第2話 魔王の仕事

 魔王の右腕を始めて一週間が経った。

 寝起き、食事、入浴。常にクリスと一緒。最初は驚きの連続だったが、さすがに慣れ始めた。

 今は魔王の執務室で、魔王の右腕業務に従事している。


「――魔王様。先日の件ですが、人間の国との国境に増援を……」


 魔石灯がほのかに照らす狭い部屋。重厚な机に両肘を付いたクリスが、片膝を付いた魔族に声を落とす。


「必要ない。奴らは脅威になり得ぬ。アスラは引き続き国境警備を続けよ」

「ですが……」

「必要ない。二度言わすな」


 威厳のある声。空気がヒリ付き、猛々しい魔族の肩がビクリと跳ねる。


「……かしこまりました」


 有無を言わさぬ魔王の命令。国境警備隊長アスラは、逃げるように炎を纏う。空気が焦げる匂いが鼻をつき、アスラが炎と共にユラリと消えた。

 クリスのスベスベの顎と、机の硬い感触。今日も右腕として頑張ってる自分を褒めてやりたい。


「なあ、クリス。お前が平和主義な魔王ってのは分かったけど……良かったのか?」


 誰もいないから喋る。他の魔族には秘密の関係。クリスが目を細める。


「問題ない。無闇に人間を減らす必要はないだろう」

「いや、そっちじゃなくてアスラの方。不満そうだったけど」

「それこそ問題ない。あいつは余の強さを分かっている。逆らうことはないだろう」


 自信満々。流石魔王。だけどその理由は俺もよく分かっている。体から伝わるクリスの魔力はすごい。少なくとも語彙力がなくなるくらいには。


「もう一つ聞いていい?」

「なんだ?」


 ズケズケと質問。右腕の特権をフル活用。


「あの長い手袋、着けなくていいのか?」

「着けてほしいのか?」


 聞き返された。クリスの口元がほころぶ。威厳が薄れ、年相応……じゃない。本人曰く一四〇歳らしい。まあそれはともかく、見た目相応の顔が垣間見える。


「このままで頼む。暗いの怖いし暇なんだよ」

「ふっ。仕方のない右腕だ」


 ドキッとした。心臓なんてないのに。というか右腕が本体にときめくっておかしいだろ。


「ありがとうございます、クリス様」

「何度も言わせるな、ロウ。様はいらん。クリスで良い」

「へへっ。サンキューな、クリス」


 これも右腕特権。偉大で可憐な魔王と軽口を言い合える。これだけで他の魔族より偉くなった気分だ。

 コンコン。

 扉を叩く音。次の客の到来らしい。口を閉じ、また右腕に徹する。


「魔王様。ミネです」

「入れ」


 ガチャリと扉が開く。真っ先に目に入ったのは、サキュバスらしい光沢のあるボンテージ。色気たっぷりな美女が入ってきた。つい大きな谷間に目を奪われる。


「偵察部隊からの定期連絡が届きました。一応ですが、聞きますか?」


 泣きぼくろが特徴の紫紺の瞳。ゆるく巻いた紫の髪を揺らしたミネが、手の中の水晶玉を向けてくる。クリスは迷わず頷く。


「聞かせろ」

「分かりました」


 ミネの肘から先が、淡いピンク色に包まれる。手を伝い、水晶玉が発光した。


『アスリニアの王都、古代図書館の調査完了しました。古文書・魔導書ともに例の秘術は載っていません。次は王宮に潜入します。結果はまた後日報告します』


 水晶玉から光が消える。クリスが小さくため息を漏らす。すかさずミネが口を開く。


「クリスちゃん、元気出して」

「呼び方。余は魔王だぞ、ミネ」

「あ。失礼しました、魔王様」


 うふふと妖艶に微笑むミネ。大人の魅力たっぷり。クリスがジロリとミネを睨む。


「いやん。魔王様ったら怖いわ」

「もう良い。ミネも引き続き人間の国を探れ」

「はーい。分かりましたー」


 飄々とした返事。そのまま踵を返したミネの横顔が、チラリとロウを見た。


「それじゃ失礼するわね、クリスちゃん」

「呼び方! 早く行け、ミネ!」


 魔王の仮面が崩れる。ロウ、そしてミネにしか見せない少女らしい素顔。素晴らしいギャップだ。だがそれより――。


「……ミネ、なんか気付いてね?」


 目が合った気がする。そもそもどうやって外界を見てるか自分で分からないが、そう感じた。クリスも同じことを感じたらしく、小さく囁く。


「……あいつ、昔から余の世話を焼いてくれてるし、人一倍勘が鋭いんだ」

「あー、確かにそんな感じする。色気もすごいし……いででで! ちょ、クリスやめて!」


 前腕をギューっと抓られる。胸元辺りがヒリヒリ痺れる感覚。腕だけど。


「……痛い」

「だろうな! 自分の体と俺を大事にしろ!」


 ダメージは五分。そりゃそうだ。だってクリスの腕だもの。抓りから解放される。


「うるさい。魔王の右腕として自覚を持て、ロウ」

「分かったって。そんな怒んなよ」

「何も怒ってないが?」


 その割に声が低い。絶対イラついてる。もう抓られるのは勘弁してほしい。話題変更だ。


「……んで? いったい何を探してるんだ? 禁忌の古代魔法とか?」


 恐らく違う。軽い探りから入ってみる。だとしても結果は変わらないだろうが。


「まだ言えぬ。そのうち話す」


 ほらこれだ。右腕に隠し事なんてツレない魔王様だ。俺はそんなに信用ないんだろうか。


「はいよ。その言葉を信じる。……っと、そろそろアレの時間だろ」

「あ、そうだったな。助かったぞ、ロウ」

「あいよ」


 クリスが立ち上がる。壁の時計は正午三時。扉を開け、黒いドレスをフワリとなびかせる。俺の視界もグワンと揺れる。


「では今日も知らしめるとしよう。余の力と魔力をな」

「おう! 頑張って挑戦者を迎え撃て、クリス!」

「お前も戦うんだ、バカ」

「……はーい」



 いざ行かん。魔王の座を狙う魔族たちを打ち倒しに。

 そしてツンデレな本体様を守る戦いへ。

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