執筆6
さて、ダラダラと小説を書いていたら、春から書き始めたはずなのにいつの間にか夏休みに突入していました。それなのに私はまだ半分も完成していません。そうこうしていて私がうっかり大人になるといけないので、もう少しだけ頑張らなきゃと私は思うのですが、いかがでしょう。
繰り返す夏休みは歳を重ねるほど忙しくなってるはずなのに、中身はよりいっそう白紙になっています。白紙が埋まらないというよりかは、白紙を綴ってるような、そういう感じです。宿題を白紙のままで出すほどバカではありませんが、宿題をやった上で結果白紙が記載されたなら、先生はそれを許しますか?わからなかったのではなく、答えが白なのだとしたら。私という宿題の答えが白紙なのだとしたら。なんてそれはきっと、間違った答えなんでしょうけど。余談ですけど、私は私が白紙であるくらいなら、きっとかわりに先生のことを綴ると思います。完璧には無理でしょうけど、人前ではよく笑って、優しく振る舞って、生徒を導ける、そんな学校の先生を演じることくらいなら、貶すわけではないですが、正直できると思ってます。それは私の知る限り世界で一番美しくて、温かくて、私から遠い、正しい不正解かもしれなくて、誤った正解なんだと思います。そうしないのは、答えを書きうつすことの罪悪感とか、合ってるかどうかわからない不安感とかそういう理由じゃなくてきっと、まだ白紙に字を埋めてる最中なのにそんなことをするということを、負けず嫌いの私がそんなダサいことをしたくないとか、あるいはもしかしたらわずかにでもある私の誠実さとか、そういう下らないものに近い理由で制止してるからです。だから私は、嘘かもしれない正しい答えを頑張って考えては、今もこうしてダラダラ書いているわけです。私が、何者にもならないようにするために。先生の何者かになるために。矛盾しすぎた私を、先生で定義づけるために。先生は私のことを「私にとって私が何者にもなりたくなかったから」と表現しました。あの時の私は深く考えずに、私はきっとそう思ってたんだろうと、それに気づいてくれた先生はすごいな、と。そんな風に考えました。でも、今考えると、きっと私はそれだけじゃなくて、「私にとって先生が何者かであってほしかったから」っていうのもあると思うんです。私が勉強をし続ける限り、先生は「私が勉強をする理由」であったわけですし、それが全てとは言いませんが、私にはきっと、そういう理由があったんだと思います。難しい話っぽくなってうまくまとめられていないですが、簡単にいうと私は先生という存在ありきだったということなんだと思います。だから私は今も先生の名前を憶えていることがひどく嬉しくてたまらなくて、ひどく残念でならないのです。先生の名前を知った瞬間は、先生が初めて私の中で先生じゃなくなった瞬間でした。友人でもなくて。親でもなくて、他人でもない。でも先生でもない。悠理という、一人の実在する人物。じゃあ、私が頼ってきた「先生」は一体何だったのか。もちろん普通に考えたら「悠理」イコール「先生」だから、こんなことは考えるだけ無駄なのですがそれが「悠理」によって作り出されている虚像なんだとしたら。別に先生の名前を知った一瞬でここまで思考を巡らせられたわけではないのですが、つまり、私が頼ってきたのは、先生なんだというお話です。これはきっと、この物語に必要な注釈なんだと思います。
そう、それとこれは話とは関係ない私の感動なのですが、インターネットって想像以上に便利ですね。いろんな人と情報共有をできたり、宿題の答えを探せたり、面白そうな小説を見つけられたり。挙句、名前から特定の公務員を探せたりもしますし。実は私、先生の通っている学校がどこなのか知っていました。調べちゃって。素敵そうな学校でした。古い校舎には昔ながらの趣きがあって、中央に立つソメイヨシノはきっと、春に先生と同じ優しい顔を見せるんだろうと思いました。そんなのどこの学校でもありそうと思いますか。私もそう思います。別に何の変哲もなさそうな、普通の学校。ただそこに先生がいるだけで、その学校は特別になったんです。少なくとも、私の中で。
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