第21章:ダンジョンの壁は「壊して進む」のが最短ルートです

「――排除(クリーニング)、完了しました」


 アリスがスカートの埃を払うと同時に、ゴルド商会のゴロツキたちが、まるで打ち上げられた魚のように地面でピクピクと痙攣していた。  所要時間、わずか30秒。  アリスは彼らの関節を外したり、急所を軽く小突いたりして、効率的に無力化したのだ。


「ひ、ひぃぃぃっ! 化け物だ! このメイド、鉄板みたいに硬ぇ!」 「お、俺の腕が……変な方向に……!」


 惨状を前に、リーダー格の太った男が顔面蒼白で後ずさる。


「き、貴様ら……! ただで済むと思っているのか! 我らゴルド商会は、この街の流通を握っているんだぞ! 今後、バベルで水一滴買えなくしてやる!」


 典型的な小悪党のセリフだ。  俺はため息をつき、露店に並んでいた商会製のポーション(彼らが売っていた商品)を手に取った。


「流通を握ってる、ねぇ。……なあ、アンタ。このポーションの成分表、言えるか?」


「は? な、何を……」


 俺は『確率視』でポーションを透かし見た結果を、大声で読み上げた。


「水:85%。薬草のエキス:5%。……そして、カサ増し用の『微量麻痺毒(シビレタケ)』が10%」


 俺の言葉に、周囲の客たちがざわめく。


「おい、毒だってよ……?」 「そういえば、ゴルド商会の薬を飲むと、傷は治るけど舌が痺れるんだよな……」


 リーダーの男が滝のような汗を流す。


「で、デタラメを言うな! それは企業秘密の添加物で……!」


「デタラメかどうか、ここで皆の前で一気飲みしてみるか? 俺の計算だと、これを一本飲むと45%の確率で呼吸困難になるが」


 俺はニッコリと笑い、男に瓶を突きつけた。  男は震え上がり、ついに膝をついた。


「ま、待ってくれ! 悪かった! 金なら払う! だから営業妨害だけはやめてくれぇ!」


 完全に落ちた。  俺は男の耳元に顔を寄せ、冷徹な商談を持ちかけた。


「……いいだろう。その代わり条件がある。今後、俺たちがダンジョンで手に入れた素材を、市場価格の2割増しで買い取れ。そして、俺たちの商品(ガチャ産アイテム)の販売ルートを提供しろ」


「に、2割増し!? そんな暴利……」


「嫌なら、この街中に『ゴルド商会は毒入りポーションを売っている』と宣伝して回るが?」


「……わ、分かりました! 提携させていただきますぅぅ!」


 こうして、俺たちはバベル到着初日にして、最大の商会を(実質的な)下部組織に加えることに成功した。  資金、流通経路、そして影響力。  塔を登るための足場は固まった。


 ***


 翌日。  俺たちは街の中央にそびえ立つ『バベルの塔』の入口に立っていた。  雲を突き抜けるほどの巨塔。内部は無限に広がる迷宮となっており、上層に行けば行くほど強力な魔物とレアアイテムが眠っているという。


「うおお……デカいな。首が痛くなる」  シルヴィアが見上げて口を開けている。


「内部の魔素濃度も異常だ。空間が歪曲している……まさに異界だね」  ルナが興奮気味に計測器を弄っている。


「塔の中には、美味しいお肉はあるのかの?」  ポムは相変わらずだ。


「よし、行くぞ。目指すは50階層、『空中庭園』エリアだ」


 俺の目的は、そこにあると言われる『古代転移門(ゲート)』のパーツ回収だ。  俺たちは商会から巻き上げた「VIPパス」を使い、長蛇の列をスルーしてゲートをくぐった。


 ***


 バベルの塔・第1階層。  そこは薄暗い石造りの迷路だった。


「さて、地図によると……正規ルートは右の通路を抜け、罠(トラップ)部屋を解除し、中ボスを倒して階段へ……か」


 俺は入口で買った地図(高かった)を広げた。  まともに進めば、上の階に行くだけで半日はかかる。


「面倒だな」  俺は地図を丸めてポイ捨てした。


「ま、マスター? 地図を捨ててどうするんだ?」


「この塔の構造を『確率視』でスキャンした。……この迷路、無駄に遠回りさせているが、実は**『壁一枚向こう』**が上の階への階段だ」


 俺は目の前の、分厚い石壁を指差した。  苔むした頑丈な壁。通常なら破壊不可(オブジェクト)扱いだろう。


「アリス。この壁の『構造的欠陥』が見えるか?」 「はい、マスター。座標X-20、Y-55の地点に、経年劣化による微細なクラックを確認。打撃による崩落確率は99.8%です」


「よし。ブチ抜け」 「了解」


 アリスがスカートの裾を少し持ち上げ、優雅に脚を上げた。  その細い脚が、目にも止まらぬ速さで壁の一点を蹴り抜く。


 ドゴォォォォォンッ!!!


 爆音と共に、厚さ1メートルはある石壁が粉々に砕け散った。  土煙の向こうに、上の階へと続く階段が姿を現す。


「な、ななな……!?」


 近くでチマチマと地図を確認していた他の冒険者パーティが、目玉を飛び出させて絶句している。


「お、おい! 壁を壊したぞ!?」 「あそこ通れるのかよ!?」


 彼らの驚愕を無視し、俺たちはショートカットルートへ足を踏み入れた。


「さすがアリス。いい仕事だ」 「お褒めに預かり光栄です。……シルヴィア様の剣技より、私の踵落としの方が効率的だと証明されましたね」 「なんだとぉ!? 私だって本気を出せば壁くらい斬れる!」


 張り合う二人をなだめつつ、俺たちは階段を登る。  第2階層、第3階層……。  迷路は無視。パズルも無視。  壁があれば壊し、床が抜けていればアリスが橋になり(物理)、鍵のかかった扉は『確率操作(ピッキング)』で開ける。


 俺たちの攻略速度は、異常(バグ)の域に達していた。


「……マスター。私たち、冒険をしているというより、解体工事をしている気分なのだが」  シルヴィアが複雑そうな顔で呟く。


「これも立派な攻略(ハック)だ。……おっと、止まれ」


 第10階層に到達した瞬間、俺は足を止めた。  広いドーム状の部屋。  その中央に、巨大な影が待ち構えていた。


 牛の頭に、巨人の体。  第10階層の番人(フロアボス)、『ミノタウロス・ジェネラル』。  通常のミノタウロスよりも二周りはデカい、筋肉の塊だ。


「ブモオォォォォッ!!」


 ボスが雄叫びを上げ、巨大な戦斧を振り回す。  通常の冒険者なら、ここでパーティ連携を駆使して死闘を繰り広げる場面だ。


 だが、俺は懐から「あるもの」を取り出した。  さっきの露店で売れ残った、ガチャ産のハズレアイテムだ。


「……ポム。お前、肉は好きか?」 「大好きじゃ! あの牛さん、食べてもいいのか!?」 「いや、あいつは硬くて不味そうだ。代わりに、こいつをくれてやろう」


 俺が取り出したのは、『極上霜降り肉(睡眠薬入り)』。  アイテム説明:『どんな猛獣もイチコロの旨味成分と、致死量の睡眠導入剤を配合した危険な肉』。


「いけっ!」


 俺は肉をボスの足元へ放り投げた。  ミノタウロスの鼻がピクピク動く。  戦斧を振り上げていた手が止まり、視線が肉に釘付けになる。


「ブモ……?」


 野生の生存本能(危険察知)か、食欲か。  俺は『確率視』で、奴の思考ルーチンを書き換える。  【警戒心:ダウン】……【食欲:リミットブレイク】


 ガブッ!


 ボスが肉に食らいついた。  そして数秒後。


 ドスーン……


 白目を剥いて、巨大な牛が沈没した。  いびきをかいて爆睡している。


「……チョロい」 「ま、マスター……。いくらなんでも、ボスの尊厳が……」  シルヴィアが同情的な目を向けている。


「寝てる間に首を獲るぞ。経験値は美味しいからな」


 こうして、俺たちはバベルの塔の序盤エリアを、過去最速かつ最悪の方法で踏破していくのだった。

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