第十五章 届かぬ想い

魔王城。


 正配がそこを訪れるのは、二度目だった。


 前回は一人だったが、今回はユリウスがいる。元勇者と局長。奇妙な組み合わせだ。


「緊張するな」


 ユリウスが言った。


「五年ぶりだ。魔王と会うのは」


「大丈夫か」


「分からない。でも、やるしかない」


 二人は、城門をくぐった。


   *


 魔王は、玉座の間で待っていた。


 巨大な黒い玉座に座る、人型の存在。顔は見えない。黒いローブと、深いフードに覆われている。


「よく来た、郵便局の局長。そして——」


 魔王の視線が、ユリウスに向けられた。


「勇者ユリウス。五年ぶりだな」


「ああ。五年ぶりだ」


 ユリウスの声は、震えていなかった。


「お前を殺しに来たわけじゃない。今日は、話を聞きに来た」


「話?」


「和平の真意を知りたい」


 魔王は、しばらく沈黙した。


 やがて、立ち上がった。


「ついてこい。見せたいものがある」


   *


 魔王は、二人を城の奥へと導いた。


 長い廊下を歩き、階段を上り、ある部屋の前で立ち止まった。


「入れ」


 部屋の中には、巨大な地球儀のようなものがあった。


 いや、違う。それは、この世界の模型だった。


 大陸と海。国と都市。全てが、精巧に再現されている。


「これは——」


「この世界の姿だ。私が、千年かけて見守ってきた世界」


「千年?」


「私は、元々この世界の守護者だった。人間たちを、魔物から守る存在」


 正配は驚いた。


「守護者?」


「そうだ。だが、人間たちは互いに争い始めた。戦争、略奪、虐殺。私が守っているのは、本当に守る価値があるのかと疑問に思うようになった」


 魔王は、模型に手を伸ばした。


 指先が触れると、特定の場所が光った。焼け野原。廃墟。戦場の跡。


「これらは全て、人間同士の争いで破壊された場所だ。私が手を下したわけではない」


「……」


「私は絶望した。守護者として千年、見守ってきた結果がこれだ。人間は、いつまで経っても争いをやめない」


 魔王は振り返った。


「だから、私は方針を変えた。守るのではなく、支配する。力で統一すれば、争いはなくなる。そう考えた」


「それで、魔王軍を——」


「そうだ。だが、結果は見ての通りだ。私の行動は、さらなる争いを生んだだけだった」


 魔王は溜息をついた。


「私は間違っていた」


   *


「和平を望んでいるのは、本当なのか」


 ユリウスが尋ねた。


「本当だ。もう、戦うことに意味を見出せない」


「じゃあ、なぜ四王国は信じない」


「信じないのは当然だ。私は千年間、彼らを敵として攻撃してきた。簡単に信用されるわけがない」


「なら、どうすればいい」


 魔王は、正配を見た。


「お前に、頼みたいことがある」


「何だ」


「私の想いを、届けてほしい。手紙ではなく、直接」


「直接?」


「私自身が、四王国の代表者と会う。その場をセッティングしてほしい」


 正配は考え込んだ。


「難しいな。四王国は、お前を信用していない」


「分かっている。だからこそ、お前の力が必要だ。郵便局は中立だ。お前が仲介すれば、彼らも話を聞くかもしれない」


「保証はできない」


「承知している。それでも、試してほしい」


 正配は長い沈黙の後、頷いた。


「分かった。やってみる」


   *


 だが、正配の予想通り、四王国は拒否した。


「魔王と直接会うだと? 馬鹿も休み休み言え」


 アレクサンダー王は、正配の提案を一蹴した。


「罠に決まっている。我々を一か所に集めて、一網打尽にするつもりだ」


「そうではないと、私は思います」


「お前の意見など聞いていない。郵便局は手紙を届けるのが仕事だろう。政治に口を出すな」


 正配は何も言えなかった。


 他の三国も、同様だった。


 誰も、魔王の言葉を信じようとしない。


   *


「ダメだった」


 正配は魔王城に戻り、報告した。


「どの国も、拒否だ」


「そうか」


 魔王は、落胆した様子はなかった。


「やはり、そうなったか」


「諦めるのか」


「いや。諦めない。だが、別の方法を考える必要がある」


「別の方法?」


 魔王は、窓の外を見た。


「私の想いが届かないなら、別の誰かの想いを届けるしかない」


「誰の?」


「先代の守護者だ」


 正配は首を傾げた。


「先代? お前の前にも、守護者がいたのか」


「いた。私に、この役目を託した存在だ」


「その人は、今どこに」


「もういない。千年前に消えた。だが、手紙を残している」


「手紙?」


「未来の人類へ、と書かれた手紙だ。私に託されたが、まだ届けていない」


 正配は身を乗り出した。


「見せてくれ」

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