第13話:勇者が蚊帳の外になるレベルの「絶望(レイドボス)」

「――あ、が……組織、ばん、ざ……」


 尋問しようと胸倉を掴んだ瞬間だった。  敵のリーダーの身体が不自然に痙攣し、その口からドス黒い泡が溢れ出した。


「チッ、口封じか!」 「……呪毒(カース)だね。心臓に仕込まれた術式が遠隔起動したんだ。よほど口を割られたくなかったと見える」


 ルナが冷ややかに分析する。男はすでに息絶えていた。  俺は舌打ちをして、男の死体を投げ捨てた。


 手元には、回収した『誘引魔石』。  こいつらは森に魔物を集め、スタンピードを引き起こそうとした。  だが、なぜだ?  単に王都を混乱させるだけなら、もっと効率的なテロがあるはずだ。わざわざ魔物を集め、そして冒険者たちに「狩らせる」ような真似をした理由は?


 俺の脳内で、パズルのピースが不吉な形に組み上がっていく。  魔物の死。  大量の血液。  解き放たれる膨大な魂と魔素。


「……まさか、スタンピードそのものが『儀式』なのか?」


 俺がそう呟いた、その時だ。


 ズズズズズズズ……ッ!


 大気が震えた。  森ではなく、遠く離れた王都の方角から、肌を突き刺すようなプレッシャーが伝播してくる。


「ま、マスター! 空を見ろ!」  シルヴィアが絶叫に近い声を上げた。


 俺たちが振り返った先。  夕焼けに染まる王都の上空に、巨大な**『深紅の魔法陣』**が出現していた。  その大きさは、王都全土を覆い尽くすほど。  幾何学的な紋様が回転し、まるで天が割れたかのような轟音が響き渡る。


「あれは……『戦略級・召喚術式』!? 馬鹿な、あの規模を展開するには、数万単位の生贄が必要なはずだぞ!」  ルナがガタガタと震えている。


「その生贄(コスト)を、冒険者たちに払わせたんだよ。魔物を殺させてな」


 俺の推測を肯定するように、魔法陣の中心から、赤黒い雷が地上へと降り注いだ。  場所は――勇者カイルたちが守っているはずの「西門」だ。


 ドォォォォォォォォォンッ!!


 キノコ雲のような爆煙が上がる。  そして、煙の中から「それ」は姿を現した。


 全長50メートル超。  全身が黒い金属と禍々しい赤水晶で構成された、機械仕掛けの竜。  古代文明の遺産にして、国を滅ぼす殺戮兵器。


 【識別:機神竜(デウス・ドラゴン)タイプ・カタストロフィ】  【推定脅威度:SS(国家崩壊級)】


「う、嘘だろ……。あんなのが埋まってたのか……」


 俺は思わず息を呑んだ。  確率視で見える勝率の数値が、見るも無惨に暴落していく。  王都の防衛システム? 突破率100%。  一般市民の生存率? 限りなく0%。


 遠見の魔法を使わずとも、西門の惨状が目に浮かぶようだ。  おそらく今頃、カイルが意気揚々と挑んでいるだろう。


 ――想像通りだった。  西門の上空。豆粒のような光(カイル)が、巨大な機神竜に向かって飛び込んでいくのが見えた。


『おおおおおっ! 聖剣よ、邪悪を断てぇぇぇっ!』


 微かに聞こえる絶叫。  カイルの必殺技が、機神竜の装甲に直撃する。  しかし。


 カィィィン……


 硬質な音が響いただけ。  傷一つついていない。  機神竜は「羽虫が止まった」程度にしか認識せず、無造作にその巨大な尾を振り回した。


 バゴォォォォォッ!!


 空気を圧縮するごう音と共に、カイルの光がピンボールのように弾き飛ばされ、城壁の一部を粉砕して瓦礫の中に消えた。


「瞬殺かよ……」


 呆れるほどの実力差だ。  勇者パーティですら手も足も出ない。  ギルドの冒険者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っている。


 終わりだ。  誰もがそう思う光景。


「……マスター。逃げるか?」


 シルヴィアが剣を握りしめながら、悔しそうに問う。  彼女の手は震えている。騎士として人々を守りたいが、勝てない戦いに挑むのはただの自決だ。


「逃げる? どこへだ?」 「他の国へ……あるいは、辺境へ……」 「却下だ。そんなことをすれば、俺たちが稼いだ金貨も、これから作るはずのハーレム楽園も、全部灰になる」


 俺は『確率視』を極限まで及(フォーカス)させた。  対象は、暴れまわる機神竜。  その圧倒的な装甲。無限に近い魔力炉。


 絶望的な数値の羅列。  だが。


 俺の視界の中で、無数の赤い数字(失敗ルート)の中に、たった一本だけ――針の糸よりも細い、**青い数字(成功ルート)**が浮かび上がった。


 【勝率:0.0002%】


「……あるな。勝ち筋(ルート)が」


 俺はニヤリと笑った。  ゼロじゃないなら、それは「100%」にできる。


「おい、お前ら。勇者様が派手に負けてくれたおかげで、最高の舞台が整ったぞ」


 俺は震える二人(と、満腹で寝ていたが音で起きた一匹)を見渡した。


「あいつ(機神竜)を狩る。素材は全部売り払って、億万長者だ」


「し、正気か!? あんな化け物を!」  ルナが叫ぶ。


「正気だとも。科学的に見れば、あれはただのデカい『機械』だ。構造的欠陥もあれば、停止スイッチ(弱点)もある」


 俺は指をパチンと鳴らした。


「シルヴィア、お前は機神竜の『目』を引きつけろ。回避だけに専念すれば1分は保つ」 「ルナ、お前はあいつの周囲に展開されている『対魔法障壁』の周波数を解析しろ」 「ポム、お前は……さっき食べた分のエネルギーを、全弾吐き出す準備をしておけ」


 俺の指示に、三人の表情が変わる。  恐怖が消え、戦士の顔になる。


「……了解だ、マスター。貴様がそう言うなら、地獄の底まで付き合おう」 「まったく、狂った計算式だね……。でも、嫌いじゃないよ」 「ポム、デザートの時間なのじゃー!」


 俺たちは夕焼けに背を向け、絶望に包まれる王都へと走り出した。  「ハズレ召喚士」が、世界の運命をひっくり返す(ジャイアント・キリング)、その瞬間のために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る