第14話:熱力学は嘘をつかない。たとえ相手が神の竜でも

王都は地獄と化していた。  瓦礫の山。逃げ惑う悲鳴。  そして、その中心で蹂躙を続ける『機神竜』の圧倒的な絶望感。


 ガシャンッ……ズドオォォォンッ!


 竜が一歩踏み出すだけで、石畳の道路がビスケットのように砕け、衝撃波で建物が吹き飛ぶ。  上空を飛ぶワイバーン部隊(王宮騎士団)が果敢に魔法を放つが、竜の表面に展開された『対魔法障壁(アンチ・マジック・シェル)』に弾かれ、蚊ほどの影響も与えていない。


「……ひどい有様だ」  屋根の上に降り立った俺たちは、その惨状を見下ろしていた。


「おい、マスター! あんなバカでかいのに近づくのか!? 踏まれたらミンチだぞ!」  シルヴィアが珍しく声を震わせている。無理もない。生物としての格が違いすぎる。


「正面からぶつかればな。だが、デカいってことは、それだけ『死角』も多いってことだ」


 俺は『確率視』を発動し、竜の全身をスキャンする。  視界がデジタルなグリッドに覆われ、竜の構造がワイヤーフレームとして脳内に投影される。


 エネルギー源は胸部の炉心(コア)。  装甲厚は平均3000mm。物理攻撃無効。  障壁により魔法攻撃99%カット。


 ――完璧に見える。だが、俺は知っている。  この世に「無限に稼働できる機械」など存在しないことを。


「ルナ。あいつ、さっきから時々『翼』を広げて静止しているな。そのタイミングを計れ」 「……! 分かった。魔力観測開始……」


 俺の視線は、竜の首元にある、装甲板のわずかな継ぎ目に釘付けになっていた。  竜が口から小規模な熱線を吐くたびに、その継ぎ目周辺の空間が陽炎のように歪んでいる。


(……間違いない。**『排熱(ヒート・パージ)』**だ)


 あれだけの巨体と障壁、そして高出力ビームを維持しているのだ。内部機関の熱量は天文学的数字になるはず。  もし熱を逃がさなければ、奴は自らの熱で溶解(メルトダウン)する。


「見つけたぞ。あいつの弱点は『喉仏』の下だ」


 俺は指差した。


「攻撃の直後、冷却のために装甲がスライドして『排熱ダクト』が露出する。時間は推定2.5秒。その瞬間に、最大火力をその穴へ叩き込む」


「2.5秒!? 一瞬じゃないか!」  シルヴィアが叫ぶ。


「ああ。しかも奴は常に動き回っている。狙撃は不可能に近い」


 遠距離から狙っても、首を振られたら外れる。  確実に当てるには、奴の懐(ゼロ距離)まで接近し、かつ奴の動きを止める必要がある。


「シルヴィア。お前の出番だ」 「な、なに!?」 「お前のその恥ずかしい……いや、軽量化された装備なら、奴の攻撃速度を上回れる。奴の目の前をチョロチョロして、注意(ヘイト)を引きつけろ」


「ちょ、チョロチョロって……私はハエか何かか!?」 「ハエでいい。**『世界一ウザいハエ』**になれ。奴をイラつかせて、大技(ブレス)を誘発させるんだ」


 シルヴィアは一瞬ムッとしたが、すぐに覚悟を決めた顔つきになり、剣を抜いた。


「……分かった。やってやる! その代わり、私がミンチになったら末代まで呪うからな!」 「安心しろ。俺の計算では、お前の生存率は98%だ(俺の指示通りに動けばな)」


「行くぞッ!」


 シルヴィアが屋根を蹴った。  黒いボンテージ風アーマーが夜風に溶け込み、赤いマントだけが閃く。  彼女は瓦礫を足場に、垂直に近い角度で駆け上がり、機神竜の鼻先へと躍り出た。


「ここだ、鉄クズ! 私の剣技、受けてみろ!」


 カィンッ!  豆粒のような斬撃が、竜の鼻先に当たる。ダメージはゼロ。  だが、プライド高き古の兵器にとって、それは最大の侮辱だったようだ。


 ギギギゴゴゴ……!!


 機神竜の眼光が、眼の前の小虫(シルヴィア)に集中した。  巨大な前足が、音速に近い速度で薙ぎ払われる。


「右だ! 飛べ!」  俺の声をインカム(風魔法による伝言)で聞いたシルヴィアが、反射的に右へ跳躍する。


 ブォォォォン!!  爪が空を切り、背後の時計塔が粉々に砕け散った。


「ヒッ……! か、風圧だけで死ぬかと思ったぞ!」 「いいぞ、その調子だ! もっと煽れ!」


 シルヴィアは涙目になりながらも、竜の攻撃をギリギリで回避し続ける。  その動きは、俺が「確率視」で予測した安全地帯(セーフティ・ゾーン)を正確になぞっていた。


 苛立ちが頂点に達した竜が、動きを止めた。  喉の奥で、膨大なエネルギーが渦を巻き始める。  狙い通りだ。小細工なしの最大出力ブレスで、周囲ごと消し飛ばす気だ。


「来るぞ! ルナ、ポム、配置につけ!」 「了解だ。座標固定……いつでもいける!」 「お口の準備運動、ばっちりなのじゃー!」


 俺たちは竜の死角となる瓦礫の陰へ移動する。


 竜が大きく口を開けた。  まばゆい光が王都を照らす。  その直後――首元の装甲が、シュウゥゥと音を立ててスライドした。


 見えた。  赤熱する排熱ダクト。  竜の体内へ直結する、唯一の風穴。


「今だシルヴィア! 離脱しろ!」


 シルヴィアが必死の形相で地面へダイブする。  同時に、機神竜がブレスを放とうとした――その瞬間。


「確率確定(セット)。――『重力崩落(フォール・ダウン)』!」


 俺はあらかじめ仕掛けておいた魔法を発動させた。  狙ったのは竜ではない。竜が踏みしめている、地下水路の上の「脆くなった地盤」だ。


 ズドオォォォォォンッ!!!


 地面が抜けた。  数千トンの巨体を支えていた足場が消失し、機神竜の体勢が大きく崩れる。  放たれようとしていたブレスが天を仰ぎ、空中の雲を消し飛ばした。


 そして。  体勢を崩した竜の喉元――排熱ダクトが、無防備に俺たちの目の前にさらけ出された。


「――チェックメイトだ」


 俺は叫んだ。


「ポム! ありったけを叩き込めぇぇぇッ!!」

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