第3話 コロッセオの決闘

 ――執務室を出て暗い廊下へ。狭い歩幅で悠然と進み、大きな扉を開け放つ。

 暗い空を背景に聳える魔王の城。夥しい数の尖塔。禍々しいオーラを放つ城を出て、灰色の地面をさらに進む。


「クリス。今日の挑戦者は?」

「知らん。だが好戦的な魔力は三つ。コロッセオでお待ちかねだ。……飛ぶぞ」


 クリスの体から黒い魔力が噴き上がる。俺ごと包み、地面から体が離れる。巨大な城を足元に見下ろす。


(相変わらずデカい城だな……これも魔王の権威ってやつか)


 六角形の城壁が囲む城。中央には一際大きな塔――執務室を含む【魔王塔】が、不気味な森を見下ろしている。

 その不気味な森。城から六方向に切り開かれた街道の一つは、これから向かうコロッセオに続いている。


「ふっふっふっ。これが我が城だ」

「余の城だ。というか毎回同じこと言わせるな」

「良いツッコミだぜ、クリス」


 これも大事な仕事。緊張をほぐすナイスなボケ。クリスは毎回ノってくれる。小さな笑みがクリスから零れ、重たい空気が軽やかになる……と、俺は勝手に思っている。


「……ふっ。征くぞ、ロウ」

「おうともよ」


 ビュオッ!

 風が裂け、景色が線になる。あっという間に三キロ先のコロッセオ。古代に建てられた巨大な建造物が眼下に。

 吹き晒しの闘技場。観客席は豆粒のような魔族で溢れ返っている。まるで祭りのような盛り上がり。

 ……血が滾る。もちろんクリスの。


「予想通り三人か。クリス、あいつらの見立ては?」


 円形の闘技場に三人の魔族。それぞれ壁際に散り、静かに赤い炎、青い氷、黄色い雷の魔力を高めている。ここからでも分かる魔力密度。周りの空気が歪んで見える。


「かなりの使い手だな。魔王として誇らしい」

「余裕な口ぶり。流石クリス。頑張れよ」

「だからお前もヤるんだって」


 また仕事をしてしまった。クリスの肩が笑う。

 そのままゆっくり降下。魔族たちの姿が徐々にクッキリ、喧騒が大きくなる。


「あ! 魔王様が来たぞ!」


 観客席。少年魔族が気が付いた。その声に喧騒がピタリと止まり、またすぐざわめきが広がる。

 観衆の視線を一身に受け、クリスが闘技場の中心へ。スカートの端を摘んだ優雅に会釈。魔王の余裕たっぷりだ。

 どこからともなくバカでかい声がコロッセオに轟く。


『さあ! 今日も始まる魔王交代の儀! 魔界各地から集った腕っぷし自慢の魔族たち! 果たしてクリス様を倒し、魔王の座を勝ち取れるのかー!』


 それは観客席の一部。突き出した実況席に立つ黒髪の中年魔族の声。緑の風魔石で造られた特注マイクで熱気をさらに煽る。

 観客席は大盛り上がり。怒声と歓声が弾け、コロッセオ全体がビリビリ震える。鼓膜があったら破れてるかもしれない。右腕で良かった。


『熱気は最高潮! このまま挑戦者の紹介に……』

「待て、マイフォン。その必要はない」


 クリスが低い声で遮る。叫んだわけでもない。しかし地鳴りのような声。司会者マイフォンが言葉を詰まらせる。

「余を倒せたら存分に名乗るがいい。今は赤、青、黄で十分だ」

 ――シン。

 クリスの大胆すぎる挑発。会場が静まり返る。皆が息を呑み……再び割れんばかりの歓声が響いた。


「うおおおおお! 魔王様かっけええええ!」「ひゃははは! 名前すら覚えねえってよ!」「お前ら! 今日こそクリス様をぶっ倒せー!」


 拳を突き上げ、足を踏み鳴らして狂乱する魔族たち。クリスは余裕の表情。俺も釣られてドヤ顔。心の中で。


『それては参りましょう! 双方構えてえええ!』


 三人の魔族が前傾姿勢に。名前と同じ色の髪。殺気に満ちた屈強な男たち。対するクリスは、前方の赤をゆったりと見据える。この瞬間はいつでも緊張する。



『死合い、開始いいいいッ!』

 


 会場全ての期待を乗せ、熱戦の火蓋が切られた――。



「俺から行くぞ、魔王クリストファー!」


 赤が叫ぶ。二メートルを遥かに超える巨体。炎鱗を孕んだ黒煙が噴き上がる。チリチリと空気を焦がし、赤の両手が俺たちに向けられた。


「【熱殺砲球(ファイアシュート)】!」


 手の中に炎が収束。赤炎が蒼炎に変化。影すら消しそうな閃光が解き放たれる。

 ドオッ! 

 一瞬の煌めき。クリスを丸ごと呑み込む蒼白の一閃。……むしゃむしゃ。


「次は僕の番だ!」


 左後ろから青の声。灼熱にまで達した空気が急速に冷やされる。パキパキと凍てつく音。さっきの煙で見えないが氷魔法の気配。


「【氷雪絶華(ヒヤシンス)】ー!」


 氷の華が咲き乱れる。俺たちの体を取り囲む綺麗な華。ヒンヤリして気持ち良い。

 バキィン!

 せっかく咲いた華が砕けた。相手を凍らせて砕く魔法だろう。……むしゃむしゃ。


『おおーっと! 炎と氷、見事な魔法が直撃ー! これはクリス様もピンチかー⁉︎』


 マイフォンの解説。分かってるくせに盛り上げ上手。

 冷気の煙で視界が悪い。スゥーッと息を思いきり吸い込む。白い煙が消えて視界良好。クリスは微動だにしていない。


「……良くやった、ロウ。味はどうだ?」

「無味無臭。つまんねえ味だな。……っと、そろそろ黙るぜ」

「うむ」


 赤と青。二人が目を見開く。一方クリスの右肩から先……つまり俺の体が黒に染まる。はたから見たら闇の腕になってるだろう。


『な、なんと、クリス様無傷の生還! 二人の魔法はどこに消えたんだー!』


 大げさに驚くマイフォン。クリスが悠然と赤を見据える。


「お前たち、中々の魔法だ。これからも精進せよ」

「な、なんだと……」「いったい何をしたんだ!」


 クリスが素直に賞賛する。褒められた二人の顔に警戒の色。分かりやすく驚いている。


「【吸魔の手】。最近開発した新たな力だ」


 嘘です。俺が喰いました。口しかない俺にできる精一杯。仕組みは分かんねえ。


「これが魔王か……」「ちいっ。それがどうした!」


 二人がさらに魔力を滾らせる。前傾姿勢。狙いは接近戦だろう。クリスに挑むだけある。


「……ロウ、自律許可。余のために働け」

「……うい」


 コソコソ話で許可された。体が軽くなり、自由に動く。手をグーパーさせて動作確認。魔王の右腕参ります。

 その刹那、黄色い雷が奔った。クリスの右後ろ、俺の真正面にいた黄の特攻。十メートルはあった間合いが一瞬で詰められる。


「もらった」


 雷の爪が視界に迫る。雷属性らしい超スピード。クリスは振り向かない。俺が守る。


(貰ってねえよ!)


 腕を乱暴に振り上げる。雷の爪に前腕直撃。爪をへし折る。


「よく反応した」


 そりゃどうも。黄の全身に雷の魔力。不意打ちは失敗。力を解放したらしい。


「……これならどうだ」


 すさまじい打撃の嵐。唸る拳、風を切る手刀、その合間に放たれる鋭い蹴り。全てが同時に繰り出されたと錯覚するほどのスピード。

 それがどうした。


(ふんふん、ふんぬー!)


 全部視える。負けじと体をくねらせる。拳と手刀、ことごとく打ち落とす。剛脚の蹴り、手のひらで受け止める。体がジンジンしてきた。良いマッサージだ。

 バチィィィ!

 俺の掌底が胸に直撃。黄が弾かれ距離が生まれる。どんなもんだ。


「がはっ……見向きもせず、俺を捌くとは……ッ!」


 悔しそうに胸を抑える黄。……悪い。めちゃくちゃ見てたんだ。動体視力はクリス由来だけど。


「舐めるなああああ!」「殺す気で行くぞ!」


 続けて飛びかかってくる赤と青。黄ほど早くない。しかし鬼気迫る形相でクリスを挟み込む。俺の前に青。左の赤はクリスに任せる。


「余が手ほどきしてやろう」


 涼しげなクリスの声。二人が劣化の如く拳を振るう。


「二対一だと忘れたか!」「その右手、砕いてやる!」


 こっちの二人もやっぱり強い。分厚い氷で強化した拳。並の魔族なら一瞬で凍り付くだろう。

 ――だけど俺には効かない。クリスは攻撃も防御も魔王なのだ。

 振るわれる拳をパシパシっと受け止める。ヒンヤリが気持ち良い。拳から青の驚愕が伝わる。……ここで魔王パンチ!

 ズガアアアンッ!


「ぐはああああっ!」


 綺麗に顔面に入った。青の体が吹き飛ぶ。一瞬で闘技場の壁に直撃。ピクピク痙攣、ガクリと気絶した。


「お前もだ」


 ドゴオオオンッ!


「ひぎゃあああ!」


 左担当、クリスの一撃。同じく壁まで吹っ飛ぶ赤。ガクリと倒れ、ダブルノックアウト。俺たちの勝利だ。


『すさまじい、すさまじいぞクリス様ー! 両雄の猛攻を余裕の表情で捌き切ったー!』

「「「ウオオオオオオッ‼︎」」」


 超大歓声がコロッセオを包む。狂乱する観客席。足踏みで大地が揺れ、熱狂が大気を震わせる。

 残された黄は、懐から白旗を取り出した。


「……降参だ」


 完全決着。盛大な拍手が沸き起こる。これにはクリスも鼻を鳴らした。


「ふんっ。存外楽しめた。力を付けたらまた挑むが良い。余はいつでも受けて立つ」

『決まったああああ! 勝者クリス様! やはり魔王は強かった! 世代交代はまだまだ先だー!』


 マイフォンが締め括って試合終了。鳴り止まない歓声。空に轟く拍手の嵐の中、クリスの左手が俺を撫でた。


「……上出来だ、ロウ」

「……へへっ。お前の右腕だからな」


 俺も撫で返す。はたから見たら手をモゾモゾさせる美少女魔王だろう。


(柔らかくて良い匂い。これも右腕特権だな)



 まだ何も思い出せない。

 だけどクリスの右腕生活を、俺はなんだかんだ楽しんでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

物理的に魔王の右腕になりました リスキー・シルバーロ @RiskySilvero

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画