第1話
第1話
街コンで出会った男その1
――川を見る男
街コンで出会った彼は、悪い人ではなさそうだった。
清潔感もあるし、受け答えも丁寧。少し口数が少ないけれど、「静かな人なのかな」と思えば、それで終わる程度の印象だった。
自己紹介のとき、彼はこう言った。
「川を見るのが好きなんです」
へえ、と思った。
派手さはないけれど、落ち着いた趣味。悪くない。
後日、彼とデートをすることになった。
待ち合わせをして、向かった先は川沿いの遊歩道だった。
天気は悪くない。風も強くない。散歩にはちょうどいい。
彼は川の前に立つと、黙って水面を見つめ始めた。
……あ、見るんだな、と思った。
最初の数分は、私も一緒に川を見ていた。
水の流れ、反射する光。確かに、きれいだ。
でも、五分経っても、十分経っても、彼は何も言わない。
話しかけてみようかと思ったけれど、
話しかける“隙”がない。
彼は、ただ川を見ている。
私は横に立っている。
同じ方向を向いている。
でも、どこか一人だけ、別の世界にいるようだった。
(……あれ?)
川を見るのは嫌じゃなかった。
ただ、「一緒に見てる」感じが、なかった。
感想を共有するわけでもなく、
「寒くない?」と気遣われるわけでもなく、
ただ、沈黙。
沈黙が悪いわけじゃない。
でもこれは、沈黙というより、無関心に近かった。
少し歩いた先に、有名な和菓子屋さんがあるのを思い出した。
勇気を出して言ってみる。
「この近くに、有名なお団子屋さんがあるんですけど……」
彼は一瞬だけこちらを見て、
「ああ」と言って、また川に視線を戻した。
それだけだった。
行こうとも言わない。
興味を示す様子もない。
(あ、そうなんだ)
その瞬間、急に自分の輪郭がぼやけた気がした。
私はここに立っている。
声も出している。
なのに、この人の世界には、入っていない。
(私って、今、存在してるのかな)
川と同じ景色の一部になった気分だった。
背景。置き物。
動かない何か。
時間だけが過ぎていく。
彼は満足そうだった。
川を見て、頷いて、また見る。
二時間ほど経った頃、彼はふっと表情を緩めて言った。
「素敵だったね」
……何が?
川?
時間?
それとも、私とのデート?
聞く気力はなかった。
「そうですね」とだけ返して、別れた。
家に帰ってから、どっと疲れが出た。
何もしていないのに、すごく消耗していた。
後日、香織に会ったとき、私はその話をした。
「私、多分あの日、塊地蔵になってたと思うんです」
香織は一瞬、間を置いてから笑った。
「それな」
そして、即答だった。
「一人で川見とるだけや」
私は思わず吹き出した。
香織は腕を組んで、続ける。
「一緒におるってのはな、
同じ場所に立つことやない。
同じ方向を見ることでもない」
少し間を置いて、はっきりと言った。
「相手を見ることや」
なるほど、と思った。
川を見るのが悪いわけじゃない。
静かなのが悪いわけでもない。
ただ、
そこに“私”はいなかった。
そのことに、ようやく名前がついた気がした。
⸻
※これは実話である。
次の更新予定
『ポンコツはポンコツの引きは最強!』 籠目 @kagonome
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。『ポンコツはポンコツの引きは最強!』の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます