第12話:敵の必殺魔法(デス・フレア)? いいえ、それは「おやつ」です

森の小道を進む、黒ローブの集団。  彼らは重そうな紫色の結晶『誘引魔石』を慎重に運んでいる。  足元は昨夜の雨でぬかるんでおり、滑りやすい。


 俺は茂みの中で、指先に魔力を集中させた。  狙うのは、結晶を担いでいる大柄な男の、右足のブーツの底。  泥との摩擦係数(μ)を、極限までゼロに近づける。


 【確率操作:転倒率 0.5% → 100%(確定)】


「――いまだ」


 ツルッ!


「うおっ!?」


 先頭の男がマンガのように派手に足を滑らせた。  当然、担いでいた巨大な結晶もバランスを崩して落下し――後続の仲間たちを巻き込んでドミノ倒しになる。


「ぎゃああっ!」 「な、なんだ!? 誰かいるのか!」


 敵の陣形が崩壊した瞬間、俺は号令をかけた。


「やれ、シルヴィア! ルナ!」 「承知した! 悪党ども、覚悟ォォォ!」


 茂みから飛び出したのは、全身黒革のボンテージ……もとい、軽量魔導アーマーに身を包んだ女騎士。  その姿は一見すると「森の露出狂」だが、その踏み込みの速度は弾丸のようだ。


「はぁぁっ! 疾風斬り!」 「ぐああっ!?」


 シルヴィアの剣が閃き、起き上がろうとした暗殺者二人の武器を弾き飛ばし、峰打ちで気絶させる。  速い。以前の重い鎧と違い、今の彼女は本来のスピードを活かせている。


「援護するよ。……『真空の刃(ウィンド・カッター)』!」


 後方からはルナが魔法を放つ。  彼女の魔法はただのカマイタチではない。空気抵抗の少ないベクトルを計算し尽くした、不可視の刃だ。  残る護衛たちの衣類(とベルト)だけを正確に切り裂き、ズボンをずり落とさせて動きを封じる。


「な、なんだこいつら!?」 「くそっ、囲まれたか!」


 奇襲は成功だ。  護衛の4人はほぼ無力化された。残るはリーダー格の魔導士だけだ。


「おのれ……! どこの手の者だ!」


 リーダーの男が歯噛みしながら、懐から禍々しい杖を取り出した。  彼の全身から、赤黒いオーラが噴き出す。


「ただの冒険者風情が……この私を舐めるなよ! 組織から賜った『禁断の魔力』の味、その身で味わうがいい!」


 男が杖を掲げると、周囲の空気が焼け付くような熱を帯びた。  まずい。詠唱速度が速い。それに、あの魔力密度……!


「地獄の業火よ、骨まで焼き尽くせ! 『暗黒火炎弾(ヘル・フレア)』!」


 男の杖の先から、直径2メートルはあろうかという巨大な黒い火球が放たれた。  シルヴィアが盾(そんなものはない)代わりに剣を構えるが、あれを直撃すれば蒸発する。


「ルナ、防げるか!?」 「む、無理だ! 熱量が桁違いすぎる! 障壁が溶かされるぞ!」


 絶体絶命の熱波が迫る。  だが、俺は焦っていなかった。  むしろ、隣でヨダレを垂らしている「最終兵器」の背中をポンと叩いた。


「ポム。……『待て』解除だ」 「わふっ!?」


 俺の言葉を聞いた瞬間、ポムの耳がピーンと立った。


「あのご飯、食べていいのか!?」 「ああ。全部食っていいぞ」 「わーい! いっただきまーすなのじゃー!」


 ポムは四つん這いになり、迫りくる死の火球に向かって猛ダッシュした。


「なっ!? 自殺行為だ!」  敵のリーダーが嘲笑う。


 だが、ポムは火球の目の前で大きく口を開けた。  その顎が、蛇のようにありえない角度までガパッと開く。


 バクゥッ!!


 一瞬だった。  轟音を立てていた巨大な火球が、掃除機に吸い込まれる埃のように、ポムの小さな口の中へと消え失せた。


「…………は?」


 リーダーの目が点になる。  シルヴィアとルナも顎が外れそうになっている。


 モグモグ、ゴックン。


 ポムは喉を鳴らしてそれを飲み込むと、満足げに腹をさすった。


「う〜ん、ちょっと辛口スパイスが効いてるけど、コクがあって美味しいのじゃ〜♪」


「ば、馬鹿な!? 魔法を……食べた!? あれは高密度のプラズマだぞ!? 胃袋どうなってるんだ!?」  リーダーが叫ぶ。


 俺はニヤリと笑って解説を入れてやった。


「驚くことじゃない。魔法とは所詮、魔素(マナ)によるエネルギーの塊だ。そしてこいつの胃袋は、あらゆるエネルギーを生命力に変換する『超・消化炉』なんだよ」


 質量保存の法則? こいつの腹の中では、E=mc^2が日常的に行われているだけだ(たぶん)。


「さて、ポム。お腹いっぱいになったら、次はどうするんだ?」


 俺が尋ねると、ポムは苦しそうに胸を叩いた。


「うっぷ……ちょっと食べすぎたのじゃ。ガス抜きするのじゃ」 「よし、あのおっさんに向かって『ごちそうさま』しろ」


 ポムは敵リーダーの方を向き、口を大きく開けた。  その喉の奥で、消化しきれなかった余剰エネルギーが黄金色の光となって収束する。


「ま、待て! やめろ! 話し合えばわか――」


 「げっぷぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」


 ズドオォォォォォンッ!!


 それは、もはや「ゲップ」ではなかった。  口から放たれた極太の破壊光線(ブレス)だ。  一直線に放たれた衝撃波は、敵のリーダーを吹き飛ばし、背後の大木を数本なぎ倒して、ようやく空の彼方へと消えていった。


 土煙が晴れたあとには、黒焦げになってアフロヘアーになったリーダーと、一直線に削り取られた地面だけが残っていた。


「……ふぅ。スッキリしたのじゃ」


 ポムはケロッとした顔で尻尾を振っている。  現場はシーンと静まり返っていた。


「……マスター。あの子、私より攻撃力高くないか?」 「……興味深い。魔法術式を介さず、純粋魔力をブレスとして放出するとは……まさに神獣クラス」


 シルヴィアとルナが戦慄している。  俺は倒れているリーダーの元へ歩み寄り、気絶していることを確認してから、転がっている『誘引魔石』を拾い上げた。


「さて。おやつタイムは終了だ。こいつらから、黒幕の情報を吐かせてもらおうか」


 俺は魔石を空中に放り投げ、キャッチする。  これでスタンピードの原因物質は確保した。あとは、これを誰が指示したかだ。


 だがその時、俺の『確率視』が新たな警告(アラート)を表示した。  王都の方角から、とてつもなく巨大な「不運」の波が近づいている。


「……まさか、これが囮(デコイ)ですらなかったとしたら?」


 俺は背筋に冷たいものを感じながら、王都の空を見上げた。

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