第17章:勇者(ブラック職)就任オファーを、確率論で論破する

王宮の謁見の間。  天井まで届く巨大な柱、深紅の絨毯、そして居並ぶ煌びやかな貴族たち。  その最奥の玉座に、太鼓腹の国王が鎮座している。


「――頭が高い。英雄、相馬レン。面を上げよ」


 宰相の甲高い声が響く。  俺は(内心でめんどくさいと思いつつ)形だけ恭しく顔を上げた。  隣では、シルヴィアがガチガチに緊張して石像のようになっている。彼女にとって、かつての主君筋にあたる王族との対面は胃が痛いらしい。  一方、ルナは王座の裏にある魔導装置の構造を盗み見ようとしてキョロキョロし、ポムは懐に隠し持ったクッキーをこっそり咀嚼していた。


「相馬レンよ。此度の機神竜討伐、誠に見事であった。我が国の危機を救ったその武功、称賛に値する」


 国王が重々しく口を開く。


「褒美として、金一封と『子爵』の爵位を授ける。……だが、余が其方に望むのはそれだけではない」


 来たな。  俺の『確率視』が、国王の言葉の裏にある「下心」をアラートとして表示する。


「単刀直入に言おう。先日の失態により、カイル・ヴァン・アークライトの勇者称号を剥奪した」


 広間がざわめく。  貴族たちの間から「まさか」「アークライト家が黙っていないぞ」という囁きが漏れる。


「代わって、相馬レン。其方を新たな**『勇者』**に任命する! これよりは国軍の指揮権を持ち、魔王討伐の最前線に立つのだ!」


 おお、という感嘆の声。  平民出身の冒険者が勇者に抜擢される。これ以上ない栄誉だ。シルヴィアもパァッと顔を輝かせて俺を見ている。


 だが、俺の回答は決まっている。


「――謹んで、お断り申し上げます」


 静寂。  国王の目が点になった。


「……は? 今、なんと申した?」 「お断りします、と申し上げました。俺は勇者にはなりません」


「な、無礼者ぉぉぉ!」


 宰相が顔を真っ赤にして叫んだ。  周囲の貴族たちも「王の命令だぞ!」「気は確かか!」と罵声を浴びせてくる。


 俺は涼しい顔で、脳内の計算式を口にした。


「陛下。統計学的に見て、職業『勇者』の死亡率は、一般兵士の約25倍です。しかも業務内容は魔王討伐という超高難易度プロジェクト。にも関わらず、報酬は固定給で、福利厚生も不明瞭。いわゆる『ブラック企業』の求人案件と同じです」


「ぶ、ぶらっく……?」


「対して、俺は現在フリーランスの冒険者。稼ぎは成果報酬(歩合制)で、休日は自由、リスク管理も自己裁量。……この状況で、わざわざ拘束の多い『勇者』に転職する合理的メリットが、計算上存在しません」


 俺は「Q.E.D.(証明終了)」と言わんばかりに肩をすくめた。  国王と宰相はポカンと口を開けている。  まさか「待遇が悪いから嫌だ」と断られるとは夢にも思っていなかったのだろう。


「き、貴様……! 名誉というものを解さぬのか! 国のために命を懸けることこそが――」


「名誉で腹は膨れませんから。それに、俺が死んだら、ここにいる美女(シルヴィアたち)を誰が養うんです? 国の損失ですよ」


 俺が言い放つと、貴族の一団から怒号が飛んだ。


「ふざけるな! たかが召喚士風情が、調子に乗るのもいい加減にしろ!」


 出てきたのは、立派な髭を蓄えた恰幅のいい男。  カイルの父親、アークライト公爵だ。息子をクビにされ、その座を奪おうとした俺が気に入らないらしい。


「陛下! こやつは機神竜を倒したと言いますが、まぐれに決まっております! そもそも召喚士などという他力本願な職が、神聖な勇者を務められるはずがない!」


「ほう。じゃあ、あんたの息子(カイル)は、その『他力本願』に負けたわけですが?」


「ぐぬぬ……ッ! それは、あやつが油断しただけで……!」


 公爵が顔を真っ赤にして反論しようとした時だ。  玉座の脇にあるカーテンが開き、鈴のような声が響いた。


「――そこまでになさい、公爵」


 現れたのは、豪奢なドレスを纏った少女だった。  金色の縦ロールヘア。宝石のような碧眼。扇子で口元を隠す優雅な仕草。  この国の第一王女、リリアナだ。


「リ、リリアナ様!」


 公爵が慌てて頭を下げる。  リリアナ王女は、俺の前に歩み寄ると、興味深そうに俺の顔を覗き込んだ。


「面白い方ですね。父上(国王)の命令を『合理的メリットがない』と一蹴するなんて」 「事実を述べたまでです、王女殿下」


「ふふっ。……でも、貴方のその『力』、国としては手放せませんわ。勇者が嫌なら……別の提案をしましょう」


 王女はパチンと扇子を閉じた。  嫌な予感がする。俺の『確率視』が、さっきよりも激しい警告音(アラート)を鳴らしている。


「相馬レン。勇者にならなくて結構です。その代わり――」


 彼女は妖艶に微笑み、爆弾発言を投下した。


「わたくしと『結婚』して、王族入りなさい」


「…………は?」


 俺の声と、シルヴィアの叫び声が重なった。  「け、結婚だとぉぉぉ!?」


「そうすれば、貴方は将来の『国王配』。待遇も権力も思いのまま。もちろん、わたくしという美貌の妻もついてきます。……これなら『合理的メリット』は十分でしょう?」


 王女が俺の腕に絡みついてくる。  豊満な胸が押し当てられる感触。甘い香水。  周囲の貴族たちが卒倒しそうな顔をしている。


(ま、待て待て。これは罠だ)


 俺は冷静に計算する。  王族入り? それはつまり、一生この国というカゴの中で飼われるということだ。  しかも、この王女の瞳。  愛など微塵もない。あるのは、優秀な種馬(遺伝子)を確保しようとする「為政者の目」だ。


「おい、離れろ女狐! マスターは私のものだ!」


 シルヴィアが我慢できずに割って入ろうとする。


「あら、たかが召喚獣(ペット)が口を出さないで。わたくしは正妻の話をしているのよ?」 「ペットだと!? 私は誇り高き騎士だ!」 「ふん、その汚い格好のどこが騎士ですの? 売女の間違いではなくて?」


 バチバチと火花が散る。  王女 vs 女騎士。  ハーレムもののお約束(修羅場)だが、場所が悪すぎる。


「ええい、静まれ! 御前であるぞ!」


 国王が一喝する。  王女は素知らぬ顔で離れたが、その目は「逃がさない」と語っていた。


「……相馬レンよ。返答は今すぐでなくともよい。だが、忘れるな。国という巨大なシステムに逆らい続ける確率は……限りなく低いということをな」


 国王の言葉は、事実上の脅しだった。  俺たちは重苦しい空気の中、謁見の間を後にした。


 ***


 王宮からの帰り道、馬車の中はお通夜のような雰囲気だった。


「……マスター。まさか、あの王女と結婚する気ではないだろうな?」  シルヴィアが恨めしそうに睨んでくる。


「するわけないだろ。王族なんて窮屈で死ぬわ」 「そ、そうか! ならばよし! ……ふふ、やはりマスターは分かっているな」


 機嫌を直すシルヴィア。  だが、俺の頭の中は別の計算で一杯だった。


 勇者の座を断り、王女の求婚も保留にした。  これでアークライト公爵家(勇者派閥)と、王家(王女派閥)の両方から目をつけられたことになる。


「……ルナ。例の『石板』の解析、どこまで進んでる?」  俺は話題を変えた。  廃棄ダンジョンで手に入れた、あの謎の石板だ。


「ああ、それなんだが……」  ルナが深刻な顔で眼鏡を押し上げた。


「とんでもないことが書かれていたよ。この世界の『勇者システム』の真実……そして、何故カイルのような無能が勇者に選ばれたのか。その『カラクリ』がね」


 俺は目を細めた。  やはり、ただの冒険譚ではない。  この世界には、俺のような「バグ(確率操作)」を排除しようとする、もっと大きな意思が働いている。


「帰ったらアリスの入れた茶でも飲みながら聞こうか。……どうやら、俺たちの敵は『魔王』だけじゃなさそうだ」


 馬車が豪邸に到着する。  そこでは、留守番をしていた最強メイド・アリスが、なぜか**「血濡れのモップ」**を持って出迎えてくれた。


「おかえりなさいませ、マスター。……少し『害虫』の駆除をしておりました」


 ……どうやら、休まる暇はなさそうだ。

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