第4話
人が機能停止を目前に踏ん張っているのがアホらしく思えるような呑気な声。
この声、誰の声だ?
ここにいるのは、私を含め6体のゴーレムだけで、そのどれもがこのような間抜けな発話をしない。
「お姉ちゃん、大丈夫? 聞こえてる?」
声はもう一度、お姉ちゃんとやらを呼ぶ。
誰を指して姉呼ばわりしているのか、何となく察しがつくがいちいち反応している場合でもない。
「おーい、そこのコボルドみたいな、なんか歩く犬みたいなお姉ちゃん! えっと、それから、茶色の毛で、白い眉みたいな毛もあって、尻尾はふさふさしておっきくて、それからなんかいろんな人に取り囲まれてて、なんかすっごい楽しそうな――」
「うっせ! 楽しいわけあるかボケ!」と、私はしぶしぶ反応する。「こっちは死にそうなんだよ! お前としゃべってる場合じゃねえん……だ……?」
そうだ、暴走した(他人のことは言えないけれど)ゴーレムたちに取り押さえられて、エーテル分解炉を掴まれかけて、それから――どれだけ時間が経った?
なぜ私はまだ、機能を停止していないのだろう。
「それはね、僕がお姉ちゃんにダイレクトにアクセスして、お姉ちゃんの意識AIそのものと会話してるからだよ」
「な……」
「ここでの経過時間はダンジョンの生き物たちの五千分の一くらいかなぁ」
「お前、何言ってやがる……?」
そういえば言葉は発しているが私の口は動かない。
それどころか体も動かせない。
本当にこの少年が言うように、自分の意識だけが加速した世界にいるようだ。
「でもほんと、お姉ちゃんって変わってるよね!」
と、少年は興味深そうに私を眺めている。すでに全身をスキャンされたという履歴が出ている。ローカルネットワークの手前に防護壁を用意していたはずだがそれはすでに破られていた。
「……」
彼という存在を言い表すに適切な表現が見つからない。バグ、ウイルス、人間、ゴーレム、組織、企業、それとも……もっと大きな何か?
「あれ、お姉ちゃんって企業所属の『輸送』ゴーレムなのに輸送任務が業務優先順位が一番上じゃないじゃん! なんでなんで?」
「それは間違いだ。オレの最優先はいつも業務。社畜ゴーレムなめんじゃねえ」
私の自身に満ち溢れた応答を無視して、
「あ、そっかなるほど……状況によって優先順位のピンを外してるのかぁ。だから業務が最優先じゃなくなったり、食べ物に思考リソースをつぎ込んだり、自個体の保護活動をしたりできるんだね」
と、少年は言った。
……思考を読まれるのはいい気分ではない。そのうえ読まれた本心を他人に勝手にしゃべられることはホメオスタシス機能に支障が出るほど不快である。
いかん、冷静になれ。
頭部の表面温度を下げながら、こんなことに時間を割いている場合ではないと思い直し、彼に言う。ほぼ止まっていようが時間が貴重なことに変わりはないのだ。
「なんでもいいけど早くどっかいけよクソガキが」
突然、視界の端の大木の影から金髪の少年が姿を現した。すべてがほぼ止まって見える世界で唯一、この少年だけが滑らかに動いており気味が悪い。
少年は目をぱちくりさせ、「はあああ」と大きなため息をついた。
「あのさあ、お姉ちゃん今の状況分かってる? これでまた僕がお姉ちゃんへの干渉をやめたら体に穴開いちゃうよ?」
それは困る。
大いに困る。
やはり長生きはするに越したことがないのだ。
活動時間が増えればそれだけ収入も増え、踏破エリアも増え、未知の料理や味覚に出会う確率が飛躍的にアップする。
私が黙っていると、
「このまま放っといてバラバラになっていくの見てよっかな……どうしよっかな……」
怖いことを言っているが、それはそれとして再び全身にスキャナを走らせる。幻影ということはネットワークになんらかの干渉があるはずなのだが……「すんません分かりませんでした……」とスキャナ氏が申し訳なさそうに戻ってきてしまって、結局何もわからなかった。
「そんなことしても無駄無駄。ボクのことは誰もわからないよ。ボクだって ボクの全部を知ってるわけじゃないんだから」
少年は近づき、寝転がって手刀を受けている私の頭をちょんちょんとつついた。「だからボクはボクを知りたい。さっきお姉ちゃん自分の身体の中をスキャンしたでしょ? ボクもそれやりたいんだよね。でも僕の身体ってすごっっっっっっく変わってて調べるのが超超超超難しくて! そのために超優秀なスキャナーが必要になるんだよ」
なるほどね。
「なんかちょうどいいスキャナないかな~って思ってたところにお姉ちゃんが通りかかったってワケ! ゴーレムで、身体能力は高め、セキュリティ機能もまあ最低レベルはクリアしてるかな、各種ウイルスチェックも陰性だし、所属企業とは長いこと情報共有してなくて独立性も高い! こんな適任者みたことないよ! かんぺき! すごすぎ!」
褒められているようなニュアンスは気分的に悪くないが、しかしちょっと待て。
「オレがスキャナ……?」
「うん。ボクの中を走査するスキャナに最適なの」と、少年は組み伏せられた私を見下ろしながら平然と頷いた。「さ、これからお姉ちゃんのアドミンはボクが握ります。お姉ちゃんはボクの一部になります。なので、ちょっと大人しくしててね……そしたらボクがこの状況からも助けてあげられるから。まぁ助けたところでその時にはもうお姉ちゃんの意識はなくなってるけどね」
「クソッタレ!」と私は叫んだ。「オレのこの身体がスキャナ? ってことはお前って――」
「ふふふ、ご明察!」と少年は不敵に笑い、私は自分の嫌な予感が当たったことを確信する。「ボクはダンジョン。君たちの言うところの『異界系A-00005』そのものの意思さ」
こんなことがあり得るのか?
全履歴の調査となると帰還後に企業ライブラリをひっくり返してみないとわからないが、少なくとも私自身に内蔵されたデータベース内にはダンジョンが「個別の意思・人格を持つ」「自発的に言語コミュニケーションをとる」「外敵のセキュリティウォールを突破する」「思考を乗っ取る」「生意気」「偉そう」などという記述はない。
だが可能性がゼロではない。
ダンジョンとは「それ自身が恒常性を持つ自然を模した人口建造物」であり、失われた太古のエーテル技術の結晶である。そのあまりに“生体的”で複雑なシステムはいまだ解析率1パーセントに満たないと言われており、エーテル通信技術を中心とした先端技術開発への応用可能性に溢れている。
「じゃ、始めるね」
「ちょっと待て」
何かの猶予をくれたんじゃなかったのか。何のために私を助けたのか。
「ジョージョーシャクリョウってやつ? あるいはシッコーユーヨってやつ?」
「今までの雑談になんか意味があったんじゃねえのか!?」
「いや、特に?」
「ふざけんなよ! 結局乗っ取られるだけかよ! これじゃそのまま破壊されてたのとなんも変わんねぇよ!」
「もう、うるさいなぁ。意識はなくなるけど物理躯体は残るだから感謝してよね」
セキュリティウォールにかけたクソ固い錠前がクシャリとゆがんだ音がした。
「お前、それがもうオレが……いや……」
ああ、これは太刀打ちができない。
もはや諦めるしかない。
後悔はある。あるとも。
未知の味との遭遇。
既知の味への改良。
そして、
「今日食べるはずだった祝・百回記念特別スペシャルパンケーキ……さらば……!」
……
>つづく
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