執筆7「家にお邪魔したお礼」

 昨晩は家にお邪魔させていただいて、ありがとうございます。本当は朝一に口頭で伝えたかったのですが、あいにく先生が忙しい社会人であることと、私が夜ふかしになれていないことでそれは叶わなくなってしまいました。いえ、別にどうせ来週も恐らくきっと会うわけですし、そのときに改めて私は感謝を口にするのでしょうが、感謝に賞味期限があったら困りますからわざわざ私は先生の置き手紙に返信という形でこうして文をつづらせていただきます。先生はきっと、私が運命とでもいうべき、笑えるほどに薄い当てを信じていたことをご存じないのでしょう。ですから、その当てが当たってしまって、私が先生の顔を見つけたとき、どれほど嬉しかったのかご存じでないのでしょう。私の手をとってくれたこと。理由を聞かなかったこと。好みを知れたこと。用意しておいてくださった味噌汁の味。そのどれもが、私の冷めた心を暖かくしてくれるのに十分な温度だったこと、先生には知ってほしいと思っています。私が家出をした理由の話をしようと思います。この書き出しだと期待させてしまうかもしれないのであらかじめ理由は明言しないと明言しておきます。その上で家出の理由を話すと、私を置いてくださっている叔母さんと喧嘩をしたのです。こんなありふれたことをこんなに仰々しく語り、細部をわざわざ伏せるのは、それが、その喧嘩の理由があまりにも子供っぽくて、かわいくなくて、そのうえ、下らないからです。誤解のないよう言っておきますと、それが恥ずかしいから先生に理由を隠しているわけではなくて、その子供っぽさが、もし、万が一。先生に否定されてしまったとき、私はこの先、大人な先生と一緒にいれる自信がなくなってしまうと思いました。先生がそんなことしないとわかっていても、一度そう考えてしまうとやはり、先生に理由を伝えるのがはばかられたのです。それにこれは私のわがままなのですが、私はこの喧嘩について、答えが知りたいのではなく、単にきっと、先生に慰めてほしかったんだと思います。それは、常に背伸びをしていた私にとって昨日だけはむしろ子供でいたかったという情けない自白に過ぎないですが。話がそれましたが、ようするに私は昨日のことを、先生が想像している以上に感謝しているということです。この感謝は先生にとってどれほどのものになるか全くわかりませんが、少なくとも客観的にみて家から間に合せで持ってきたシャーペンの、芯の1/3程度しか価値がないということは問題で、さすがに私は先生に何かしら恩をかえそうと思っているのですが、先生は貰ってなになら嬉しいですか。感謝の手紙を質問で終えるのも変ですが、ぜひ今度会ったとき教えてください。

 改めてありがとうございました。

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