第18章:分別された暗殺者と、世界の残酷なソースコード

「おかえりなさいませ、マスター。……少し『害虫』の駆除をしておりました」


 白亜の豪邸の玄関にて。  完璧なカーテシーを見せるアリスの手には、ポタポタと赤い雫を垂らすモップが握られていた。


「……害虫にしては、随分とサイズがデカくないか?」


 俺は引きつった笑みを浮かべつつ、アリスの視線の先――庭の片隅を見た。  そこには、黒装束に身を包んだ男たちが、まるでゴミ袋のように十人ほど積み上げられていた。全員、綺麗に梱包(ロープで緊縛)され、気絶している。


「分析結果、彼らはアークライト公爵家の私兵と推測されます。マスターの不在を狙い、屋敷への放火および住人の殺害を企てていました」 「なるほど。で、どうしたんだ?」 「はい。不法投棄は条例違反ですので、燃えるゴミと燃えないゴミに分別し、関節を『最適化(脱臼)』させておきました。ご安心ください、生きてはいます」


 アリスが無表情でサムズアップする。  生きてはいるが、冒険者としての人生は終わっているだろう。


「……優秀すぎて涙が出るな」 「恐縮です。お茶の用意ができています。リビングへどうぞ」


 アリスは血濡れのモップを亜空間収納(スカートの中)に消すと、何事もなかったかのように俺たちを案内した。


 ***


 アリスの淹れた完璧な温度の紅茶を飲みながら、俺たちはリビングの円卓を囲んだ。  話題は、庭のゴミ(暗殺者)のことではない。  ルナがテーブルの上に広げた、あの『石板』の解読結果についてだ。


「……結論から言おう」


 ルナが眼鏡をクイッと押し上げ、深刻な声で切り出した。


「レン、君が王宮で勇者の座を断ったのは、確率論的に『大正解』だったよ。もし受けていれば、君の生存確率は数年以内に**0%**になっていただろう」


「0%? 魔王との戦いで死ぬからか?」 「いや。勝っても負けても、だ」


 ルナは石板のホログラムを展開した。そこに映し出されたのは、世界の構造図のような複雑なチャートだ。


「この石板は、旧文明の『管理者』が残したシステムログだ。それによると、この世界には**『魔素のエントロピー増大則』**という欠陥がある」


「エントロピー……無秩序への拡散か」 「ああ。この世界では、人々が魔法を使ったり、負の感情(欲望や憎悪)を抱くたびに、世界に『穢れ』が蓄積していく。放置すれば世界は崩壊する」


 ルナはホログラム上の黒い霧のような部分を指差した。


「そこで、神(管理者)は定期的に『掃除機』を用意した。それが**『魔王』と『勇者』**だ」


 俺は息を呑んだ。  ポムがクッキーを齧る音だけが、カリカリと響く。


「魔王とは、世界の『穢れ』を一箇所に集積させたゴミ箱だ。そして勇者とは、そのゴミ箱を焼却処分するための『着火剤』だ」


「……焼却?」


「そうだ。勇者と魔王が衝突し、双方が極限の魔力を放出して対消滅する。その莫大なエネルギーで『穢れ』を浄化し、世界をリセットする。……これが『勇者システム』の正体だ」


 シルヴィアがバンッ!とテーブルを叩いて立ち上がった。


「な、なんだそれは! では、歴代の勇者たちは、世界を救う英雄ではなく……単なる生贄だったというのか!?」 「記録によればね。生還した勇者が歴史上ほとんどいないのは、そのためだ。彼らは使い捨ての乾電池に過ぎない」


 沈黙が落ちる。  王宮で、国王や王女が俺に向けた熱視線。  あれは期待などではない。「良質な燃料」を見つけた喜びだったのだ。


「カイルがクビになった理由も分かる。あいつの出力(スペック)じゃ、魔王と対消滅できるほどの火力が出せないと判断されたんだろう。……俺が機神竜を一撃で葬ったせいで、俺の方に白羽の矢が立ったわけだ」


 俺はカップに残った紅茶を飲み干し、乾いた笑いを漏らした。


「ブラック企業どころの話じゃないな。入社した時点で『死』が定款に組み込まれているなんて」


 俺の『確率視』が、世界全体を覆う巨大な数式を幻視する。  この世界は、誰かが作った残酷なゲーム盤だ。  俺たちはその駒に過ぎない。


 だが。


「……面白い」


 俺の呟きに、三人が視線を向けた。


「マ、マスター? 怖すぎて笑ってしまったのか?」 「違うさ、シルヴィア。俺は『確率』を操る召喚士だ。確定した未来(運命)ほど、壊しがいのあるものはない」


 俺は立ち上がり、窓の外――王宮の方角を見据えた。


「神様だか管理者だか知らないが、俺を燃料にするつもりなら計算違いだ。俺はこの『システム』そのものを攻略(ハック)する」


「……具体的には?」  ルナが期待に満ちた目で問う。


「簡単だ。魔王も勇者も死なせず、世界の『穢れ』だけを処理する別の計算式(ルート)を見つければいい。……まあ、そのためにはもっと戦力と、何より『金』と『コネ』が必要だがな」


 俺はニヤリと笑った。


「まずは、庭に転がってる『ゴミ』の処分だ。彼らには、アークライト公爵家に対する最高の手土産(脅迫材料)になってもらおう」


「了解です、マスター」  アリスがスカートの中から巨大なガトリングガンのような武器(掃除用具?)を取り出した。 「徹底的に、絞り上げますか?」 「お手柔らかにな。死なれたら金にならない」


 俺たちの戦いは、魔物退治から、世界そのものへの反逆へとシフトした。  だが、やることは変わらない。  俺の計算と、最強のハーレムメンバーで、全ての不可能を「100%」に書き換えるだけだ。


「よし、みんな。これより『世界攻略(ワールド・ロジック)』を開始する!」

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