第2話 一人の人間が、こんな目とこんな臭いを同時に持っていていいのか。

ハードボイルド・セブン

エピソード1.渋谷

第2話




嘘なわけないだろう。これまでで最も強力な催眠術を使って引き出した自白だ。赤見は自身の能力に自信がある分、日光の正体も信じるしかなかった。


殺し屋だと……。無意識に地雷を踏んだ。催眠術を使って他人の弱みを握りしめ富を築いてきた赤見も、決して清らかな人生を送ってきたわけではなかったが、殺し屋の有害さと比べ物にならなかった。


赤見は誰かを傷つけた経験がなかった。物理的な暴力を振るったことがないという意味だ。そんなことは嫌だったというより、ただ難しかった。突然中学生のとき、生物の授業でカエルの解剖をした際に気を失ってしまい、他の生徒の笑いものになった事件が浮かんだ。実験用のメスを握った手ががたがた震えていた記憶が今でも鮮明だった。なのに、こいつは人を殺すことを生業にしているのか?


赤見は平静を装い、半分残ったカフェラテを飲み干そうとしたが、口の中に流れ込む液体からは何の味も温度も感じられなかった。


向こうに座っている日光は、秘密を吐き出した後、固く口を閉ざし自分の靴の先をじっと見つめていた。赤見がため息をつくと、日光の肩がびくっと跳ね上がった。誰が見ても、この側の動きを警戒している様子だった。


「おい、日光。」

「はい、先輩。」


日光は即座に答えた。しかし、彼の視線は依然として床に向けられたままだった。


「まず、私を見たら?」

「はい、先輩。」


上げさせられた顔を向き合った赤見は、突然息が詰まるような感覚に襲われた。正体を知った今、不気味に感じられるはずのこの殺し屋の目はただ、赤見が自分を嫌うかもしれないという心配だけが満ちていた。


まるで本気みたいだ。赤見は自分までもが笑えるような考えをした。しかし事実だ。今では数え切れないほど多くの他人に催眠術をかけて、彼らの精神を好き勝手に操ってきたのに、その全ての時間を通じて赤見がこれほど濃密な……少なくとも密度が高く見える感情に触れたことはなかった。


家族はおろか親しいと主張できる知り合い一人もいないまま、この社会という巨大な円盤の端を手探りで触りながら生きてきた赤見だった。他人は恐ろしく、他人の群れはさらに恐ろしい。しかし最も恐ろしいのは、彼らをそんなに軽蔑しながらも彼らの本心を望む赤見自身だった。


孤独に苦しみ街へ飛び出し、誰かを掴んで『私を愛してくれ』と何度も叫んだこともあった。催眠状態に陥り『愛してる』と返したあの通行人たちを赤見は長く引き留めずすぐに放した。空虚な目、空虚な顔は安物の演劇よりも劣っていた。あの日のあの事件以来、赤見は他人を操る際、記憶と精神を支配するだけで、感情に触れようとはしなくなった。意味がないと判断したからだ。


しかし、たったカフェラテ一杯分の恨みに囚われて、軽率に他人の感情に手を付けた代償がこれなのか?本当に私を尽くしているように見える殺し屋?赤見は苦笑いした。日光という男についてもっと知りたくなったが、自発的な殺人者と関わるほど自己防衛本能が麻痺してはいない。


「こうなった以上お前を放っておくしかないな。」


お前にはいいことだろう。赤見がそう言う前に日光が席からすっくと立ち上がった。日光の椅子が後ろに倒れ、大きな音を立てて、周囲の注意が赤見のテーブルに集中した。赤見は日光を止めようとしたが、日光がテーブルを飛び越えようとして上半身を屈めるのがより早かった。


赤見に近づいた日光のシャツからなぜ今まで気づかなかったのかと思うほど濃い金属性の血の臭いが漂ってきた。殺人の臭いだ。こいつ、さっき人を殺して来たんだ。赤見は本能的に後ずさった。


「冗談ですよね、先輩!全然面白くないですよ!」

「日光、声が大きすぎる。」

「先輩、ごめんなさい。俺、辞めます。危険なことは全部辞めます。これからは真面目に生きてきます。ボランティアでも何でもします。約束します。だから、どうか……。」


懇願する日光を赤見はただ無感情に見つめたかったが、不思議なことに、薄く湿った膜が張ったこの男の黒い目に、フランチャイズカフェの人工的な照明が似合わないという非合理な感想だけが湧き上がった。一人の人間が、こんな目とこんな臭いを同時に持っていていいのか。神がいるなら赤見はそう尋ねたかった。この男はある面では極めて純粋だった。しかし、それ以上に、全ての面で危険だった。


「日光、私が指を弾けば、お前は今このカフェから出る。そして『赤見先輩』という人物に関する全てを忘れることになる。その後、お前にかけられた催眠は解ける。」

「先輩、先輩、お願いします。俺が悪いんです。許してください……。」


そうか。許してやろうか。そんな気持ちにならないわけでもない。脅迫犯である赤見は、今の日光のように絶望的な態度で自分に慈悲を乞う人々をたまたま見てきた。しかし、その懇願は全部彼ら自身のためのもので、赤見とは全く関係のないことだった。一方、赤見を忘れたくないというこの願いは、あまりにも直接的に赤見と結びついている。なぜか無視するのが難しいと感じながら、赤見は意識的に首を振った。


「さあ、それじゃ、どこへでも行け。」


赤見が指を弾いたため、日光はカフェの外へ歩いて出た。この方へ集まっていた関心も、日光がカフェを出たことで自然に散らばった。赤見はカフェの窓越しに、日光が自分と初めて会った時と同じ無表情で歩いていく姿を眺めた。今頃、あの殺し屋の頭の中では、自分の存在は痕跡すら残さず消え去っただろう。日光は近くの角を曲がり、完全に姿を消した。


赤見はこれで今日のハプニングが適度に収まったことに安堵し、椅子の背もたれに背中を預けた。残りのカフェラテを飲む気力もなかった。赤見は迷いなく席を立った。


カフェのガラス戸を開けて外に出ると、煙たくい、湿った空気が待っていたように赤見の肌にまとわりついた。今日は朝から変なことがあったな。残りの午後はただ家に帰って休むしかない。赤見は計画もなしに、栄養のない一日を終わらせることを待ち望みながら角を曲がった。


そういえば、ここはさっき日光が消えたあの角だ。日光の家もこの方向なのかな。次に偶然でも再会したら絶対に知らないふりをして通り過ぎよう。


それがその日、赤見の最後の考えだった。


-


赤見は目を覚ました。


何だ?ここはどこだ?断片的な記憶が赤見の頭の中を混乱させ、これまで意識していなかった痛みも乱暴に赤見の体を襲った。どこが痛いのか具体的に説明できないほど全身が痛かった。息を一度もまともに吸うことができなかった赤見は、はあはあ息を切らしながら体をよじった。しかし、体は微動だに動かなかった。赤見は突然恐怖に襲われた。


一分ほど経ってから、赤見はここがどこかの倉庫であり、自分がその天井に逆さ吊りにされていることに気づいた。手首と足首を隙間なく締め付けている太いケーブルタイのせいで、赤見は少しも動くことができなかった。


「私がなぜ……?」

「あ? 俺の尊敬する先輩がようやく目覚めたか?」


赤見はそのまま凍りついた。日光。この低音は日光だ。


間もなく倉庫の片側の壁に貼り付いていたドアがギシギシと音を立てて開き、日光が現れた。スーツのジャケットは別の場所に脱いでいたのか、白いシャツの上に黒いネクタイだけを締めた姿だった。袖を捲り上げて腕が露わになり、手に嵌めたラテックスの手袋が赤見の心を微妙に気まずくさせた。


「少し手当てしただけなのに、あまりにも起き上がらないから。覚醒剤でも渡そうか迷ってたところだったよ。薬は高価だから普段使わないけど、こんな時こそ必要になるんだ。特に、俺の先輩は俺にとって非常に重要な方だからね?」


だから、惜しみなく可愛がってあげなきゃね? 日光は両手を広げて笑った。

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