第11話:その「大暴走(スタンピード)」は、統計的にありえない

翌朝。  宿の食堂にて、俺は朝から頭を抱えていた。


「おかわりなのじゃ! もっと肉を、脂の乗ったやつを持ってくるのじゃ!」 「は、はいぃ……ただいま!」


 ウェイトレスが涙目で皿を運んでくる。  ポムの席には、すでに空になった皿が塔のように積み上げられていた。  彼女の小さな身体のどこにこれだけの量が入るのか。質量保存の法則を無視しているとしか思えないが、彼女いわく「魔力変換効率が悪いから、質より量が必要」らしい。


「……マスター。財布の中身は?」  シルヴィアが心配そうに覗き込んでくる。


「……残り金貨15枚。一晩で5枚(約50万円分)食われた」


 俺は乾いた笑い声を漏らした。  このペースだと、あと3日で破産だ。  悠長に構えている暇はない。俺たちは食事(給油)を終えたポムを引きずり、逃げるように宿を出て冒険者ギルドへ走った。


 ***


 ギルドに到着すると、異様な空気が漂っていた。  いつもならクエストボードの前にたむろしている冒険者たちが、殺気立った顔で武装を点検している。  そして、ギルド中にけたたましい警鐘が鳴り響いていた。


「――緊急招集! 王都近郊の全冒険者に告ぐ!」


 ギルドマスターが大声で叫ぶ。


「北の『嘆きの森』にて、大規模な魔物の活性化を確認! その数、推定三千! いわゆる**『スタンピード(大暴走)』**だ! 国軍と協力し、防衛ラインを構築せよ!」


 スタンピード。  魔物が何らかの原因でパニックを起こし、津波のように押し寄せる災害級の現象だ。  場内がどよめきと恐怖に包まれる中、ひときわ大きな声が響いた。


「ふん、騒ぐな雑魚ども! たかが三千匹だろう?」


 金の鎧をガチャガチャと言わせながら、カイルが前に出た。  昨日の今日でよく顔を出せたものだが、その表情には自信が戻っている。どうやら「魔水晶はやっぱり故障だった」と自分に言い聞かせて精神を安定させたらしい。


「俺たち『勇者パーティ』がいれば、そんな烏合の衆など一網打尽だ。いいか、お前らは俺たちの邪魔にならないよう、後ろで震えていればいい!」


 取り巻きたちが「さすがカイル様!」「一生ついていきます!」と囃し立てる。  カイルはチラリとこちらを見た。


「おい、そこのハズレ召喚士。お前らは戦場に来るなよ? 流れ弾で死なれても寝覚めが悪いからな。せいぜいギルドの地下にでも隠れてるんだな!」


 捨て台詞を残し、カイルたちは意気揚々と出撃していった。  冒険者たちもそれに続き、雪崩を打ってギルドを出ていく。


「……むかつく奴だ。マスター、私たちも行くぞ! あいつより先に魔物を全滅させてやる!」  シルヴィアが鼻息を荒くするが、俺は動かなかった。


「待て。……おかしい」 「何がだ?」


 俺は誰もいなくなったクエストボードの前に行き、貼り出された「魔物出現ポイント」の分布図を睨みつけた。


「ルナ。お前、この分布図を見てどう思う?」


 ルナが眼鏡を押し上げ、地図を覗き込む。


「……不自然だね。通常、スタンピードは『発生源』を中心として放射状(ドーナツ状)に拡散する。だが、この分布は……」 「ああ。『一方向に偏りすぎている』」


 俺は地図上の赤い点(魔物の群れ)を指でなぞった。  それらは森の奥から発生し、まるで「見えない壁」に誘導されるように、一直線に王都の西門へ向かっている。


 俺の『確率視』が、その違和感を数値化する。


 野生動物が、ランダムに暴走してこのような隊列を組む確率――0.000001%未満。  つまり、これは自然現象ではない。


「……誰かが『誘導』しているな」


 俺の言葉に、シルヴィアとルナが息を呑んだ。


「誘導だと? そんな大規模なことができるのか?」 「特殊な音波か、あるいは魔物の嫌う臭いを散布しているか……方法は分からないが、意図的な『人災』だ。カイルたちが向かった西門は、囮(デコイ)かもしれない」


 もし敵の狙いが、防衛戦力を西門に集中させ、手薄になった「別の場所」を叩くことだとしたら?  あるいは、魔物を一箇所に集めて「何か」をしようとしているとしたら?


 俺は地図上の「空白地帯」に目をつけた。  魔物が避けて通っているルート。  そこには、一見すると何もない古びた遺跡があるだけだ。


 【推論:敵の本拠地(コントロールセンター)である確率――85%】


「……カイルたちには、派手に囮役をやってもらおう。俺たちは『元凶』を叩く」


 俺は二人のヒロイン(と、まだ肉をねだっている一匹)に向かって号令をかけた。


「行くぞ。このスタンピード、裏で糸を引いている奴がいる。そいつを引っ張り出して、特別報酬をふんだくるぞ!」


 ***


 王都から離れた森の中。  俺たちはメインの戦場とは逆方向へ進んでいた。


「ポム、鼻は利くか?」 「くんくん……こっちから、嫌な匂いがするのじゃ。薬品みたいな、ツンとする匂いなのじゃ」


 ポムが顔をしかめて北東の方角を指差す。  やはりだ。  魔物を興奮させるフェロモンか何かを使っている。


「ビンゴだ。……おい、隠れろ!」


 俺はとっさに全員を茂みに引き込んだ。  前方から、黒いローブを纏った数人の集団が、何かを運搬しながら歩いてくるのが見えた。  彼らが運んでいるのは、不気味に脈動する紫色の結晶体。


「……あれは『誘引魔石(ルアー・コア)』か? 禁制品だぞ」  ルナが小声で解説する。


 集団の先頭にいる男が、フードを外してニタリと笑った。  その顔には見覚えがないが、胸元には見覚えのある紋章――**『蛇の入れ墨』**があった。


「計画は順調だ。勇者たちは西門に釘付けになっている。今のうちに、この結晶を『祭壇』へ運べ」 「へへっ、これで王都はパニックだ。我らが『組織』の実験場になってもらおうか」


 会話を聞いたシルヴィアが、怒りで震え出した。


「き、貴様ら……! 罪なき人々を実験台にするなど、騎士として見過ごせん!」 「待てシルヴィア、まだ飛び出すな」


 俺は『確率視』で敵戦力を分析する。


 【敵総数:5名】  【リーダー格:魔導士Lv.30】  【護衛:暗殺者Lv.25 × 4】


 格上だ。正面からぶつかれば、今の俺たちでは苦戦する。  だが――俺たちの手札には、まだカイルも知らない「ジョーカー」がいる。


「……ポム。お前、さっき食べた分、エネルギーは満タンか?」 「うむ! お腹いっぱいで力がみなぎっておるのじゃ!」 「よし。……あいつらを『お掃除』したら、晩飯は特上のステーキだ」


 ポムの目が、肉食獣のように輝いた。


「やるのじゃ! ご主人、命令を!」


 俺はニヤリと笑い、敵集団の足元の座標を計算した。


「作戦開始。……確率変動(チート)、いくぞ!」

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