第十三章 王との謁見

ノルデンブルクに到着したのは、出発から十日後だった。


 城塞都市は、魔王軍に完全に包囲されていた。


「あれが——魔王軍か」


 勝男は丘の上から、敵軍を眺めた。


 黒い甲冑を纏った兵士たち。異形の魔物。そして——


 腐臭を放つ、巨大な水槽を積んだ荷車。


「あの水槽に、汚染された水が入っているのか」


 騎士団長が頷いた。


「報告によれば、魔王軍はあの水を使って、井戸や川を汚染するそうです」


「どうやって中に入る?」


「包囲網を突破するしかない。騎馬突撃で——」


「待ってくれ」


 勝男は考え込んだ。


「正面から突っ込んだら、全滅する」


「しかし、他に——」


「地下だ」


 勝男は地図を広げた。


「ノルデンブルクには、古い地下水路があるはずだ。城下町時代の遺構が——」


「地下水路?」


「うん。俺が調査した時に記録した。使われなくなった古い排水路だが、人が通れるくらいの太さがある」


 騎士団長は目を見開いた。


「そんなものが——」


「水道屋の仕事は、地下を知ることだ」


 勝男は地図を指さした。


「ここ。城壁の南東、林の中に出口がある。そこから入れば、城内に潜入できる」


「しかし、魔王軍に見つかったら——」


「夜を待つ。暗闘の中なら、少人数でも突破できる」


    *


 夜。


 勝男とリーゼ、騎士団長と精鋭兵士五人の計八人は、地下水路に潜入した。


 湿った空気。カビの匂い。


 腰まで水に浸かりながら、暗闇の中を進む。


「本当にこの先に城があるのか?」


 兵士の一人が不安そうに言った。


「ある。間違いない」


 勝男は自信を持って答えた。


 地下水路の構造は、世界が違っても基本は同じだ。傾斜、太さ、分岐点。全ては水の流れに従って設計されている。


 その「文法」を読み解けば、目的地に辿り着ける。


 一時間後。


 一行は、城内の井戸に辿り着いた。


「ここだ」


 勝男は上を見上げた。


 井戸の底から、夜空が見える。


「登るぞ」


 縄を使って、一人ずつ井戸を登っていく。


 地上に出ると、そこは城の中庭だった。


「誰だ!」


 見張りの兵士が駆け寄ってきた。


 騎士団長が名乗った。


「王国軍第三騎士団、ベルンハルト団長だ。援軍として参った」


「援軍……?」


 見張りの顔に、信じられないという表情が浮かんだ。


「包囲されているのに、どうやって——」


「地下水路を通ってきた。詳しくは後だ。城主に会わせてくれ」


 一行は城の中に案内された。


 城主の執務室では、疲れ切った顔の中年男が待っていた。


「援軍……本当に来てくれたのか」


 城主——ノルデンブルク伯爵は、涙ぐんでいた。


「三週間、包囲されている。水も食料も尽きかけている。もう終わりだと——」


「まだ終わりじゃない」


 勝男が前に出た。


「俺は王国水道局局長、田所勝男です」


「水道局……?」


 城主は困惑した顔をした。


「なぜ水道局が——」


「魔王軍の武器は水です。水を守れば、この城を守れる」


 勝男は説明した。


「城内の水源は、今どういう状態ですか」


「……井戸が三つ。しかし、全て汚染された。魔王軍が投石機で汚物を投げ込んできたのだ」


「やはりそうか」


 勝男は頷いた。


「では、別の水源を確保します」


「別の——そんなものがあるのか?」


「俺が見つけます」


    *


 翌日から、勝男は城内を調査した。


 井戸はダメだ。全て汚染されている。


 雨水を溜めるタンクも、容量が足りない。


 しかし——


「あった」


 城の地下深くで、勝男は新しい水源を発見した。


 地下水脈だ。


 城の基礎を掘り下げていくと、岩盤の裂け目から水が染み出している場所があった。


 この水は、地表の井戸とは別系統。魔王軍の汚染を受けていない。


「ここに緊急の浄水プラントを作る」


 勝男は城主に提案した。


「地下水を汲み上げて、濾過して、城内に供給する。これなら、魔王軍が外から何をしても影響を受けない」


 城主は目を輝かせた。


「できるのか——本当に?」


「俺を信じてください」


 工事が始まった。


 城内の職人総出で、地下に井戸を掘り、ポンプを設置し、配管を引く。


 勝男は不眠不休で指揮を執った。


 三日後。


 緊急浄水プラントが完成した。


「水だ!」


 城内に歓声が響いた。


 新しい水汲み場から、清らかな水が流れ出している。


 住民たちは次々と水を汲み、飲み、泣いた。


「三週間ぶりの……きれいな水……」


 老婆が涙を流しながら言った。


「生き返った気分だ……」


 勝男は疲れ切った顔で、その光景を見つめていた。


「よくやったな」


 騎士団長が隣に来た。


「まだ終わりじゃない」


 勝男は首を振った。


「籠城できるようになっただけだ。魔王軍を退けないと——」


「それは我々の仕事だ」


 騎士団長は剣の柄に手を置いた。


「お主は、水を守ってくれ。戦いは、我々に任せろ」


 勝男は頷いた。


 しかし心の中では——


 戦いだけでは、魔王を止められないと感じていた。


 魔王の本当の目的は何なのか。


 それを知らないと、この戦争は終わらない。


 勝男は、北の空を見上げた。


 魔王軍の本拠地は、あの向こうにある。

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