執筆4
今でも忘れません。私が生まれた日。生きることが、白紙からなる惰性で無くなった日。「私」はあの瞬間、ようやくスタートしたと思うのです。あの日、私がなんで改めて生きる理由について先生に聞いたのかはもう思い出せません。理由なんてなかったかのようにも思えますし、思い出せないだけでなにか理由があったとしても不思議ではありません。少なくとも思い出せるほどの大した理由ではなくて、きっと些細な日常の一端だったんだと思います。でも、そんな日常の欠片が今こうして私が生きている理由になっているんだと考えるのは、私の黒か白しかない人生の中のわずかな色が、脚色されているからなのでしょうか。所詮あれはきっかけに過ぎず、生きる理由に直接関与しない対した価値のない思い出なのかもしれません。それでも、こうして記憶に残ってる限りは、小説の一文を担うのに十分なのかもしれません。自分から切り出しておいて、我ながらどっちつかずですね。この答えも、先生なら知っていそうだと思うのです。意外とわからないものですか?先生のいない今、私はいつも贔屓目で先生を想起してしまいます。私の描く先生はなんでも知ってて、いつもコーヒーをブラックで飲んでて、優しく笑っているのです。
ここでこの話を差し込むのはあまり文脈にそっていませんが、私が思い出を順にたどりながら小説を書いている都合上、ここで私の友人の話をしたいと思います。先生は驚かれるかもしれませんが、私にも友人と呼べる人物は一応はいました。「伊従みお」という子は本当にお人好しで、先生のような人でした。例えるなら、先生は地図で、みおちゃんはコンパスのような、そういう表現をしてもいいかもしれません。なぜこのタイミングでみおちゃんの話をしたのかというと、おそらく先生以外の私の知人で、唯一「私の小説を完成させることが私の生きる理由」ということを知っていたからです。当然、私の過去と人間性についても話しました。先生のことは話しませんでしたが。ですので、残念ながら先生は「私」を知っている唯一の存在ではなかったということです。先生には是非とも嫉妬してほしいのですが、学校が同じで先生より一緒にいる時間は長かったので、なにか最後の一押しを背中にくれるのは大抵みおちゃんでした。意地悪な女と思われても心外なので併記しておきますが、一押しの先にある道を照らしてくれていたのは間違いなく先生ということも理解しておいてください。つまり、私の小説にお二人はなくてはならない存在なのです。いまふと思ったのですが、先生にはぜひ一回だけでもみおちゃんと話してみてほしかったです。私と関係ないところで、お互いに私の大切な人だと知らずに。まあ私は先生にみおちゃんを、みおちゃんに先生を、それぞれ内緒にしていて、関わらせるつもりはなかったので奇跡がない限りは決して話す機会は訪れませんでしたが。もしかしたら先生は薄々私にそういう友人がいることに気づいていたかもしれませんね。爪の甘い私は何回かボロを出していますから。それに反応しなかったのは優しさなのか、特に気にしてなかったからか、それともやっぱり気づかなかったのか定かではないですが。こうして言葉にしていると、改めてお二人は似てると感じます。先生もみおちゃんも、変に真面目で、優しくておせっかいで、ブラックコーヒーが好きで。唯一、先生は大人でしたが、みおちゃんは当時まだ私と同じ子供だったということです。それも彼女は今はもうすっかり先生のような「よゆう」のある大人になり、難しい話をする姿はどこか先生を想起させるほどまでにいたりました。一方で私はどうなのでしょう。まともの定義がわからないですが、まともの定義を考慮し、自分が当てはまるか天秤にかけないといけないくらいにはまともではない大人になってしまった気がします。それを憂う一方で、鋭利になった感性が選ぶ言葉が私の小説を飾る分には、まともでないことにある種の誇りすら感じているのです。どのみちこの非凡さは一過性のもので、この小説を書き上げる頃には凡人になり下がっていることでしょう。いえ、もともと私程度の感性では鋭利に研ぎ澄まされてなお凡人に分類されているのかもしれませんが。とにかく、私の死ぬときは、恐らく私は凡人として死ぬということは間違いないんだなと思います。でもそれはきっと私に限らずのことで、特別で死ねるのはきっと私でいうところの小説を書いている途中で死んでしまうような、そういうときだけなんだと解釈しています。まとまらないですが、先生にならきっと言いたいことはわかってもらえるのではないでしょうか。この特別を理解できなかったのが以前の私で、理解できたのが今の私かもしれません。私は、成長したんだなと思います。少なくとも、小説を書ける程度には。
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