第十章 魔王軍の介入
その日、空が赤く染まった。
最初に気づいたのはミミだった。鋭い聴覚が、遠くの異変を捉えた。
「局長さん、何か来ます!」
正配は窓の外を見た。
東の空に、黒い影が群れていた。翼を持つ魔物だ。十体、二十体——いや、もっと多い。
「全員、局舎の中に入れ!」
正配の号令で、局員たちが動いた。外にいた客も、急いで建物の中に避難する。
「何が起きてるんですか」
エリナが震える声で尋ねた。
「魔王軍だ」
シルフィアが答えた。弓を構えている。
「おそらく、郵便局を潰しに来た」
「潰す? なぜ?」
「情報伝達手段だからだ。郵便網が広がれば、人間側の連携が強くなる。魔王軍にとっては、脅威だ」
正配は窓から空を見上げた。
魔物の群れが、急降下してくる。
「局舎! 防衛システムを発動しろ!」
《了解しました。配達拒否結界、展開します》
局舎全体が、光に包まれた。
魔物の群れが、局舎に突進する。だが、光の壁に弾かれた。
悲鳴のような鳴き声を上げて、魔物たちが後退する。
「効いてる……」
ダルクが安堵の息を漏らした。
「だが、いつまで持つか分からない」
正配は言った。
「数が多すぎる。結界にも限界がある」
その時、新たな影が現れた。
魔物の群れの背後から、巨大な存在が姿を見せた。
漆黒の鎧に身を包んだ、騎士のような存在。だが、その体躯は人間の三倍はある。手には、大剣を携えている。
「あれは——」
シルフィアの声が震えた。
「魔王軍の将軍だ。黒騎士ゴルダス」
黒騎士が、局舎に向かってゆっくりと歩を進める。
配達拒否結界が、軋みを上げた。
「結界が——」
《敵対者の魔力が強すぎます。結界の維持が困難です》
「どうするんですか、局長!」
ミミが叫んだ。
正配は深呼吸した。
「俺が出る」
「何言ってるんですか!」
「話をする。相手が何を求めているのか、聞く」
「殺されますよ!」
「殺されたら、その時だ」
正配は玄関に向かった。シルフィアが腕を掴む。
「行かせません」
「離せ」
「あなたが死んだら、郵便局はどうなるんですか。私たちは、どうなるんですか」
正配はシルフィアを見た。
「俺がいなくても、お前たちなら大丈夫だ」
「そういう問題じゃ——」
「でも、俺が出なければ、全員死ぬ。結界はもう限界だ」
シルフィアは言葉を失った。
正配は静かに言った。
「信じてくれ。必ず、帰ってくる」
*
正配は局舎から出た。
結界の外、黒騎士が待っていた。
「お前が、局長か」
低く響く声だった。
「そうだ。話がしたい」
「話?」
黒騎士が笑った。少なくとも、笑ったように聞こえた。
「何を話すことがある」
「なぜ、郵便局を攻撃する」
「お前たちは、人間に力を与えている。通信手段は、軍事力だ。それを放置するわけにはいかない」
「郵便局は中立だ。人間だけでなく、魔族にも届ける」
「嘘をつくな」
「嘘じゃない。俺は魔王軍の領域にも配達した。バルガスという将校に、手紙を届けた」
黒騎士の動きが、一瞬止まった。
「バルガスを知っているのか」
「ああ。彼は、故郷の母親に手紙を出したいと言っていた。俺はそれを届けた」
「……」
「郵便局に、敵も味方もない。届けてほしいという人がいれば、誰にでも届ける。それが俺たちの仕事だ」
沈黙が流れた。
黒騎士は大剣を下ろした。
「お前は、変わった人間だ」
「よく言われる」
「だが、それでも——」
黒騎士が剣を構え直した。
「お前たちを放置することはできない。命令だ」
「誰の命令だ」
「魔王様だ」
正配は黒騎士を真っ直ぐに見た。
「魔王に、俺からの伝言を届けてくれ」
「伝言?」
「郵便局を潰すより、利用した方が得だ。俺たちは、魔王軍にも同じように届ける。情報伝達手段が欲しいなら、俺たちを使えばいい」
黒騎士は沈黙した。
「考える価値はあると思う。俺を殺す前に、魔王に聞いてみてくれ」
長い沈黙の後、黒騎士は剣を収めた。
「面白い。いいだろう、伝えてやる」
「ありがとう」
「だが、返事が来るまで、攻撃は続く。覚悟しておけ」
「分かっている」
黒騎士は踵を返し、魔物の群れを率いて去っていった。
*
正配が局舎に戻ると、全員が待っていた。
「局長!」
ミミが駆け寄ってきた。
「無事ですか」
「ああ、無事だ」
「何があったんですか」
「交渉した。とりあえず、今日は引き上げてくれた」
「今日は?」
「魔王からの返事が来るまで、攻撃は続くらしい」
全員の顔が曇った。
「じゃあ、また来るってことですか」
「そうなるだろうな」
正配は全員を見回した。
「だが、諦めるつもりはない。防衛を固める。援軍を呼ぶ。できることは全部やる」
「援軍?」
「四王国に、助けを求める。郵便網を使えば、今すぐにでも連絡できる」
シルフィアが頷いた。
「やりましょう。私が手紙を書きます」
「頼む。ダルク、グロム、お前たちは局舎の防衛を。ミミとエリナは、近隣の村に避難勧告を出してくれ」
「了解」
全員が動き出した。
正配は窓の外を見た。
東の空は、まだ赤く染まっている。
戦いは、これからだった。
*
三日後、援軍が到着した。
ヴァレン王国から騎士団五十名。イストリア公国から弓兵三十名。
彼らは、郵便局の周囲に陣を敷いた。
「感謝する。局長殿」
騎士団長のレオンが言った。あの時、王都への招待を持ってきた男だ。
「いや、助けを求めたのは俺の方だ」
「郵便局は、我が国にとっても重要だ。ここを失うわけにはいかない」
その言葉通り、四王国は郵便局の防衛に本気だった。
魔王軍の攻撃が再開された時、彼らは勇敢に戦った。
三度の攻撃を、撃退した。
だが、被害も出た。騎士が五人、弓兵が三人、命を落とした。
「このままでは、消耗戦だ」
レオンが言った。
「魔王軍の兵力は、我々より遥かに多い。いずれ、限界が来る」
正配は考え込んだ。
このままでは、ジリ貧だ。何か、根本的な解決策が必要だ。
その時、局舎が光った。
《局長、入電です》
「入電?」
《魔王城から、返信が届きました》
正配は驚いた。
魔王からの返事。予想より、ずっと早い。
「読め」
《内容は以下の通りです。『郵便局の局長へ。お前の提案に興味がある。直接、話をしたい。魔王城に来い。命の保証はする』》
全員が息を呑んだ。
「局長、これは罠では」
シルフィアが言った。
「おそらく、そうだろうな」
「じゃあ——」
「だが、行くしかない」
正配は立ち上がった。
「このまま戦い続けても、いずれ負ける。魔王と直接話ができるなら、やってみる価値はある」
「危険すぎます」
「俺一人の命で、皆が助かるなら安いもんだ」
「そういう問題じゃない!」
シルフィアが叫んだ。
「あなたがいなくなったら、私たちは——」
正配はシルフィアの肩に手を置いた。
「大丈夫だ。俺は、必ず帰ってくる」
「どうして、そう言い切れるんですか」
「郵便局員だからだ。届けるべき手紙が、まだたくさんある。途中で死ぬわけにはいかない」
シルフィアは黙った。
正配は全員を見回した。
「俺がいない間、郵便局を頼む。何があっても、業務は続けろ。それが、郵便局員の誇りだ」
「……了解しました」
ダルクが答えた。他の全員も、頷いた。
正配は局舎に向かって言った。
「魔王城に、転移してくれ」
《……ご武運を、局長》
光が、正配を包んだ。
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