第31話 死の在庫管理
キエフの街を離れる頃、空の色は完全に生命力を失った灰色へと変わっていた。
風には、皮膚を刺すような冷気が混じり始めている。
進軍の熱狂に浮かされていた将校たちは気づいていないが、俺はこの空気が、いずれ数万の兵士を凍てつく彫像に変える「死の宣告」であることを知っていた。
正規の補給線は、底なしの泥濘(ラスプーチツァ)に捕らえられ、冬用装備の到着は何週間も遅れている。
俺はプラッツ少佐の「血の配当」の余りを使い、軍の規定にはない、最悪の備蓄を独断で開始した。
現地の農民から二束三文で買い叩いた、異臭のする羊毛。
廃車から抜き取った油と石炭の殻を混ぜ合わせた、黒くドロリとした粗悪な燃料。
そして、本来なら焼却処分されるはずの、血痕の残る戦死者の防寒着。
「……シュミット。このゴミの山は、一体何のつもりだ。ここは軍の陣地であって、古着屋ではないぞ」
泥だらけのキューベルワーゲンの横で、ルック中尉が眉をひそめて俺を睨みつけた。
彼の背後では、薄い夏服のまま震えている兵士たちが、俺が集めた「汚物」を不審そうに見つめている。
「……中尉。数週間後、気温がマイナス三十度に達した時、この羊毛は金よりも価値を持つようになります」
俺は、血の染み付いた外套を無造作に放り投げ、冷徹な「大人」の声で続けた。
「名誉ある凍死と、恥知らずな生存。……あなたは、部下にどちらを選ばせますか? 私は、この汚れた布切れ一枚が、あなたの有能な分隊員の命を一日繋ぎ止める『翻訳』を試みているんです」
「……君のやり方は、いつも人の誇りを踏みにじる。この服の元の持ち主は、我々の戦友だったはずだぞ」
「死者は誇りを食べませんよ。……生き残った者だけが、後でいくらでも名誉を捏造すればいい」
ルックは激昂し、拳を固く握りしめた。
だが、その指先が寒さで白く変色しているのを、俺は見逃さなかった。
彼は言葉を飲み込み、吐き捨てるように去っていった。
俺は一人、薄暗い倉庫の片隅で、粗悪な羊毛の山を検分した。
エレーナを振り切ったあの夜から、俺の心には大きな穴が開いている。
その穴を埋めるように、俺は必死で「数字」と「物資」という冷たい現実を積み上げ続けた。
死を訳し、生を編む。
今、俺が編み上げているのは、誰からも感謝されない、汚物と略奪品でできた「命の防波堤」だ。
一歩外へ出れば、広大なロシアの原野が、獲物を待つ獣のように口を開けている。
俺は、ポケットの中に残っていたエレーナと同じ白樺の石鹸を、そっと指先でなぞった。
その微かな香りさえも、まもなく訪れる冬の猛威によって、無慈悲に消し去られてしまうのだろう。
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