第23章:ボス部屋で優雅にお茶をしている美少女は、大抵ラスボスより強い

バベルの塔、第50階層。  階段を登りきった俺たちの目の前に広がっていたのは、予想を裏切る光景だった。


 青い空(擬似天蓋)。  色とりどりの花が咲き乱れる草原。  そして、心地よい風が吹き抜ける、まさに地上の楽園――『空中庭園』。


「……きれい」  戦闘態勢だったシルヴィアが、思わず剣を下ろして呟く。


「すごいね。空間拡張魔法と環境維持システムが完璧に稼働している。ここだけ『別世界』だ」  ルナが感心して周囲を見回す。


 だが、俺の警戒レベルは最大だった。  おかしい。  事前の情報では、ここには階層主(フロアボス)である『天空の守護竜』がいるはずだ。  だというのに、殺気はおろか、魔物の気配一つしない。


「……マスター。前方、座標中央。……『異物』を確認」


 アリスが警告を発した。  花畑の中央。白いガゼボ(洋風の東屋)の下。  そこに、真っ白なテーブルと椅子が置かれ、一人の少女が優雅に紅茶を飲んでいた。


 ゴシック調の黒いドレス。  背中には、コウモリのような小さな翼。  そして、透き通るような銀髪と、血のように赤い瞳。


「……魔族?」


 俺は『確率視』を発動し、彼女をスキャンしようとした。  その瞬間。


 バチチチッ……!!


 脳内に激しいノイズが走り、視界の数値が文字化け(グリッチ)を起こした。


 【測定不能(ERROR)】  【警告:対象の魔力量が測定限界を突破しています】  【生存確率:計測不可】


「……ッ!?」  俺は思わず目元を押さえた。  機神竜の時ですら数値は出た。だが、彼女は違う。  存在そのものが、この世界の「理(ルール)」から外れている。


 少女がふと、ティーカップを置いてこちらを見た。  その赤い瞳と目が合った瞬間、シルヴィアとポムが「ひっ」と息を呑んで硬直した。  生物としての格が違いすぎる。捕食者に睨まれた小動物の反応だ。


「あら、お客さん? ずいぶんと騒がしいと思ったら……壁を壊して上がってきた無法者さんたちね」


 鈴を転がすような声。  だが、その声には圧倒的な「王者の風格」が漂っている。


「……初めまして、お嬢さん。俺たちはただの冒険者だ。ここにあるはずの『転移門のパーツ』を探しに来たんだが……守護竜はどうした?」


 俺は冷や汗を隠し、平静を装って問いかけた。  彼女はクスリと笑い、テーブルの足元を指差した。


「竜? ああ、ポチのことならそこにいるわよ」


 見ると、テーブルの下で、巨大なドラゴンが身体を小さく丸め、プルプルと震えながら彼女の足元に侍っていた。  『天空の守護竜』。推定レベル80のボスモンスター。  それが、完全に「怯えた子犬」になっている。


「なっ……ドラゴンをペット扱いだと!?」  シルヴィアが驚愕する。


「ちょっと躾(しつけ)をしただけよ。……立ち話もなんだし、座ったら? ちょうどお茶菓子が余っていたところなの」


 彼女が指をパチンと鳴らすと、地面から椅子の数だけ植物が盛り上がり、蔦を編んで即席の椅子を作り出した。  魔法ですらない。自然への絶対命令権。


「……断る確率は0%だな」


 俺は覚悟を決め、席に着いた。  シルヴィアたちは躊躇していたが、アリスだけは「オーダー:護衛」に従い、俺の背後に立った。


「私はリリス。……一応、魔族の『公爵』をやっているわ」


 リリスと名乗った少女は、新しいカップに紅茶を注ぎながら言った。


「魔族公爵……!? ま、魔王軍の最高幹部ではないか!」  シルヴィアが剣に手をかけるが、リリスが一瞥しただけで、シルヴィアの身体が金縛りにあったように動かなくなった。


「やめておきなさい、おチビちゃん。今の私は『休暇中』なの。野暮な争いはしたくないわ」


 リリスは俺にカップを差し出した。


「それで? 貴方、面白い『眼』をしているわね。さっき私を解析しようとしたでしょう?」


「……バレてましたか。エラーが出て失敗しましたが」 「当然よ。私はこの世界の『システム』に半分だけ片足を突っ込んでいる存在だもの。凡百の鑑定スキルじゃ読み取れないわ」


 システム。  その言葉に、俺とルナが反応した。


「……あんた、この世界の構造を知っているのか?」


「ええ。勇者と魔王が殺し合い、世界を浄化する……あの馬鹿げたサイクルのこともね」


 リリスは退屈そうにクッキーを齧った(ポムが羨ましそうに見ている)。


「私はね、そのサイクルに飽きたのよ。父上(魔王)も、やってくる勇者も、どいつもこいつも『台本通り』に踊らされて……。だから家出して、こんな辺境の塔に引きこもっていたの」


 なるほど。  彼女は「ドロップアウトした魔王候補」か。  俺と同じく、この世界の理不尽に気づき、反抗(というか無視)している存在。


「奇遇だな。俺もその台本を書き換えようとしている最中だ」


 俺が言うと、リリスの赤い瞳が怪しく輝いた。


「へぇ……? ただの人間が、神のシナリオに逆らうと?」 「ああ。俺は確率を操る。0%でない限り、どんな未来も引き寄せられる」


 リリスは数秒間、俺を値踏みするように見つめ――やがて、楽しそうに口元を歪めた。


「いいわ。気に入った。……ねえ、人間。私と『ゲーム』をしない?」


「ゲーム?」


「ええ。貴方が私に、その『可能性』を示せたら……この塔の秘宝も、私の知識も、全部くれてやるわ」


 リリスが立ち上がる。  途端に、花畑の空気が一変した。  楽園の穏やかな風が止み、肌を刺すような重圧(プレッシャー)が膨れ上がる。


「ただし、もし貴方が口だけの男なら……」


 彼女の背後の影が膨張し、巨大な魔獣の形を成した。


「――ここで私の『お人形』になってもらうわ。永遠にね」


 【緊急クエスト発生:魔公爵リリスとの「遊戯」】  【勝利条件:リリスに一撃を入れること】  【敗北条件:全滅】


 俺は冷や汗を拭い、ニヤリと笑った。  レイドボスの次は、魔王級の隠しボスか。  インフレが激しいが……望むところだ。


「上等だ。そのゲーム、乗った。……アリス、シルヴィア、ルナ、ポム! 総力戦だ! 死ぬ気で(死なない程度に)行くぞ!」


「了解(イエス)、マスター!」


 花咲き乱れる楽園で、規格外の「鬼ごっこ」が幕を開けた。

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