執筆5

 ばれていたか、はたまた隠せていたのか私にはわかりませんが、テスト期間の前後で、私の小説は行き詰まっていました。この当時はもちろん原因なんてわかっていなくて、行き場のない苛立ちは少しずつ、しかし確実に膨らんでいってたのを覚えています。辛うじてそれを社会にぶつけてはいけないという常識は知っていて、代わりにこの感情の矛先が勉強と先生に向いたというのは先生には申し訳ない限りですが、先生は八つ当たりだとしってなお笑ってくれるんじゃないかと感じています。なぜなら先生は優しかったですから。おかげでというべきかテストは上々のできで、それを褒めてほしかったのも先生だけでした。そういえば、たぶん興味のない補足をしておくと先生はクラスのみんなの中で塾の先生ということになっていました。まあだって、一体どこに私たちの関係を表現できる言葉があって、一体誰にそれが理解できるのか、私はいまだにわからないですし、どちらかといえば当然ではあると思いますが。先生がもし学校の先生でなくて塾の先生で、私がもしその塾の生徒であるとか、そういうのであったなら、もしかしたら私たちは今もその程度の関係でいられたのかもしれないと考えたりしなくもないです。そしたらそれは幸中の不幸いですね。果たして白紙の小説は、だれに売れるでしょうか。話を戻しますが、私の小説はこの時、ちゃんと行き詰ってました。何を書いたら面白いか。何を書いたら先生は満足するか。何を書いていたら。と何に追われてるかもわからない焦りが不安を増幅させ、とらわれた負のループは思考を正常にマイナスにさせました。私が小説を順調と答えたのは、単に強がりで、私の私自身への鼓舞でした。あの場で「俺のために書いてほしいわけではない」と言った先生には、そういったこともすべてお見通しだったのかもしれないですね。まあやられっぱなしは少し癪なので言わせてもらうと、先生の弱さを初めて垣間見たのもこの時期でした。先生はたぶん、そういうのを隠すのが下手なんだと思います。それも先生の好きなところの一つではありますが。こうして盤面は少しずつ、しかし確実に私たちの弱さで埋まっていって、いつからかポーンだけで盤上が埋まったチェスが完成してしまったんだろうなと、こうして言葉にして書き残していると感じます。まあ私と先生はチェスをしていたわけではないので、正確な比喩ではないかもですが。表現はどうでもよくて、ここでいいたいのは私たちはこのときから、明確に手遅れになる道を進んでいたということです。それこそそれは、先生が私に、私が先生に作った、生きる理由とも言える逃げ道だったのだと思います。

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