第21話 翻訳された遺言
戦闘は、俺の「計算」通りに終わった。
三番陣地に配置された囮の小隊が、ソ連軍の猛攻を正面から吸い込み、その空白をルックの本隊が電撃的に食い破る。終わってみれば、国防軍の戦史に残る鮮やかな「勝利」だった。
だが、その勝利の裏側には、計算通りに使い潰され、泥の中に散らばった「経費(死者)」の残骸が転がっていた。
硝煙が低く垂れ込める夕暮れ時。俺は、全滅した囮部隊の野営地跡に立っていた。
冷たい風が、主を失った飯盒や、ちぎれた腕章を弄んでいる。
「……シュミット、まだ戻らんのか。戦果の報告はもう済んだぞ」
プラッツが、誇らしげに勲章を弄りながら声をかけてきた。俺は視線を落としたまま、泥まみれになった布袋を指さした。
「少佐、戦死者の遺品整理を私が引き受けます。彼らの最期の声を『適切に』処理するのも、通訳官の仕事ですから」
「ふん、物好きだな。まあいい、貴様に任せる」
一人残された俺は、焚き火の残骸の横に腰を下ろし、兵士たちが遺した手紙の束を開いた。
そこには、死への恐怖、上層部への呪詛、そして故郷の家族への、なりふり構わぬ未練が綴られていた。
『……死にたくない。少尉の予言なんて嘘だ。俺たちはただ、殺されるためにここに置かれたんだ』
震える字で書かれたその一節を、俺は無表情に検閲用のペンで塗りつぶす。
そして、その余白に、彼らが生前には決して口にしなかった「美しい嘘」を書き加えていく。ドイツ語の筆跡を完璧に模倣し、彼らの絶望を「祖国への献身」へと翻訳し直すのだ。
『……私は今、誇りを持ってこの地に立っています。少尉の示した道は、必ずや勝利へ繋がると信じています。家族の皆、愛している』
ペン先が走るたびに、一人の人間が感じた真実の苦痛が消え、戦後の教科書に載るような「理想的な戦死」へと書き換えられていく。
俺が指示を出して死なせた男。その男の最期を、俺の手で美談に仕立て上げる。これこそが、大人として、そして「加害者」として俺が負うべき、最も汚らわしい後始末だった。
「……すまないな。君の死は、この『美しい翻訳』で買い取らせてもらう」
俺は、書き終えた手紙を丁寧に封筒に収めた。
こうして歴史の帳簿は、また一つ不都合な真実を消し去り、綺麗な数字だけを残して閉じていく。
ふと見上げると、遠くの陣地からルック中尉がこちらを見つめていた。
彼は、俺が何を「翻訳」しているのかを知らない。ただ、黙々と死者の言葉にペンを走らせる俺の背中を、聖者のような献身と、あるいは底知れぬ化け物を見るような眼差しで、静かに見守っていた。
死を訳し、生を編む。
俺の指先は、冷たいインクで真っ黒に汚れていた。
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