第2話 美少女社長・彩夜華のいたずら
もっとも、レナがファザコンだと航輔はよく知っていた。レナのことは彼女が生まれたときから知っている。
もともとレナの母、氷神(旧姓:細川)アリアは航輔の幼馴染である。また、主筋にあたる家の令嬢だ。同じ中高一貫校の先輩でもあった。そして、昔は婚約者だったこともある。
とある事件でその婚約が破棄となって以降も、アリアとその夫、総一郎、娘のレナたちとは家族ぐるみの付き合いがあった。
天才美少女の名をほしいままにする氷神レナが、わざわざ航輔を呼びつけたのもこの縁が理由だ。
レナはハーバード大学を飛び級で今年卒業したばかり。日本だったら中学を卒業して、高校に入るぐらいの年齢なのだが。
彼女は父親の財産の一部を運用し、投資ファンドの社長となったのだ。
航輔は部屋を見回した。
「このファンド、ストラテジック・アクトを立ち上げたのも、お父上の汚名をすすぐためなのでは?」
かつて氷神総一郎はインサイダー取引、平たく言えば、不正な株の取引の疑いをかけられ逮捕されていた。
だが、総一郎本人も娘のレナも、不当逮捕、冤罪だと考えている。
レナは憤然とした様子で言う。
「父は関係ないよ。日本の資本市場を適正な在り方にする。それがストラテジック・アクトの使命」
レナはまだ15歳にして、数百億円の資金を動かし、会社に投資する立場にあった。
いわゆるファンドだ。
「それで、レナお嬢様の使命を果たすのに、私が役立つということですね?」
航輔は確認するように言う。
レナは初めて、ちょっと不安そうな表情をする。
「私はあなたが欲しい。あなたの力が私には必要。投資先の会社のバリューアップをやってもらいたいの。この会社には……」
レナは続きを言わなかったが、他に人材がいないだろう。
バリューアップというのは、業績不振の投資先にファンドが関与し、その経営を立て直し、企業の価値を上昇させることだ。
戦略コンサルタントが雇われて従事することが多い。
だが、氷神総一郎は「犯罪者」であり、レナはたった15歳の少女にすぎない。
どれほどの資金があっても、そんなファンドに雇われようとする酔狂な人間は多くない。
だから、航輔に白羽の矢が立ったのだ。
レナは懇願するように言う。
「航輔にとっても悪くない話のはず。航輔の目的を果たすためにも、この道は決して遠回りじゃない。だから、うちに来てくれない?」
レナが提示した条件は破格のものだった。ありえないほど巨額の年俸。加えて、投資先の売却でファンドが利益を得た場合、高い割合の報酬(キャリー)を手にすることができる。
それが、レナと航輔の力関係の差だった。レナは天才少女であり、その背後には氷神家の人脈と権力もある。
だが、グラッドストンのパートナーを務めた航輔は、引く手あまたなのだ。あえてレナのファンドを選ぶ理由もない。
航輔は考えた。
「二つお願いがあります。投資先には私を十分な職位で送り込んでいただきたいのです。少なくとも役員としてください」
「もちろん。もう一つは?」
「投資先の経営方針は、一度私に任せた以上は、私が主導します。それでよろしいですか」
この提案を、レナは嫌がるかと思っていた。自尊心の強いレナは、万事につけて自分の意思を押し通そうとするのではないか、と。
だが、航輔の予想は外れた。
レナは少女らしい可愛らしい笑みを浮かべる。
「もちろん、任せるわ。そのために航輔を雇うのだもん」
「素晴らしい。ありがとうございます。さすがレナお嬢様、話がわかる」
航輔が大げさに手を広げて言うと、レナは肩をすくめた。
「むしろ、それだけでいいの? 航輔にはいくらでも転職先があるでしょう? よそのコンサルに行くこともできるし、有名大企業からだって声がかかっているはず。大手のPEファンドだって選択肢に入ってくる。なのに……その、私みたいな小娘に雇われても気にならない?」
「レナお嬢様を大人のレディとして扱うとお約束しましたからね」
「航輔は、私が私だから手伝ってくれるの?」
「もちろん。お嬢様の頼みとあらば、たとえ火の中、水の中だろうとも飛び込みますよ」
「あなたってロリコン?」
「えっ、この流れでその言い方はひどくないですか?」
航輔がおどけると、レナはくすくすと笑う。
「私はロリコンでも気にしないけど。本当は違うでしょう? あなたは今でも私の母、氷神アリアのことを愛している。だから、私に手を貸してくれている。違う?」
航輔は内心の複雑な思いを押さえ込み、作り笑いだけを浮かべた。
「まさか。過去は戻ってこないんですよ。私は金で過去を取り戻すつもりはないし、グレート・ギャッツビーになるつもりもありません」
「なら、私にもチャンスはあるってことね」
レナが小さな声でつぶやいたが、航輔はその声を聞かなかったことにした。航輔はアリアの身代わりを、レナにさせるつもりなんてなかったからだ。
航輔は「これ、手土産です」と菓子をテーブルに置いた。
キャラクターの顔がばーんと印刷されたロールケーキだ。
レナが目を輝かせる。彼女は甘い物に目がないのだ。
「なに、これ?」
「私の大好きなゆるキャラ・ニャンフィーのキャラクターケーキでして。けっこう美味しいですよ」
「へええ。ありがとう!」
ついでにレナは可愛いものも大好き。年相応の少女らしい反応に航輔は微笑ましくなる。
本来なら、彼女はファンドの社長のような、金にまみれた生活を送るべきではないと航輔は思っていた。彼女を「大人」として扱う以上、口出しはしないが。
彼女はまだ女子高生で、学校で友人を作り、楽しく青春を送るはずだった。そうでなくても、天才としてもっと未来ある分野で学術的な貢献ができていたはずだ。
だが、かつて航輔を、そしてアリアの運命を変えた事件が、レナの運命をも狂わせている。
秘書に紅茶を持ってこさせると、レナは美味しそうにケーキを頬張った。
そして、思い立ったようにフォークにケーキを指すと、航輔の口に近づけた。
「はい、あーん」
レナのいたずらっぽい表情が、アリアの女子高生時代と重なり、航輔はどきりとする。
だが、すぐに邪念を追い払い、航輔は言う。
「女子高生にあーんされるアラサーとか、絵面が犯罪っぽいのでちょっと……」
「社長にあーんされる部下でしょ?」
「それはそれでかなり変だと思いますが~」
「細かいこと言わない!」
航輔は仕方なく、ぱくっとレナの差し出すケーキを食べた。
レナは満足そうに航輔を見つめると、それからちょっと顔を赤くした。
レナが航輔に父親代わりを期待しているのなら、航輔もなるべくその期待に応えよう。
レナはケーキを食べながら言う。
「航輔は宝石って興味ある?」
「興味がなくてもある程度の知識を持っていて、仕事で必要なら徹底的に調べる。それがコンサルタントですよ」
「予想がついたかもしれないけど、航輔に行ってもらう会社は、東証スタンダード上場企業のジュエリーショップ。姫橋貴金属なの」
「業界では中堅。若い女性にも手に入りやすい価格帯が主力ですが、業績は低迷している会社ですね」
「よく知っているね」
レナが驚いた表情になる。
航輔はぽんぽんとレナの頭を叩いた。レナはびっくりした様子で、それからはにかんで「やっぱり子供扱いしている」とつぶやく。
「上場企業のリストぐらいは頭に入っていますよ。特に私は宝飾品とも隣接のアパレルやコンテンツ産業がコンサルでは専門でしたからね」
「大した記憶力ね」
「お嬢様ほどではないでしょう? とはいえ、私でもわかることがあります。狙いは不動産、それと預金ですね?」
レナはその問いには応えず、微笑んだ。
「もともとは市場で株を買い集めて圧力をかけてたんだけどね。創業者からの譲渡で合計20%の株が手に入ることになったの。投資額は30億円。これを2年後には2倍の60億円にしてエグジット(投資回収)する必要があるってこと。航輔には小さすぎる案件かもしれないけど。あなたの経歴があれば、KKRだってカーライルだって、アメリカの巨大ファンドにでも入社できたでしょうし」
「そういうエリートコースには、私は興味がないんです。やる以上は全力を尽くしますよ」
「ありがとう。戦略コンサルタントとしての航輔の手腕に期待している」
☆
会社。多くの現代人は会社という組織と無縁ではいられない。
就職すれば、会社から給料をもらい、自営業でも会社と取引をする。会社は社会にとってなくてはならない存在だ。
その中でも、「株式会社」は最も代表的な会社の組織形態だ。
会社に資金を出す「株主」が「株式」という権利を持ち、基本的にはその割合に応じて「株主総会」で議決権を持ち、会社の意思決定を行う。
その株主総会で選任されるのが、「取締役」という役員だ。彼らが株主からの委任を受けて、「取締役会」で会社の経営方針を決定し、業務執行を監督する。
その中でも会社を代表するのが「代表取締役」であり、「社長」や「CEO」といった経営トップを兼ねることが多い。
だが、そうした会社は目に見えない存在だ。概念の中でしか存在しない。
実際にあるのは工場であり、店舗であり、本社であり、そして人なのだ。
スーツ姿の航輔は銀座にある姫橋貴金属本社の前に立っていた。
「これはたしかにファンドに目をつけられるだろうなあ……」
航輔はため息をついた。
この本社、売却すれば、軽く数百億円にはなる。おしゃれなガラス張りのビルは1階と2階が姫橋貴金属の旗艦店の店舗、7階・8階が本社。他はテナントに貸している。
姫橋貴金属。バブル景気まっただなかの1988年に姫橋京治によって創業された宝石店だ。自社ブランド「ラ・プランセス」と「ラ・レーヌ」を全国で展開。全国93店舗。年間の売上高は98億円。
東証スタンダード市場に上場している。つまり、その会社の株式を一般投資家も売買可能であり、平たく言えば、それに値するしっかりした企業だと認められているということだ。
ただ、徐々に売上は減少していて、営業利益も赤字となっている。時価総額は90億円程度。
この会社の株式20%を氷神レナのストラテジック・アクト社は購入した。対価は買収プレミアムを含め、30億円を支払った。
今、航輔はファンドの一員として、この会社に乗り込んできていたのだった。
訪問の用を玄関の内線で告げる。今日は姫橋貴金属の次期社長に挨拶に来たのだった。
この6月の株主総会で創業者の社長が退任し、娘に交代することになっている。同時に航輔も取締役に就任する予定だ。
しばらくして、総務課所属だと名乗ると若い女性が現れた。
さすがジュエリー業界。おしゃれで美人の女性だ。通常なら内心だけでも、初対面の女性の容姿を評価するのは品の良い行為ではない
だが、宝飾品が身の回りに身につける以上、従業員のファッションセンスも問われることとなる。
垢抜けた雰囲気の彼女はすらりと背が高い。20歳前後ぐらいでずいぶん若い。
アイドルのように整った顔立ちに、意志の強そうな大きな目。モデルだと言ってもおかしくないぐらい、プロポーションも抜群だ。
明らかに私服で、ロングヘア。パンツスタイルが上品でセンスがよく見える。彼女がこの会社でどういう立場なのかに航輔気づいたが、あえて黙っておくことにした。
しげしげと彼女はスーツ姿の航輔を上から下まで、眺め回す。
そして、ぽんと手を打った。
「次期社長のもとへとご案内しますね」
「ありがとうございます。お手数ですが、よろしくお願いします」
航輔は柔らかく、丁重に言った。コンサルタントは、クライアントの従業員は職位にかかわらず、敬意を払うべきだ。彼ら彼女らこそが、その企業の価値の源泉なのだから。
エレベーターの中でも、彼女は航輔に興味津々という様子だった。
「良いスーツを着ていらっしゃいますね」
彼女は航輔のスーツの国産ブランドを言い当てた。超高級ブランドというわけではないが、品の良い高級品を航輔はチョイスした。
何を着るか、どう印象付けるかも、航輔の仕事のうちだ。
原則としては、高級品のスーツを着て、身なりには気を使う。儲かっていないコンサルタントに誰が仕事を頼むだろうか?
だが、ケースによりけりで、たとえば倒産寸前の会社を再生するために、地方企業に出張したとき、アルマーニの超高級スーツに身を包んでいけば、反感を買う。
一方、逆にアパレル企業なら、舐められない程度のセンスの良さを示す必要があるだろう。
航輔は微笑む。
「さすがお詳しいですね。実は気合を入れてきました」
「ネクタイのキャラ、ニャンフィーですか。可愛いですよね」
「気に入っているんです。キャラもののネクタイなんてしていると、からかわれるのですが」
彼女はふふっと笑った。
「柔らかいイメージがするから、良いセンスだと思います。香西さんのように、コンサルタントならなおさら硬く見られるでしょうし」
航輔は彼女を心の中で高く評価した。そのとおり。
コンサルタントは「賢い」ことが商売だ。だが、虚業として反感を買うことも多い。航輔は典型的なエリート街道を歩んできたから尚更だ。
だから、こういう形で親しみやすさをアピールする必要もある。
社長室に到着すると、彼女は重々しい扉を開けた。
「どうぞお入りください」
ふわりと香水の甘い香りがする。
航輔は首を横に振った。
「いえ、私が先に入るのはまずいでしょう。姫橋彩夜華さん」
航輔に名前を呼ばれ、彼女――
彼女こそ、創業者の姫橋京治の娘、社長令嬢の彩夜華なのだ。
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メインヒロインの登場です! ツンデレ?かも。
「面白い」「続きが気になる」「レナが可愛い!」など思っていただけたら、
作品へのフォローや★評価などで応援していただけると、非情に嬉しいです!
美少女社長の参謀役 ~追放されたエリート戦略コンサルタント、不遇可愛い令嬢と上場企業を立て直します!~ 軽井広💞美少女社長の参謀役【新連載】! @karuihiroshi
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