第22章:貴方たちの必殺魔法、パスワードがかかってませんよ?

バベルの塔、第30階層。  そこは、塔の中とは思えないほど広大な『幻影の森』が広がっていた。  視界を遮る濃霧。物理攻撃をすり抜けるゴースト系の魔物たち。  「壁を壊して進む」という力技が通用しにくい、厄介なエリアだ。


「……野蛮ですね。実に嘆かわしい」


 霧の中から現れたのは、白銀の軽鎧に身を包んだ美形のエルフの男だった。  背後には、同じようなエリート然とした魔導士や弓使いが控えている。  Sランク冒険者パーティ『白銀の翼』。  リーダーのエルウィンは、軽蔑しきった目で俺たちを見下ろした。


「壁を破壊し、罠を力尽くで解除する……。君たちの攻略法は、冒険への冒涜ですよ。特にそこの召喚士、君からは知性の欠片も感じられない」


「効率的だと言ってくれ。で、俺たちに何か用か? 急いでるんだが」


 俺が対応すると、エルウィンはフッと鼻で笑った。


「この先のフロアボス『死霊の王(レイス・ロード)』。我々が先に討伐する予定でしたが……君たちのような下品な輩に横取りされては気分が悪い。どうです? どちらが先にボスを倒せるか、勝負と行きませんか?」


「勝負?」 「ええ。勝った方がボスのドロップ品を総取りする。負けた方は……即刻、この塔から退場する。どうです?」


 典型的なエリートのプライドだ。自分たちが負けるとは微塵も思っていない。  俺は『確率視』で彼らの戦力を分析した。  ……確かに強い。特に魔法火力は今の俺たち(ルナ単体)よりも上だ。  だが。


「いいだろう。乗ってやるよ」  俺はニヤリと笑った。


 ***


 第30階層の最奥。  半透明の布をまとった巨大な骸骨、『死霊の王(レイス・ロード)』が宙に浮いていた。  物理攻撃無効。魔法攻撃への高い耐性。  まさに難攻不落の要塞だ。


「見ていなさい、下郎ども! これが『高貴なる魔法』の真髄です!」


 先行したのは『白銀の翼』だ。  エルウィンが指揮棒を振ると、後衛の魔導士部隊が一斉に詠唱を開始した。


「天空に輝く星々よ、我が声に応え、邪悪を浄化する光となれ……!」


 長い。長すぎる。  だが、練り上げられた魔力は本物だ。  彼らが準備しているのは、第6階梯の神聖魔法『聖なる裁き(ホーリー・ジャッジメント)』。  発動すれば、レイス・ロードごと周囲を消し飛ばす威力がある。


「ふん、どうだ! 君たちには真似できない芸当でしょう!」  エルウィンが勝ち誇った顔でこちらを見る。


 確かに、俺たちのパーティは物理特化(アリス・シルヴィア)がメインで、ルナの魔法も「解析」寄りだ。あそこまでの大規模殲滅魔法は持っていない。


「……マスター。あれを撃たれたらボスが消し飛ぶぞ。どうする?」  シルヴィアが焦っている。


「落ち着け。……ルナ、『解析』は終わったか?」 「完了だ。彼らの術式、威力は高いが……セキュリティがお粗末すぎるね」


 ルナが眼鏡を光らせ、空中に展開された彼らの魔法陣の構造図(ホログラム)を表示する。


 俺はそれを見て、思わず吹き出した。   「なんだこれ。パスワードなしかよ。『フリーWi-Fi』か?」


 彼らの魔法は「詠唱」によって制御されている。  つまり、音声コマンド入力だ。  だが、その魔力回路(ソースコード)自体には、所有者認証がかかっていない。  「誰が撃ったか」ではなく「誰が制御権(ハンドル)を握っているか」が重要なのに、彼らはそれを理解していない。


「アリス、シルヴィア。お前たちはボスが逃げないように囲んでおけ。トドメは……あいつらの魔法を『借りる』」


「――放てぇぇぇッ! ホーリー・ジャッジメントォォォッ!!」


 エルウィンの号令と共に、極太の光の柱が天から降り注いだ。  狙いはレイス・ロード。  直撃すれば一撃必殺。


 だが、光がボスに届く直前。


「――管理者権限行使(アドミン・オーバーライド)。座標変更」


 俺は指先ひとつで、空中の数式を書き換えた。  確率操作による「術式干渉」。  光の柱の所有権(オーナーID)を『白銀の翼』から『相馬レン』に変更。


 キュウゥゥゥン……!


 光の柱が、ボスの目の前でピタリと止まった。


「な、なにぃぃぃ!? 魔法が……止まった!?」  エルウィンたちが目を見開く。


「残念だったな。お前たちの魔法、なかなかいい出力(バッテリー)だったよ」


 俺は指揮者のように手を振った。  停止していた光の柱が、俺の指先の動きに合わせて形状を変え、より鋭利な「槍」へと圧縮されていく。


「な、なぜ貴様が我々の魔法を操れる!? ありえない!」 「魔法は気合や美学じゃない。**計算式(プログラム)**だ。……計算式が甘ければ、ハッキングされるのは当然だろう?」


 俺はレイス・ロードを見据えた。


「ルナ、弱点座標は?」 「コアの位置は胸部中央。……ただし、今の圧縮率なら**『ポムの口』**を経由させた方が威力が出る!」


「採用だ! ポム、口を開けろ!」 「わーい! 光るおやつなのじゃー!」


 俺は奪い取った極大魔法を、ポムの口へと誘導(パス)した。


 バクゥッ!  ポムがエルウィンたちの必殺魔法を一口で飲み込む。  そして即座に――


 「お返しなのじゃー!!」


 ズドオォォォォォンッ!!!


 ポムの口から放たれたのは、神聖魔法に「神獣の魔力」が上乗せされた、虹色の破壊光線。  それはレイス・ロードの霊体を瞬時に蒸発させ、背後の幻影の森を数百メートルにわたって消滅させた。


 【討伐完了:第30階層ボス】  【ラストアタックボーナス獲得】


 静寂。  エルウィンたちは、杖を取り落とし、腰を抜かしていた。


「……あ、ありえない……。我々の……最強魔法が……餌に……」 「ごちそうさまでした」


 俺はエルウィンに近づき、ポンと肩を叩いた。


「いい魔法だったぞ。おかげでMPを節約できた。……で、約束通りドロップ品は頂いていくが、文句はないよな?」


「ひ、ひぃぃ……! ば、化け物だ……!」


 『白銀の翼』のメンバーは、プライドを粉々に砕かれ、逃げるように階下へと去っていった。


「……ふぅ。これで邪魔者はいなくなったな」  俺はドロップしたレアアイテム『死霊王の指輪』を拾い上げる。


「マスター。あいつら、二度と魔法を使えなくなるんじゃないか? トラウマで」  シルヴィアが呆れている。


「知らん。セキュリティ意識が低いのが悪い」


 俺たちはさらに上層へ。  目指す50階層まで、あと少しだ。

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