執筆「私の夢」

 こんな夢を見ました。そう書き始めるのは偉大なる作家に対して不敬かもしれないですが、夢を見たんだからしょうがないです。その夢で、私は大人になってしまっていました。私はどうやら小説を書くのを辞めたようでした。私はどうやら学校の先生になったようでした。そんな私じゃない私を、こいつはこんなつまらない人生を歩むのかと他人事のように眺めるのです。私にとって、学校の先生はたいした仕事じゃなくて、先生から教わったことをただ私の言葉のように吐露するだけの、単純作業のようなものに感じてそうでした。それでも私の中身のない発言には先生の重さがあって、私は多くの生徒に慕われているようでした。

「先生!最近流行りのあの小説読みましたか?」

「私まだ読んでないんだ。だからネタバレしたらダメだよ。」

私はいい笑顔で生徒とお喋りをしてます。それなのに、私の瞳はその生徒達をとらえず、先生の影をずっと探しているようでした。その光景を見て私は、先生に会いたいと思いました。次の瞬間景色は変わっていて、夢の中の私は先生とお喋りをしてました。知らないカフェでした。先生ももう50歳近くになっていて、少し老けていましたが、それでも、記憶に残っている、いつもの優しい笑顔で私とお喋りをしていました。私はブラックコーヒーを涼しげな顔で飲んでいて、たったそれだけが、余計に私が大人になってしまったように見せました。

「私が大人になるなんて、思ってませんでした。」

ふいに私がそう先生に話してるのが聞こえてきて、私が大人になりたくてなったわけじゃないことに私はひどく安堵するのです。

「大人になれた感想はどう?」

先生も先生で、澄ました顔でコーヒーを飲んで、私にそんな意地悪なことを聞いています。

「最悪ですね。結局生きる理由わかりませんし。死ぬ理由も見つからないから仕方なく大人になりましたが、不老不死の兵が戦場に無理やりたたされ続けてる感覚です。」

「相変わらず独特の例えだね。話してると飽きないよ。やっぱり、学校の先生は君の生きる理由にはならないかい?」

「…私は先生の真似事はできても、先生にはなれないらしいので。」

「…そっか。」

苦しい間が一瞬生まれした。あるいはその間は、次の言葉に価値をもたせるための、意味のある無言だったのかもしれません。

「小説、もう書かないの?」

静かに放った言葉はそのまま溶けることなくその場の空気を占領して、私は困ったように笑います。私は私がこんな顔ができることに、悲しむべきか喜ぶべきか迷います。少し悩んで、これは夢の話で、考えるだけ無駄だと思うことにしました。都合よく解釈した私は先生と一緒にその先の言葉を待ちます。私は答える前にコーヒーを一口啜ってみせて、張り積めた空気の、そのじれったい時間に、私も喉が乾きました。私もその、ブラックコーヒーが飲みたいと思うほどに。私は最後にもったいぶって一つまばたきをしてから、ようやく口を開きました。ですが、私の耳には、ノイズのような異音の塊しか入ってきませんでした。

「遘√?繧ゅ≧縲∫ァ√?蟆剰ェャ繧呈嶌縺咲オゅo繧翫∪縺励◆縺九i」

私にはなにも聞き取れなかったのに、先生はその言葉をはっきり理解したようで、「そっか、ゆうりちゃんがそう言うなら。」と、少し悲しそうに微笑みました。私の言葉をきっかけに、先生は崩れ落ちていきます。バラバラになりながら、先生は手元のブラックコーヒーを啜りました。

私のなのに私に優しくないその夢に苛立って、次の瞬間、景色は見覚えのない部屋の中を写していました。

「いや、それにしても。私たちももうこうして一緒にお酒を交わす年齢になるなんてね。」

見覚えのない景色に戸惑う私に聞き覚えのある声が聞こえてきて、私は私が言葉を発するより早く、自身の状況を理解しました。

「それは、どっちの意味で?」

私は私の旧友と喋りながら手元にあったココアでもコーヒーでもない飲み物を飲むのを見みます。友人も、当たり前のように同じ飲み物を手に取ってそれを飲みます。それをみて、また一つ私はがっかりします。

「どっちも。私たちはずっと子供だと思ってたし、結莉ちゃんなんて大人になるまでちゃんと生きてると思ってなかった。」

「ひどいなぁ。」

それでも会話はいつもの調子の私たちで、もしかしたら大人になるということは、思うほど大したことではないのかもしれないと勘ぐりたくなってしまいます。

「まさか遊莉ちゃんが先生になりたいなんて思ってなかった。子供を導くだなんて偉そうとか言って嫌いそうだと思ってたのに。」

「うん。今でもそう思うよ。でも、これは私が人からもらった、今の生きる理由だから。」

それから私たちはまた飲み物を飲んで、別の他愛ない話をはじめます。その飲み物の味が気になって、少し想像します。

それから意識を戻すと、今度はまた教室にいました。その教室で、私は先生と一対一で進路面談をしていました。私はまだ中学生で、今度は見慣れた姿の先生が見慣れた顔で微笑みながら、やけに先生らしいことを私に聞きました。

「結莉ちゃんは将来、どんな職業につきたいの?」

私も私で、変に背伸びした発言はしないで、素直に答えました。

「私は、まだわからないですが、先生になりたいと思っています。」

先生は一度、まばたきをします。それからすぐにふっと顔を緩めて、優しい笑顔で「それはいいね」と笑いました。

「じゃあ、もうちょっと勉強しないとだね。ここの高校は調べてみた?大学進学とかカリキュラムとか、結構おすすめだよ。」

「そうですね、もっと勉強を頑張って、先生みたいな先生になりたいと思います。」

それは私の夢でした。ともすれば、もし私と先生が普通に出会っていたら、それは私の生きる理由になったかもしれないような。ふと、視界がクリアになります。耳に入る音が、肌を撫でる風が、リアルに感じます。今まで私は私が喋っているのを傍観することしかできなかったのに、その瞬間だけ、私はその夢に存在を許されたようでした。その瞬間だけ、私は私に受け入れられたようでした。私はようやく、これが夢なんだと思いました。きっともう朝が近くて、私は起きなきゃいけないんだと思いました。夢から覚めなきゃいけないんだと、そう思いました。他でもない私が、先生に話しかけます。

「でも、どんなに努力しても私は先生のような先生にはなれないと思います。」

先生はゆっくりと瞬きをしました。もしかしたら、話し相手が変わったことに気づいたのかもしれません。でも、私にとってそれは関係ないことだったので、続けなければいけないと思いました。

「先生になってもそれを生きる理由にはできないと思います。生徒に生きる理由を教えてあげるなんてできないと思っています。」

私はそこで一呼吸置きます。手でもっていたペンを落とすとそこから教室が音を立てて崩れはじめて、代わりにいつもの見慣れたカフェになりました。もうなんでもありだな、と私は私の夢に呆れてきましたが、唯一そこにコーヒーがあることに免じて許すことにしました。ちょうど飲みたかったので。コーヒーを飲んで、再び先生に話し始めます。

「でも私は、先生にはなれると思います。表面を取り繕うの、それなりに得意ですし。なにより身近で先生をずっとみてきましたから。」

私は先生の瞳の中の私をみます。

「それに私は、たぶん生きる理由のない人の気持ちがわかります。」

私は先生の瞳をみます。

「私は先生と違って、生徒を自殺させたりしませんよ。」

私は先生をみます。先生は、最悪な顔で笑ってくれました。

「…そっか。そう思うよ。結莉ちゃんはいい先生になりそうだね。」

先生がそう言ってくれるなら、私はきっといい先生になれる気がしました。

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