第3話
私は一瞬動きを止め、すべての機能を周辺情報の収集に集中する。
薄暮の湖畔、野営するのは私と、同僚ゴーレム5体、それぞれが運ぶ立方体型の輸送リュックが6つ。大きくしたばかりの竈の火。
それだけ。
鳥の群れが飛び立つ気配も、魚が湖面へ顔を出す気配さえもなく、完全な静寂の中を場違いな警報が鳴り響いていることを理解した。
スローモーションの世界(処理機能を加速させているので逆にそう見える)の中心で、私が取り落とした卵が地面に落ち、黄身と白身と砂が見事に混ざる。
視界の端で同僚たちが緩慢な動きで動作している。再起動が遅すぎる。なんて寝起きの悪い奴らなのか!
寝起きの同僚たちに卵の費用弁償を求めようと焚火の方へ近づくと、
「反応増大! 反応増大! 荷物を持って今すぐこの場から離れて!」
と、妖精がブンブンと飛び回って警告を与えてくる。
「え――!」
音もなく見上げる高さまで飛び上がったプロジェクトリーダーのゴーレム(ゴブリン型)が、私の脳天目掛けて両手を組んだ拳を振り下ろしてくる!
私は手にしたフライパンでとっさに身を守る。
脅威との戦闘や排除を主目的としない輸送ゴーレムの一撃くらい、正面から受け止めて耐えられないことはないだろう――という算段が甘かった。どが、と鈍い音が鳴り、私はフライパンごと大きく吹き飛ばされ、輸送鞄が纏められた一画に叩きつけられた。
鞄がクッションになったおかげで私自身に損傷はない。もちろんこの高性能なプライパンには傷一つついていない。ああ、素晴らしき合成
私は再び、彼や、そのほかのゴーレムたちを視界に捉える。
先ほど殴りかかってきた個体の腕はすでに粉々に砕けており、その断面から循環液がぼたぼたと気味悪く滴っている。自身の耐久力も考慮にいれないほど強くこぶしを叩きつけたらしい。目に深い青緑色のエーテル光が宿っていて、その精密レンズは絶えず焦点を変え続けるように動き、一体どこを捉えているのかはいまいち判然としない。
私を見てるのだろうか?
少し体を右にずらす。
やつは私を目で追う。
右腕を少し持ち上げる。
やつは私の動き全体を捉えようと視野を広げる。
ほかのゴーレムたちも、彼と同様にじっと私の行動を観察している。おそらく5体ともに、同一目的のために動いていると考えて間違いはなさそうだ。
目的とは。この重要資材をダンジョン最奥部に届けることではなかったか。我々輸送ゴーレムはダンジョン内の運び屋である。ダンジョン内の脅威を排除するのは目的外使用だし、同業ライバルや他企業所属の冒険者たちをビジネス的&物理的に蹴落とすのは、それこそ我々の仕事ではない。
つまり。
彼ら全員がすでに弊社の管理下になく、何者かに操られていることは明らかだった。
しかし待て、制圧前のダンジョン内部は外世界とはネットワーク的に遮断されており、ダンジョン外部からのハッキングは不可能のはずだ。となると、遅効性のウイルスプログラムをのんきにダンジョン内に持ち込んできたバカがいるか、あるいはダンジョン内に設置されたトラップ型の超小型寄生魔獣(ナノオーグ)を不用心に踏み抜いたバカがいるかどちらか……弊社出社時の際に滅菌処理はすでに終わっているはずで、となれば後者?
……いや、もうそんなことはどうでもいい。
私はフライパンを構えなおす。
ゴーレムたちの目は共通して深い青緑の光を湛えており、その静かで殺意に満ちた目は雄弁に彼らの目的を語っている。
フライパンを握る手に力が入る。
私はここで死ぬわけにはいかない!
まだ見ぬ料理と味覚の世界が、私をきっと待っているのだか――あっ
と、突然視界が揺れる。
ヒト型のゴーレムの強烈な上段蹴りが、私の側頭部にヒットしたのだ、と一瞬遅れて理解する。
「おい、待――」
揺れる視野を安定させようと両足を踏ん張ったところに思い切り体当たりを食らい、私とヒト型はその場を転がった。
「チッ この、放しやがれ!」
「……」
「放せったら! おい!」
呼びかけは奏功せず、ヒト型は私に馬乗りになると、私のみぞおちめがけて強烈な手刀の突きを放ってきた。
その手首を掴んで、ぎりぎり食い止める。
手刀の切っ先にあるのはゴーレムにとっての心臓であるエーテル分解炉。
マジかよ、確実に息の根を止めに来た。
暗殺用ゴーレムじゃあるまいし。
こんな出力が出るなんて聞いてない。
「こいつ……なんて馬鹿力だ……!」
「オマエヲコワス……オマエヲ……ツヨイチカラデコワス……」
「うるせえ……壊されて……たまるかよ……!」
エーテルリソースを前腕に集中させて必死に抵抗するが、相手は不正ハッキングされ制御のタガが外れた怪力ゴーレム。私ごときごく一般的な輸送ゴーレムが腕力勝負で勝てるはずがない。構造部材の強度が同じだと考えると、単純に出力のタガが外れた相手に分がある。
おまけに他のゴーレムが私のほうへワラワラやってきて両腕両足を引きちぎろうと力を入れ始める。
「く、やめろ……! てめえら、仕事に戻りやがれ……!」
私の正論もむなしく、手刀は私のボディに到達し、みぞおちにひびが入り、小さな穴があき、そこから循環液が少しずつ漏れだす。
「うぐ……」
自己修復プログラムを走らせようにも、リソースをそちらに割けば私の身体は一瞬でバラバラになるだろう。
守りも攻めもできず、このまま破壊を待つだけか。
私が死ねば『死神』の不在証明ができるのは有難いことだが、私が機能停止してしまっては意味がない。
ああ、思えば短い人生だった。
この自由な思想を手に入れてから、まだたった百回の任務しかこなせていないのだ。
圧倒的な試行回数不足である。
料理の、食事の。
……。
こんなところで終わってたまるか、という気持ちはある。
しかし気持ちがどうであろうが、身体はどこまでも正直に、その出力が規定値を超えることはない。
時に能力の閾値を超えがちな人間と違って、我々はプログラムされた以上の出力は出せないのだ。
暴走したゴーレムの無作法な指先が、エーテル分解炉に触れた。
「せめて……今日のパンケーキぐらい……」
その刹那。
「ねえねえ」
と、この緊迫した場面に場違いな、幼い、少年のような声が聞こえた。
「ねえねえ、お姉ちゃん、大丈夫?」
>つづく
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