第2話

さて、同僚たちが眠りについた後も私の活動は続いていく。


自由時間の存在しない奴隷社畜ゴーレムとは違い、自由ゴーレムの活動時間は長いのである。今日の行程が短距離だったお陰でまだ日も高い(異界型ダンジョンの内部に昼夜があることは珍しくない)。

私にとってはここからが本番なのである。


積荷の上に乗せた予備バッグ(私物)の中から、小さなサイズの鉄フライパンを取り出す。

それから折り畳み式の小型コンロ、

新鮮で質の良いミルク、

大量の砂糖、

極細挽きの小麦粉、

ふくらし粉、

油の入った小ビン、

あとはシロップに卵にバター。

ちなみに卵やバターはそのままだと絶望的に日持ちしないので、専用の携帯用魔導保冷庫を道具屋に特注で作らせた。予備バッグの一番仕込めるように設計してもらったこだわりの逸品だ。

具材も道具も、どれもこれも私の長年の研究・調査の上でたどり着いた、特に上質なものである。


今から、私は料理をする。


のだが。


そもそもゴーレムは本当ならこんな回りくどい、まるで人間のような「調理→摂食」という方法でエネルギー補充をせず、エーテル錠剤を飲めばそれで済む話である。そこでだらしなく寝ている利口なチームメンバーたちのように。

しかし私にはそれをしなくなった大きな理由がある。


理由その1:暇だから


私は自由の身となった代償に、大量の可処分時間を手に入れた。

目の前に突然現れた大量の時間の山を前に何をしていいのか分からず、ただその山を時間のすぎるままに突き崩していく作業は退屈すぎて苦痛を感じるほどであった。

自由が苦痛とはこれいかに。

思っていたのと違う。

したがってその可処分時間を消費する必要がでてきた。


理由その2:【父】のせい


すべての個体に平等に愛を注いでいた【母】とは違い、我が【父】は生産責任者として、私という個体に「味覚嗅覚を精密に分析する機能」を付与していた。

私がほかのどのゴーレムよりも父の寵愛を受けていると思いたいところだが、テイのいい実験台ともいえるだろうし、そもそもあの父のことだから単なる気まぐれという説も捨てきれない。


この二つの要素が結びつき、私は晴れて、ゴーレム初の料理研究家としての一歩を踏み出したのである。


今回は、私が料理研究家としての道を歩み出してから記念すべき百回目の輸送任務。アニバーサリーである。古来、慶事は特別な食材を使った特別な料理で祝うことが相場であり、これらはそのための上質な調理器具であり、そのための上質な材料なのであった。

輸送用ゴーレムの定型から大幅にはみ出した私の行動は大いに他人の目を惹くもの。

私が輸送ゴーレムらしからぬ行動をとるたび、休眠中の仲間ゴーレムが起動させている妖精ドローンたちが、がいちいち怒ったりおののいたりで非常に煩わしい。とはいえ手にした木べらで彼らを羽虫のごとく叩き潰すわけにもいかない。

実害はないわけだから適当にあしらうしかない。

熾火から火を拾っていると、

「アッ、お前、それでなにをするつもりだ!」と、監視妖精が私に警告をしてくる。「報告事項に追加するぞ!」


「なにもしねぇよ、うるせえな」

と、応答する。


「なんだぁオイその態度は! ゴーレムはゴーレムらしくおとなしくしやがれ、夜はたっぷり寝ろ! 明日に備えろ!」

こいつは私のお母さんか何かか?

私はお母さん妖精を無視し、火を即興で作った竈に移して大きくし、その上にこん炉を乗せる。

私はチラリと、休眠状態になっている5体の同僚たちを見た。

皆幸せそうに眠っている。

だが私は知っている、私だけが知っている。

ゴーレムの本当の幸せとは“食”にあり。このブレイクスルーをぜひ彼らにも共有すべく、監視妖精を通じて寝ている彼らにアクセス許可を求めるもすべて却下されてしまった。

「そんな危なそうなものダウンロードできるわけないだろうが!」

コア回路とP2P接続して感覚アプリケーションを直接流し込んでやるだけなのに、何をそんなに恐れることがあるのだろう。やれやれ。

でも仕方がない。

私は『死神』。協業するだけで経験的に忌避される存在。

彼らや彼らの生命維持機能が、自身の生存確率を維持するために私をできるだけ遠ざける努力するのは当然のこと。ゴーレム的合理的判断である。


と、同時に、今から作る超スペシャルなパンケーキの味が誰にも共有できないことが非常に寂しくもある。


……ここで勘違いされては困るのだが、私こと輸送ゴーレムが感じる『寂しい』とは、人間やその他生物どもが感じる憐みや郷愁を伴う情動ではなく、単に情報共有に不備がある際に走るアラートプログラムの一種である。人間どものそれは放置しても消えることはなく、それどころか対処しなければ増大しその後の行動に支障があることが分かっているが、こちらのアラートはこちらの意思で消すことができる。

何度アラートが出ようとも、その都度消せば問題はないのである。


私はそのアラートが出現するたび、ほぼノータイムで潰していく、


が、何度目かのアラートを消した直後、


〈敵襲敵襲! 周囲に巨大な敵性反応アリ! ただちに積荷を守れ!〉


と哨戒妖精ドローンたちのけたたましく不快な叫びが脳内に鳴り響いた。



>つづく

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