第二十章 最終決戦・水の対決

勝男は夢を見ていた。


 日本の夢だ。


 事務所で、図面を描いている。水道管の設計図。


 窓の外には、桜が咲いている。


「社長、コーヒー入りましたよ」


 若い社員が声をかけてくる。


「ああ、ありがとう」


 コーヒーを受け取り、一口飲む。


 窓の外を見ると——


 孫娘が、こちらに手を振っている。


「おじいちゃーん!」


 あの日だ。


 定年退職の日。孫娘の誕生祝いに向かう日。


 事故に遭った、あの日。


「行かなきゃ」


 勝男は立ち上がった。


「社長、どこへ?」


「孫の誕生日なんだ。行かなきゃ」


 事務所を出る。車に乗る。


 走り出す。


 交差点に差しかかる。


 赤信号を無視したトラックが——


「待て」


 誰かの声がした。


 時間が止まった。


 トラックは、勝男の車の直前で静止している。


「誰だ」


「覚えているか、勝男」


 振り返ると——


 白いローブの老人がいた。


 転生した時に会った、あの老人。


「お前は——」


「お前に選択肢を与える」


 老人は言った。


「このまま死んで、あの世界に転生するか。それとも——」


「それとも?」


「この瞬間に戻り、事故を避けて、元の人生を続けるか」


 勝男は息を呑んだ。


「元の人生に……戻れるのか」


「戻れる。お前は十分に働いた。あの世界で、多くの命を救った。その功績で、元の世界に戻る権利を得た」


 勝男は黙った。


 元の世界。


 家族。孫娘。


 会いたい。


 会いたい。


 でも——


「あの世界は、どうなる」


「お前がいなくなっても、続いていく。お前が育てた弟子たちが、引き継ぐだろう」


「リーゼは——」


「十分に育っている。お前がいなくても、やっていける」


 勝男は考えた。


 元の世界に戻る。


 孫娘に会える。家族と暮らせる。


 普通の老後を、過ごせる。


 でも——


「俺は」


 勝男は言った。


「向こうの世界で、まだやることがある」


「なんだと?」


「魔王は倒した。でも、水道はまだ完成していない。あと何十年もかかる仕事だ」


「お前以外にもできる者はいる」


「いる。でも——」


 勝男は笑った。


「俺は水道屋だ。仕事を途中で投げ出すのは、性に合わない」


 老人は勝男を見つめた。


「後悔しないか」


「しない」


 勝男は断言した。


「俺は、あの世界で死ぬ。水道屋として死ぬ。それでいい」


 老人は——


 微笑んだ。


「わかった。お前の選択を尊重しよう」


 世界が光に包まれた。


「また会えるか、家族に」


「いつか、な。お前の時間が来たら」


「そうか」


 勝男は目を閉じた。


「じゃあ、待っててくれ。もう少しだけ——」


 光が、全てを包み込んだ。

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