執筆「麻川ユノの遺書」
悠理先生へ。
先立つ不孝をお許しください。そしてどうか、自身を責めないでください。
僕がいじめられていたということは、僕の自殺と同時に悠理先生の耳に入っていると思います。そうでなければ、この手紙によって。
自分でいじめられていたと告白することはなんとも情けないですが、これを認めない分にはどうにも僕の死ぬ理由について語れなくなってしまうので、こうして今一度文に起こしておきます。僕がその事を悠理先生に相談しなかったのは、悠理先生が嫌いだったとか、頼りないとか、そういうわけでは決してなくて、むしろ逆です。悠理先生が好きで、悠理先生の真摯さを信じていたのでしませんでした。僕はもとから取り柄の多くない人間でした。悠理先生がどう思ってくれるかは関係なくて、これはきっと、客観的事実だと思います。そんな僕に生きる理由をくれて、その上たくさんの進む道があるということを教えてくれた悠理先生に、僕なんかのせいで時間を奪われ、悩んでほしくなくて僕は相談しなかったんだということをわかってほしいのです。同じような理由で、両親や姉にも、いじめについては相談していませんでした。その代わりというわけではないですが、幸いにもこんな僕も一人だけ、こんなつまらなくて恥ずかしい悩みを相談できた友達がいます。その友人はまるで子供のふりをしている大人のような、又は大人のふりをした子供みたいな、僕と同い年の女の子でした。そういう子に覚えがあるのではないでしょうか。きっと今思い浮かべたその子です。その子は先生の生徒だって言っていましたから。彼女と知り合ったのは去年の夏休みの、本屋に出かけた帰り道のことでした。詳しくは思い出せませんが日差しが強く降り注いでいた日だったことだけは記憶に残っていて、それが真っ白な彼女の肌を焼かないかが変に心配でした。彼女から声をかけてくれたのですが、なんで話しかけてくれたのかはわかりません。初めて理由を聞いたとき彼女は運命という言葉を使ったのですが、また後から聞いた話だと、彼女がそういう言葉を使うときは理由なんか興味ないときだと教えてくれました。だから僕は、彼女の言葉でなく僕の言葉でこれを運命だと呼ぶことにしています。彼女は僕の初めての友人でした。ですから、誰かと好きな本の話をするのも誰かと一緒にトランプをするのも初めてで、僕にとって彼女は家族や悠理先生と同じくらい大切な人でした。
前置きが長くなってしまいましたが、そんな彼女が僕にとって唯一の相談の相手でした。これは言い訳にしかなりませんが、彼女にももともといじめを相談するつもりはありませんでした。よくいじめにはいじめられる側にも問題はあると言いますが、その通りだと思っていましたから。だからこの問題はきっと僕個人の問題で、悠理先生を含めて誰にも迷惑をかけず、一人で解決する、というより一人で抱え込んで終わらせるつもりでした。でも彼女は僕がいじめられていることに気づいてくれて、話を聞くと言ってくれました。ここで自白します。僕にはそれが、死ぬほど嬉しかったんです。僕がなんでいじめられてたとか、何をされていたのかとかはきっとありふれたものなのでここで詳細を書くのはやめますが、そんなつまらない僕の話を聞いて、彼女は涙を流してくれました。泣いてるの?って聞いたら彼女は目をぬぐって、まるでようやく泣いてることに気づいたみたいに「あぁ、ごめんね。あんまりにもつらかったんだろうなと思ったら涙が」とこぼして、それから優しく僕をハグしてくれました。彼女は僕の、心の支えとなってしまいました。頼れるものがあるということは人を強くするものだと思っていましたが、逆で、心の支えを得てしまった僕はどうやら弱くなったようでした。いつもなら無感情で我慢できていたことも無性に悲しくて、辛くて、そして、いら立ってしまうのです。そして、そんな世界で、そんな自分に、死にたくなるのです。
「じゃあ、さ。」
彼女がまるで天気の話題でも切り出すようにそう話し始めた日のことを、僕はいまだに忘れられずにいます。それこそ、天気がとてもよくて、もう夏が終わると言うのに、それにしてはいやに暑さが残る、そんな何でもない日に彼女は僕に微笑むんです。
「復讐しちゃおうよ。いじめてるやつも。見て見ぬふりをするその他大勢にも。」
まるで彼女はつまみ食いとか、ほんの小さないたずらを思いついたかのように軽く、容易く、提案しました。復讐なんて物騒な言葉が出てきたきっかけは間違いなく僕が「僕が生きる理由って何だろう」とぼやいたことで、その提案が彼女が僕に差し出してくれた手なんだということはすぐ理解できました。
「だってさ。おかしいよ。君の物語の主人公は君だよ?」
同時に僕は理解していました。この手を取れば引き返せないことも。
「生きる理由なんてまだ私にもわからないし教えてあげられないけど、私の、そして君の尊敬する先生は個人的なもので、些細なものでもいいんだって言ってた。いじめている子たちの生きる理由って何だと思う?人を嘲り、蔑み、弄ぶこと?それが許されるなら、復讐だって立派な選択肢の一つだよ。もちろん選ぶのは君だけど。あ、だから先に言っとくね。今も、そしてこの先も。私は君がどんな道を選んでも、選んだ道に惜しみなく手を貸すよ。きっとそれが、私の生きる理由だから。」
僕は多分、彼女に酔っていたんだと思います。だからというと責任転嫁がましいですが、僕はその手をとることにしました。
「復讐って、何をやるのがいいのかな。」
僕が苦笑いしてるのを見て、「いいね、どうしようか」と彼女は笑いました。
これは僕の死ぬ理由です。こんな僕でも描くことのできるひとつの結末です。僕を苦しめた人を、僕の生きる理由を奪った人を、少しでも苦しめる、復讐なんです。僕の生きる理由を奪うことが彼らの些細で個人的な生きる理由として許されるのなら、僕の復讐もまた、些細で個人的な死ぬ理由として許されてほしいと思うのです。どうかこんな理由で先ゆく僕を許してください。恵まれなかったなんて言いません。不幸だったとも言いません。ただ、この世界が僕には、どうしようもなくつまらなくて、生きる理由がなくなってしまっただけだということを、どうかわかってほしいのです。この結末こそが、生きる理由がなくなった僕に、僕の恩人が許してくれた、僕の死ぬ理由だと思います。僕の生きる理由はわかりませんが、死ぬ理由なら、復讐という立派な理由があります。だから、僕はそうします。
僕の決意を聞いて、彼女は「いい。かっこいいよ。」と笑ってくれました。不思議なほど優しい笑いでした。
「前も言ったけど、私にもまだ生きる理由はわかんない。でもきっと、死ぬ理由が生きる理由になることも、生きる理由が死ぬ理由になることも、私たちは許されるべきだよ。大事なのは、生きるか死ぬかじゃなくて、その理由なんだよ。」
彼女の存在が、彼女の言葉が、僕をどれほど救ったのか、彼女はきっとわかってないと思います。僕にもわかりません。でも、僕は、彼女に救われたと、今この瞬間も思っています。
最後にこれは僕の予想で、ただの妄想なのですが、彼女の生きる理由は……。結莉ちゃんの物語の主人公は、先生なんじゃないかと思います。そして、結莉ちゃんは先生を主人公にしたかったのとは別の本音で、自分も主人公になりたかったんじゃないかとも思っています。だから、僕の物語で主人公になろうとしたんじゃないかと、いや、なったんじゃないかと思います。彼女が僕に言ってくれた言葉が頭の中を回るんです。
「私は君がどんな道を選んでも、選んだ生きる理由に惜しみなく手を貸すよ。きっとそれが、私の生きる理由だから。」
どこからが計算だったのか。初めからそのつもりだったのか。誰でもよかったのか。それはもう僕の邪推にしかならなくて、答えはわかりません。あるいは、そもそもこれは僕の被害妄想なのかもしれません。でも僕はつまらない人生の中で、その被害妄想に満足してしまいました。彼女の物語であることに。きっともう、僕の生きる理由は、自分にも、誰かにも、これ以上新しく描くことはできなくなってしまったんです。これこそがいわゆる本当の、「生きる理由がなくなった」ってことなんじゃないかと僕は思います。なら僕の物語はもう終わっていて、終わらすより他にありませんでした。これだけはわかってほしいのですが、生きる理由は確かに結莉ちゃんだったかもしれませんが、書いたのは僕だと断言します。だからこれは、もし主人公が結莉ちゃんでも、確かに僕の物語だと思いたいのです。
レゾンノベル 篠原いえで @zense_ha_neko
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