第十八章 前線への赴任

城の内部は、予想外に静かだった。


 警備の魔物はいたが、数は多くない。


 三人は慎重に進み、城の最上階へ辿り着いた。


 玉座の間。


 そこに、魔王がいた。


 ザナトス。


 巨大な体躯。黒い鎧。


 しかし——


 その目には、怒りや憎しみではなく——


 深い悲しみがあった。


「来たか」


 魔王は静かに言った。


「『水の浄化者』よ」


「俺を知っているのか」


「知っている。お前の噂は、ここまで届いている」


 魔王は玉座から立ち上がった。


「お前は、水を綺麗にする力を持っている。人々を救う力を」


「そうだ」


「では——」


 魔王の声が、低く響いた。


「なぜ、私を止めに来た」


「お前が人々を殺しているからだ」


「殺しているのは私ではない。水だ」


「同じことだ」


「同じではない」


 魔王は一歩近づいた。


「私は、真実を教えているだけだ」


「真実?」


「水は、清らかではない」


 魔王の目が、暗く光った。


「水は、命を与えるものではない。命を奪うものだ」


 勝男は眉をひそめた。


「何を言っている」


「私は知っている。千年前、この世界には高度な文明があった。清らかな水が、どこにでもあった。人々は幸せだった」


 魔王は窓の外を見た。


 腐海が広がっている。


「しかし、その水が汚れた時——全てが終わった」


「汚れた?」


「戦争だ。人間同士の戦争で、水が汚染された。疫病が蔓延し、人々は死んでいった」


 魔王の声が、苦痛に満ちていた。


「私は見た。愛する者たちが、汚れた水で死んでいくのを」


「お前は——」


「私は、あの時代の生き残りだ」


 魔王は勝男を見つめた。


「千年の間、この腐海で生き続けてきた。なぜだと思う?」


「わからない」


「忘れられなかったからだ。清らかな水の美しさを。そして——」


 魔王の目から、黒い涙が流れた。


「清らかな水が、どれほど簡単に汚れるかを」


 勝男は言葉を失った。


 この魔王は——


 狂っているのではない。


 絶望しているのだ。


「だから私は、全てを腐らせる」


 魔王は言った。


「清らかな水など、存在しない。そう証明するために」


「違う」


 勝男が言った。


「清らかな水は、存在する。俺が証明してきた」


「お前の浄化は、一時的なものだ。いつか必ず、水は汚れる」


「それでも——」


 勝男は一歩前に出た。


「俺たちは、汚れた水を綺麗にできる。何度でも」


「何度でも?」


「そうだ。水道というのは、そういうものだ。一度作ったら終わりじゃない。維持し続ける。守り続ける」


 勝男は魔王を見上げた。


「お前は、千年前に絶望した。愛する者を失って、希望を失った。それはわかる」


「わかるだと?」


「わかる。俺も——」


 勝男は日本での生活を思い出した。


 家族。孫娘。


 もう会えない人たち。


「俺も、大切なものを失った。別の世界に、置いてきた」


「ならば——」


「でも、だからこそ」


 勝男は言った。


「俺は水道を作る。人々を守る。失ったものの代わりに、新しいものを作る」


 魔王は黙って勝男を見つめていた。


「お前も、そうできるはずだ」


「私に……?」


「お前は、水を愛していたんだろう。清らかな水を、守りたかったんだろう」


 魔王の体が、わずかに震えた。


「その気持ちは、今でもあるはずだ。腐った水の奥に——」


 勝男は右手を上げた。


「俺が、それを取り戻してやる」


 【水質浄化】が発動した。


 勝男の体から、光が放たれる。


 光は魔王に向かって伸び——


 魔王の体を包み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る