私たちがやらなきゃいけないのか……。」
「あ、それは先輩と俺はカップルよりもっと親密な関係だからですよ。」
「はあ。」
赤見の顔が日光の方を向いた。相変わらず依然として無表情だったが、その顔には確かにどこか柔らかい部分がうかがわれた。
「こんなロードトリップは私の好みじゃない。」
「随分文句が多いですね。先輩の好みって、どれだけ上品なのか聞いてみましょうか。」
「喫茶店や家で一日中休むことだ。」
日光は椅子のヘッドレスト越しに首を反らせて大声で笑った。
「先輩、予想はしてたけど、つまらない人ですね!ごめんだけど、俺の最後の日をそんな無駄に過ごすわけにはいかないですよ。別れの旅なら当然海を見に行くべきでしょ。ドラマも見てないですか?」
「見ない。30分でお台場に行けるのに、わざわざ2時間もかけて茨城県まで行く理由は何んだ?」
「お台場は海に入れないですよ。そしてあまり都市的な風景もイマイチです。いや、イマイチというわけではないですが、最後の訪問地としては気に入らないことですよ。大洗サンビーチは家族連れの観光客も多いらしいです。まあ、両方のビーチでもサーフィンはできるみたいですけど。」
「サーフィン……無理だよ。」
「誰も先輩にサーフィンなんて期待してないから心配しないで下さい。」
赤見はその言葉に安心すべきか、気分を害すべきか少し迷ったが、いずれにせよサーフィンはしたくなかったので、静かに聞いていた。
「ただ、俺は、他の人とそんな場所に行ったことが一度もないですからね。」
赤見は運転中の日光の横顔をちらりと見た。高くまっすぐ伸びた鼻筋と、堅くても繊細な顎のラインの組み合わせが、驚くほど絶妙な美しさを放っていた。無意識に日光の顔を鑑賞してしまうのは、おそらく赤見だけの苦労ではないはずだろう。
「普通は学校で行くものだ、そんな場所は。修学旅行とか、校外学習とか。」
「ああ、そう言ってるみたいですよ。」
会話を続けようと期待しながら軽く話題を振ったが、日光が頷いた後、何も言わなかったので、赤見は眉を少しひそめた。
「お前、学校に行かなかったのか?」
日光は肩をすくめた。
「俺の記憶にはありません。先輩は俺が一般の人々と似たような思い出を積み重ねながら高校まで無事に卒業し、殺し屋として就職したと思っていたんですか?」
「それは……。」
「特に考えてなかったでしょう。先輩にとって俺は何でもないから。」
赤見が口を閉ざすと、日光は指でハンドルをリズムよく叩いた。しばらくの間、トントンという音だけが車内を幽霊のように漂った。日光は一瞬の間を置いてから、再び話を続けた。
「ごめんなさい。ただそういうことなんですよ。ともかく、大切な人とそんな場所に遊びに行くことくらい、みんな経験があるだろうから、俺も一度くらいはやってみようと思ったんです。死ぬ前に。」
車内はすぐに沈黙に包まれた。赤見は日光の言葉を反芻した。大切な人とは、赤見にとって誰からも聞いたことのない重い言葉だった。そして、笑える話だった。そう言った日光は、明日にはこの世から消えてしまうかもしれない奴なのに。自らが操作した好意さえも、自分の都合のために捨て去る赤見は、どれほど卑劣な全能者なのか。
赤見は車内のナビゲーション画面を確認した。茨城県の大洗サンビーチまでは、1時間20分ほど残っていた。
「日光。これまでどう生きてきたか、話せ。」
「はい?」
違う、これじゃない!赤見は思わず目を強く閉じた。間違えた。もう一度言わなければならない。どうにか収拾を……。
「表現を、あの、少し変えようか。だから、だから、私の言いたいのは……。」
赤見はため息をつきながら目を開けた。しかし、隣に座る日光の表情を確認する勇気はなかなか湧かなかった。命令ではない言葉はなぜこんなに難しいのか?口の中は乾ききって、首筋からは汗が滴り落ちた。赤見は石原を思い出していた。石原は髪の毛の色が派手で、無礼なほど親しげに振る舞う浮浪者みたいな奴だが、常に間を置かずに言葉を繋げる彼の巧みな話術だけは、羨ましく思わないわけにはいけなかった。
「だから、お前のことを話して欲しいんだ。ただ、知りたいから。」
赤見がやっと文を終わらせた瞬間、ハンドルを強く握る日光の手の間に、革がねじれる音が漏れ出した。
「俺がさっき何て言ったからですか?」
「そうじゃない。これはあくまで、そう、お前のことを事前に知った方が、私の身辺が無事になるからだ。でも、もし話したくないことがあれば、そのことは省いても構わない。これは催眠命令じゃないからだ。」
「わあ、寛大ですね。」
「うるさい。早く話せ。」
「はい、はい。承知いたしました。」
日光はくすりと笑った。
先輩、なぜ急に優しくしてくれるんですか?明日死ぬ俺が、ようやくかわいそうになったんですか?それとも、やはり罪悪感でも感じているのか?
こんな質問は絶対にしない。日光は、手に入れたチャンスを無駄にするほど愚かではなかった。むしろその逆だった。彼は生まれつき非常に賢いから、目標としたことは何でも逃したことがなかった。
ははっ。先輩は間違った相手を選んだんだ。俺はね、明日死なないから。俺は催眠術にかかっただけで、バカじゃない。一生、先輩と二日に一度会えるのに、なぜ俺が死ぬ必要がある?理由は分からないけど、たまたま俺が記憶喪失を要求する命令限定で催眠術が効かなかったから幸いだった。殺し屋をしているから幸いだった。先輩はもう逃げ場もなく、俺と付き合わなければならないんですね。
しかし、ただ付き合うだけでは到底足りない。俺は先輩への敬愛で胸が爆発しそうなのに、先輩とずっと一緒にいるために何でもできるのに、そんな先輩が俺から離れることだけを考えているなら困る。だからこの力関係は逆転させなければならない。先輩の弱点を突いて、先輩の方から俺を欲するように仕向けるしかない。
俺が望むのは一つだけです。俺はすでに先輩のものだから、先輩も俺のものになればいい。そうすれば俺たちは永遠に一緒に幸せになれるのです。
そうでしょう?
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