第七章 郵便飛脚団

魔王軍領域への配達。その噂は、瞬く間に広がった。


 どんな場所にも届ける。敵地であっても、危険地帯であっても。


 転生郵便局の名声は、もはや一地方に留まらなくなっていた。


 それに伴い、手紙の量も爆発的に増えた。


 毎日、千通を超える手紙が持ち込まれる。局員たちは目が回るような忙しさだった。


「限界だ」


 スタッフ会議で、ダルクが言った。


「このままでは、処理が追いつかない。何か手を打たないと」


 正配は頷いた。


「分かっている。だが、局員を増やすにも限界がある。訓練には時間がかかるし、配達員章の数にも限りがある」


「じゃあ、どうするんですか」


 ミミが尋ねた。


 正配は考え込んだ。


 この問題は、ずっと頭を悩ませていた。万物配達権があっても、正配一人で処理できる量には限界がある。配達員章で能力を分けても、近距離しかカバーできない。


 必要なのは、配達網の抜本的な拡大だ。


 正配の世界でいう、全国ネットワーク。


 だが、それを作るには——


「郵便飛脚団を作ろう」


 正配は言った。


「飛脚?」


「俺のいた世界では、郵便制度ができる前、飛脚という人たちがいた。足が速くて、遠くまで走って手紙を届ける人たちだ」


「それなら、私たちと同じじゃないですか」


 エリナが言った。


「違う。飛脚は、リレー方式だ。一人が最後まで届けるんじゃない。途中で次の人に渡して、その人がまた次の人に渡す。そうやって、遠くまで届ける」


 シルフィアが目を輝かせた。


「なるほど。各地に中継点を作って、手紙をリレーしていくわけですね」


「そうだ。遠距離の手紙も、リレーで運べば、俺が直接届けなくて済む。俺は、最終的な配達と、どうしても届けられない難しい案件だけを担当する」


「理屈は分かりますが、中継点を作るには人が必要です。それに、各地に拠点を置くなら、資金も——」


「資金は何とかなる」


 正配は窓の外を見た。


「王国から、郵便網拡大の支援を受けることになっている。それを使う」


「人は?」


「募集する。ただし、今回は局員ではなく、協力者として」


「協力者?」


「各地の村や町で、郵便ポストの管理と、手紙の中継をしてくれる人を探す。報酬は払う。だが、正式な局員ではない。自分の仕事をしながら、副業として郵便を手伝ってくれる人だ」


 全員が考え込んだ。


「それなら、ハードルが低い」


 グロムが言った。


「専業の局員として雇うより、副業としてなら応募しやすいだろう」


「そういうことだ」


 正配は立ち上がった。


「明日から、各地を回って協力者を募集する。シルフィアとミミ、ついてきてくれ」


「はい」


 二人が頷いた。


 郵便飛脚団。


 その構想が、動き出した。


   *


 募集は、予想以上の反響があった。


 正配たちが各地を回ると、協力を申し出る者が次々と現れた。


 農夫、職人、商人、猟師。様々な職業の人々が、郵便の中継役を買って出た。


「郵便局には感謝しているんだ。おかげで、離れた家族と連絡が取れるようになった。恩返しがしたい」


 そう言って協力を申し出る者が、後を絶たなかった。


 三週間で、五十人の協力者が集まった。


 各地に中継点が設置され、郵便飛脚団が正式に発足した。


   *


 だが、問題もあった。


 協力者の中に、不正を働く者が出たのだ。


 ある中継点で、手紙が紛失した。調べてみると、協力者が手紙の中身を盗み見て、金目のものを抜き取っていた。


 正配は激怒した。


 その協力者を呼び出し、詰問した。


「なぜ、こんなことをした」


 男は俯いたまま答えた。


「金が必要だった。家族が病気で——」


「だからといって、手紙を盗むのか。人の想いを踏みにじるのか」


「すみません……」


 正配は深く溜息をついた。


 この男を罰するのは簡単だ。だが、それで問題は解決しない。根本的な原因を断たなければ、同じことが繰り返される。


「お前の家族の治療費は、郵便局で出す」


 男が顔を上げた。


「え……」


「その代わり、二度と不正はするな。次があったら、容赦しない」


「本当に……いいんですか」


「いい。だが、条件がある」


「何でも言ってください」


「お前は、これから郵便局員になれ。正式に雇う。給料を払う。その代わり、責任を持って働いてもらう」


 男の目に、涙が浮かんだ。


「ありがとうございます……ありがとうございます……」


 正配はこの出来事をきっかけに、協力者制度を見直した。


 副業ではなく、きちんと報酬を払う。待遇を良くして、不正に走る動機を減らす。同時に、監査体制も整える。信頼と監視。その両方が必要だと、改めて理解した。


   *


 郵便飛脚団が軌道に乗り始めた頃、新たな志願者が現れた。


 それは、魔王軍からの離反者だった。


「俺はゴルト。元魔王軍第五軍団の兵士だった」


 灰色の肌に、尖った耳。魔族だ。


 局員たちは警戒した。


 だが、正配は平然と尋ねた。


「なぜ、郵便局で働きたい」


「あんたが、バルガスに手紙を届けたと聞いた。魔族にも、差別なく」


「当然だ。郵便局に敵も味方もない」


「だから来た。俺も、誰かの役に立ちたい」


 正配はゴルトを見据えた。


 この魔族の目には、嘘がなかった。


「採用だ。ただし、人間の客にも同じように接しろ。差別はなしだ」


「分かっている」


 こうして、魔族の局員が誕生した。


 最初は客から苦情もあった。だが、ゴルトの真面目な仕事ぶりを見て、やがて認める者が増えていった。


   *


 ある日、エルフの女性が訪ねてきた。


 銀色の髪に、翡翠の瞳。弓を背負っている。


「私はセリーナ。シルフィアの妹です」


 シルフィアが驚いて駆け寄った。


「セリーナ! どうしてここに」


「姉さんの手紙を読んで、来ました。私も、ここで働きたいと思って」


「でも、あなたは故郷の——」


「故郷は、もう安全です。姉さんたちが届けてくれた手紙のおかげで、近隣の村と連絡が取れるようになって、協力して魔物を退治できるようになりました」


 シルフィアの目に、涙が浮かんだ。


「そうか……そうか……」


 正配は二人を見守りながら、採用を決めた。


 セリーナは弓の名手だった。護衛と配達を兼任する、優秀な局員になった。


   *


 さらに、ドワーフの若者も加わった。


 グロムの甥だった。


「おじさんの仕事を見て、俺もやりたいと思った」


「まだ若いが……」


「若いからって、馬鹿にしないでください。俺だって、立派な鍛冶師の卵です」


 グロムが笑った。


「生意気な奴だ。だが、腕は確かだ。使ってやってくれ」


 正配は頷いた。


「よし、採用だ。グロムの下で、配達員章の製造を手伝ってくれ」


「はい!」


   *


 こうして、郵便局の陣容は充実していった。


 人間、エルフ、ドワーフ、獣人、そして魔族。


 様々な種族が、一つの屋根の下で働いている。


 外から見れば、異様な光景だったかもしれない。だが、正配にはそれが自然に思えた。


 郵便局に、種族の壁はない。


 届けるという仕事の前では、誰もが等しい。


 ある夜、正配は局舎の屋上で、仲間たちと酒を飲んでいた。


「局長、聞いていいですか」


 ミミが尋ねた。


「何だ」


「どうして、私たちを採用したんですか。種族も、経歴も、バラバラなのに」


 正配は杯を傾けながら答えた。


「郵便局員に必要なのは、届けたいという気持ちだけだ。それがある限り、種族も経歴も関係ない」


「でも、世間では——」


「世間がどう思おうと、俺には関係ない。俺は俺の信じる郵便局を作る。お前たちは、その仲間だ」


 ミミは嬉しそうに尻尾を振った。


「局長、かっこいいです」


「褒めてもらっても、給料は上がらないぞ」


「えー」


 全員が笑った。


 二つの月が、静かに光っている。


 郵便飛脚団は、着実に成長していた。


 その網は、大陸の隅々へと広がりつつあった。

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