第5話
……
まだ?
まだ意識がある?
ぎゅっとつむった目を少し開けてローカルネットワークをサーチすると、セキュリティウォールの前で、ダンジョンが何かを考えている。
彼は難しい顔をしながら、
「ねえ、そんなに食べたいの?」
と、ダンジョンは聞いてきた。
「……はい?」
「その、パンケーキってやつ」
私はすぅーと息を吐いて答える。
「ああ……食べたい。そのうまさを堪能したい。そのためにオレは生きてるんだ」
と、私は即答する。
「そこまでなんだ」
「ああ。今日はその中でもとびきりうまいやつを作るはずだったんだ……なのに、同僚のカスどもが暴走した上に心無いダンジョンの主に身体を乗っ取られてそれも能わず……ああ、ああ! せめて最期にあの極上の味を堪能してから、死なせてほしかった……」
意識と心があるのなら、とワンチャン狙いで泣き落としにかかる。
「うあーーーそっかぁ~~~~」
ダンジョンに人情にあるのかどうかは不明だが、意思ある生命体であればあるいは……
「なるほどなぁ、おいしいのかぁ~~~」
引っかかるの、そこか?
哀れなゴーレムのはかない一生よりも、パンケーキの味が気になるのか?
「よし、じゃあ決めた!」と、何かを決心して、ダンジョンは私の顔を見、「えっ おい、ちょっと」と静止しようとする私の発話機能をロックし、彼の思いついたプロジェクトのあらましを説明し始める。
「これからお姉ちゃんには、この場を切り抜けるための知恵と技術を与えます。そしてこの場を切り抜けてもらいます。そのために、お姉ちゃんの意識中枢への
さらっと怖いことを言ってくる。
「大丈夫、意識系統の完全ハッキングはまだまだ先だから! 今回はボクのライブラリーの一部のダウンロードと、処理アルゴリズムと処理能力とを分けてあげるだけ。お姉ちゃんはまだお姉ちゃんのままだよ」
もうすでに私が私でない気がしてならないがひとまず黙っておく。
「で、この状況から生き残ったら、そしたらお姉ちゃんがパンケーキを作って僕と二人で食べます。そんで、その後は完全におねえちゃんをハッキングして百パーセント乗っ取って、僕のスキャナとして使います!」
どうだ、と言わんばかりに胸を張っている。
「一応確認するけどよ、飯食った後はオレは消えるってことだよな」
「うん。その時点でたぶん君の意思は消えちゃうけど、まぁでも今そのまま粉々になっちゃうよりマシだよねぇ! うん、我ながら良い提案!」
その長い提案を聞きながら、ああ、これが本当に自分にとっての最期なんだなと自覚した。
ダンジョンは私を助けたわけじゃない。
好奇心が、私というヘンなゴーレムを求めているのだ。
……
私もこのダンジョンの一部となる、それも中々悪い提案じゃない。諦念ではなく実感である。
そうだ。悪くない。
そう言い聞かせる。
「テメエに身体を好き勝手いじられるのは癪だが……どうせ私みてえなちっぽけなゴーレムには何も抵抗できねえんだろ? だったらその知恵とやらをとっとと寄越せ。うまく言ったらこのオレ様史上最高のパンケーキをご馳走してやるよ」
私は私の製造個体識別名と解除呪文をダンジョンに手渡した。
「ただ思考を読むのは必要な時だけにしろ。お前に対して何か裏をかこうなんて思っちゃいない。オレもそこまでバカじゃない」
「やった! 交渉成立!」
と、少年は飛び上がって喜び、手早く私の意識に同調する。外部に私の意識が漏れ出さないようにフィルターを立て、その内側で私の仕様書の確認を始めたかと思えば、直後に私のスキルストレージに未知の仮想ソケットが現れた。ソケットにジョイントされたのは、身体動作の基本マニュアルであり、【カンフー】と表題がついた未知の武術の虎の巻だった。
もうこの瞬間に、【カンフー】は私の基礎動作の一部となっていた。
「……カンフーをマスターした」
と、私はつぶやいた。
「仮想ソケットの用意があるなんてオレも知らなかったぜ……」
「お姉ちゃん意外にマニュアル読まない派なんだね」
「うっせ」
「あ、メインストレージの空き容量がギリギリ足りなかったからちょっと整理したよ。無駄な情報も削除して――」
「テメェオラまさかレシピも消したんじゃねえだろうな!?」
「消すわけないでしょ? レシピはほら、そこの棚に整理してあるから。使う材料が近いレシピは近いところに収納してあるからね。お姉ちゃん片付けも下手なんだからちょっと大変だった」
「うっせぇうっせぇ!」
「ふふふ」ダンジョンは、すっと、小さな拳を突き出した。「これだけあればまあ勝てるでしょ。お姉ちゃんの健闘と祈るよ」
「……ああ」
私も拳を突き出した。
意識がエーテルネットワークの仮想空間から現実の世界へ戻ってくる――
>つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます