第十二章 王都への道

ノルデンブルクへの道のりは、想像以上に過酷だった。


 王国軍の護衛部隊と共に北上を始めて三日。


 すでに、魔王軍の影響が見え始めていた。


「ひどい……」


 リーゼが呟いた。


 街道沿いの村々は、無人になっていた。


 家々は放棄され、畑は荒れ果て、井戸には「使用禁止」の札が貼られている。


「住民は南に避難した」


 護衛の騎士団長が説明した。


「魔王軍が近づいていると聞いて、我先に逃げ出した。残っているのは、逃げられなかった者たちだけだ」


「逃げられなかった者?」


「病人だ」


 騎士団長の声は暗かった。


「汚染された水を飲んでしまった者たち。彼らはもう——」


 言葉を濁した。


 勝男は黙って道を歩いた。


 これが、魔王軍の戦い方。


 直接戦うのではなく、水を汚染して、住民を殺す。


 残虐だが、効率的だった。


 軍隊を派遣する必要がない。疫病が全てをやってくれる。


「止まれ!」


 先頭の兵士が叫んだ。


 一行は足を止めた。


「何があった」


「前方に——」


 道の先に、人影があった。


 数十人の集団。ぼろぼろの服を着て、よろよろと歩いている。


「避難民か?」


「いや——」


 騎士団長が剣に手をかけた。


「ゾンビだ」


    *


 ゾンビ。


 この世界では、魔王の魔力で蘇った死体をそう呼ぶらしい。


 彼らは生前の意識を失い、ただ生者を襲うだけの存在になっている。


「戦闘準備!」


 騎士団長が叫んだ。


 兵士たちが剣を抜き、盾を構える。


 勝男とリーゼは後方に下がった。


「俺たちは戦えない。邪魔にならないように——」


「待って」


 リーゼが勝男の腕を掴んだ。


「あれを見て」


 ゾンビたちの姿を、よく見ると——


 彼らは、普通の村人だった。


 農夫。老人。女性。子供まで。


「あの人たち……」


 リーゼの声が震えていた。


「避難できなかった人たちよ。病気で動けなかった人たち。それが——」


「黙れ!」


 騎士団長が鋭く言った。


「今は敵だ。同情している暇はない!」


 兵士たちがゾンビに突撃した。


 剣が振るわれ、ゾンビの体が切り裂かれる。


 しかし、ゾンビは倒れない。


 腕を切り落とされても、足を失っても、這いずりながら前進してくる。


「頭だ! 頭を狙え!」


 騎士団長の指示で、兵士たちはゾンビの頭部を狙い始めた。


 頭部を破壊されたゾンビは、ようやく動きを止める。


 しかし、数が多い。


 十体、二十体、三十体——


 次から次へと、ゾンビが現れる。


「きりがない!」


 兵士の一人が叫んだ。


「撤退だ! 包囲される前に——」


 その時——


 勝男は、何かに気づいた。


「待ってくれ」


 彼は前に出た。


「田所殿! 危険です!」


「いいから見ていてくれ」


 勝男はゾンビの群れに向かって歩いた。


 彼の目は、ゾンビではなく——


 その足元を見ていた。


「水がある」


 地面が湿っている。


 どこかから水が染み出している。


 そして、ゾンビたちは——


 その水たまりの周囲に集まっている。


「水に引き寄せられてるんだ」


 勝男は呟いた。


「腐った水に——汚染された水に」


 彼は両手を地面につけた。


「カツオさん!」


 リーゼが叫んだ。


「大丈夫だ」


 勝男は目を閉じた。


 水は命だ。


 腐った水でも、元は命の水だった。


 それを——


 取り戻す。


 【水質浄化】が発動した。


 勝男の手から、光が広がっていく。


 地面を這い、水たまりに達し——


 水が、光に包まれた。


 その瞬間。


 ゾンビたちの動きが止まった。


「な——」


 騎士団長が息を呑んだ。


 ゾンビたちは、ピクリとも動かなくなっていた。


 そして——


 一体、また一体と、崩れ落ちていく。


 最後の一体が倒れた時、辺りには静寂が訪れた。


 勝男は立ち上がった。


「……成功した」


「田所殿」


 騎士団長が近づいてきた。


「今のは——」


「ゾンビは、腐った水に引き寄せられていた。水を浄化したら、彼らを動かしていた力が消えたんだ」


「そんなことが——」


「理屈はわからない」


 勝男は正直に言った。


「でも、結果は見ての通りだ。魔王の力は、汚染された水と関係がある。水を浄化すれば、その力を弱められる」


 騎士団長は倒れたゾンビたちを見回した。


 かつては人間だった彼ら。


 今はようやく、安らかな眠りについている。


「……田所殿」


 騎士団長は深々と頭を下げた。


「私は、あなたのことを軽く見ていました。水道屋などと——」


「構いません」


 勝男は首を振った。


「俺自身、こんなことができるとは思わなかった」


 一行は旅を再開した。


 魔王軍の力の秘密が、少しずつ明らかになりつつあった。

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