第43話 氷の正体
クルトを埋葬した夜。
俺は、没収品の中から選りすぐった最高級のコニャックを手に、プラッツ少佐の私室を訪ねた。
部屋の中は、軍規など無視した贅沢な暖炉の火が爆ぜていた。
クルトたちが雪原で凍えていた時、この男はこの火に当たりながら、自分の「利得」を計算していたのだ。
俺の心の中には、まだ消えない殺意が燻っていた。
「……ほう、シュミット。貴様が私に酒を持ってくるとはな。……偵察の件で、私を刺しに来たか?」
「……いいえ。……ただ、少しお聞きしたいのです。……少佐、あなたのように心を凍らせれば、この冬はどれほど暖かく過ごせるのかを」
俺は皮肉を込めて酒を注いだ。
プラッツは鼻で笑い、グラスを一気に煽ると、火の粉が舞う暖炉をじっと見つめた。
「……シュミット。貴様はまだ『人間』の顔をしている。……それは、守るべき女や、名前を教えるガキがいるからだ。……だが、そいつらが一人ずつ、自分の目の前で肉片に変わるのを見続けてみろ」
プラッツの声は、意外なほど低く、枯れていた。
彼は語り始めた。かつて彼が、どれほど理想に燃えた指揮官だったか。
そして、自分の「慈悲」や「正義」が、いかに無惨に部下を全滅させ、自分だけを生き残らせたかという、血を吐くような「過去の翻訳」を。
「……他人の命に価値をつけるから、失った時に心が壊れる。……だから俺は、すべてを『在庫』に変えた。……数字なら、減っても悲しくはない。……そうしなければ、俺はとうの昔に、自分のこめかみに銃口を押し当てていただろうよ」
そこにいたのは、絶対的な悪魔ではなかった。
絶望に耐えかねて、自らの魂を氷の中に閉じ込めた、あまりに臆病で悲しい「生存者」の姿だった。
死を訳し、生を編む。
俺は、プラッツという鏡の中に、いつかの自分の姿を見た。
もし、エレーナの真珠が届かなかったら。もし、レヴィンの言葉がなかったら。
俺もまた、この男のように「心を捨てた怪物」という安息の地を選んでいたかもしれない。
「……お話は分かりました、少佐。……ですが、私はあなたとは違う道を行きます。……私は、クルトの名前を、……そして彼が最期に笑ったという事実を、……『在庫』には戻さない」
俺は、飲みかけのグラスを置き、立ち上がった。
プラッツはもう、俺を嘲笑うこともしなかった。
彼はただ、消えゆく暖炉の火を見つめ、自分を閉じ込めた氷の檻の中で、一人、震えているように見えた。
部屋を出ると、そこには痛いほどの寒気と、満天の星空が広がっていた。
辛い。
人間で居続けることは、これほどまでに、息が詰まるほど辛い。
だが、俺は胸ポケットの真珠とクルトの紙をそっとなぞった。
氷の檻には、まだ入るわけにはいかない。
俺は、凍てつく指先で再びペンを握り、明日を生き延びるための、あまりに世知辛い、しかし人間らしい帳簿を書き始めた。
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