物理的に魔王の右腕になりました
リスキー・シルバーロ
第1話 魔王の右腕、始めました
暗い。何も見えない。目を瞑っているみたいに。
狭い。何かに締め付けられている。サラサラした感触を全身で感じる。
分からない。自分が何なのか。名前も種族も覚えていない。
人なのか、獣なのか、もしくは魔族だろうか。……何でも良い。唯一思い出せるのは、誰かに手を握られた感覚だけ。
――なんて一人でカッコつけて語っているが、ぶっちゃけ死ぬほど暇。
目があるか分からないが、意識が目覚めて数時間。暗闇の中、たまに誰かの声が聞こえる……というか感じる。
ツルツルスベスベの布が体に擦れ、無理やり体が曲げられる。まるで自分の体じゃないかのように動いてしまう。
全部が意味不明。自分は金持ちの家の令嬢で、誰かに誘拐されているんだろうか。だとしたら人間か魔族の二択。どっちでもいい。
そういえば腹は減らないし喉も渇かない。そういうマイナス方向でもいいから、何か変化がほしい。このままじゃ暇すぎておかしくなる。
「……たしは……る……」
また誰かの声。耳栓をされたみたいに不明瞭だが、女の低い声。どんな顔してるのか拝んでみたい。まあ見えないんだけど。
(……はぁ……俺、この先もずっとこのままか? 前世でどんな悪行重ねたんだよ。……ていうかこんな拷問あったよな。心をぶっ壊す系の……)
憶測が加速。自分は大罪人かもしれない。前世じゃなく、今世で絶賛拷問中の可能性がある。
(やっぱ俺、悪い奴なんだな。生まれてきてごめんなさい。もう悪いことしません。…………ん?)
なんて謝っていたら体に違和感発生。スルスル体を擦られる。くすぐったいが大きな一歩。このまま擦り切れるまで土下座する。もちろん頭の中で。
(ごめんなさいすみません申し訳ありません。生まれ変わって良い子になります。だから罪深い俺に慈悲をください)
さらにスルスル、からのパッ。暗い視界に光が射した。眩しすぎて何も見えないが、救いの光で間違いない。
「……ふぅ。まったく、アスラには困ったものだ。余は人間を滅ぼす気などないと言うのに」
女の……いや、少女の声。さっきみたいに低くない。それにハッキリ聞こえる。耳栓が取れたみたいだ。
徐々に眩しさが薄れていく。心の中で薄目。ボンヤリと何かが見えてくる。
「それにしても、特に変わった感じはないな。誰にもバレてないし」
鏡だろう。肌色の何かが見える。薄目をゆっくり開け、その肌色を凝視。輪郭が見えてきた。
(…………わお)
そこにあったのは眼福の光景。見惚れるくらい可憐な女の子の裸体。夜の闇の中、青白い光が降り注ぎ、少女の長い銀髪が煌めいている。
「早くアレを見つけないと……」
凛とした顔が俯く。頭から二本の黒い角をチョコンと覗かせ、祈るようなポーズをしている。
(なんだこの状況。どういう視点? 俺どこにいるんだ? ……にしても、もう少しなのに……)
少女の手が小さな胸を隠している。煌めく髪が体に纏い、大事なところも隠されている。艶かしい光景だが、ある種の神々しさを感じるほど美しい少女。
(いけね。良い子になるって誓ったばっかだろ)
視線を逸らし、周りを観察。温泉の脱衣所だ。籠には黒いドレス。同じく黒い手袋だろうか。肩まで隠しそうな長い絹が籠に垂れている。
「……あの長い手袋が暗闇の犯人か?」
なんとなく察する。思ったことが口に出た。
「…………え?」
「え?」
少女が顔を上げる。真紅の瞳を見開き、突然聞こえた男の声にギョッとしている。大事なところは見えない。
「な、なんだ。今の声、まさか……」
祈るポーズのまま右手を凝視。釣られて自分も鏡越しに右手を見る。
――少女の手の甲がパックリ開き、歯と舌のようなものが見える。
「うわああああ! 手! 手に口が! 気持ち悪い!」
「ほんとだ! その手どうなってんだ!」
また声が出た。手の口が動く。少女が右手をブンブン振る。視界がぐわんぐわん揺れる。
「や、やめろー! 落ち着け! 酔う! ストップ! ストップだー!」
ピタリ。少女が止まる。顔に驚きがありありと。すぐにガバッと胸を隠した。ギリギリ見えなかった。ナイスガード。
「……お前、なのか?」
ジーッと見つめられる。少女の顔が目の前。右手を疑うように見つめている。近い。長いまつ毛もバッチリ見える。
「……さあ? 俺は誰でしょう? 君の右腕?」
確信した。俺はこの子の右腕なんだと。しかも比喩とかじゃなく物理的に。意味が分からなすぎて吐きそうだ。
「……お前の名前は?」
「分かんねえ。なーんも覚えてねえ」
馬鹿正直に答える。少女がまた瞳を大きくし、フルフルと俯いた。全身が小刻みに揺れる。
「…………そうか……分かんねえ、か……」
もう一度謝ろうか。今度はちゃんと言葉にして。
「えっと、すまん……じゃなくてごめんなさい。不出来な右腕を許してください」
沈黙。そして気まずい静寂。いきなり右手に口ができて喋ったんだ。この子に悪いことをした。
少女がゆっくり顔を上げる。強く凛々しい瞳。その奥に、優しい光が宿っている。
「……許す」
許された。左手に視界を隠される。ギュッと全身を包まれ、柔らかい感触に押しつけられる。
「お前は今日から、余の右腕だ。ロウ・ライトハンド」
「いきなり命名された。そういう君の名前は?」
頭の奥がチクリと痛む。どこかで聞いた響き。やはり思い出せない。
「……余はクリス。クリストファー・ポワ・エルリーリ。この魔界を統べる魔王だ」
「……ええ……まじか……」
この日から、俺とクリスの奇妙な関係が始まった。
割ととんでもないしサッパリ理解できないが、俺は物理的に魔王の右腕だったらしい――。
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